第六十一話 激突グエンナ隊 メリルVSバーナ①
損したなぁ。
メリルはやや垂れ目な目で、槍を持つ魔族バーナを見ながら、そう考えていた。
メリルの見たところ、バーナはこの中で二番目か三番目の実力者だった。
一番は間違いなく、大剣を持つ魔族グエンナだ。物腰からしてわかる。そして二番手か三番手が鞭を持つ女の魔族ラビオと、この槍を持つバーナだ。そして周りの態度から、指弾術のエンゲが四番手、杖を持つ魔法使いのカルゴが五番手だ。
あっちが良かったなぁ〜。
メリルはうらやまし気に、エンゲとカルゴを見た。
対戦相手が決まったのは偶然だが、貧乏くじを引かされた感は否めない。
先ほどカイルが援護の短剣を投げて寄越したときもそうだった。指弾のエンゲと魔法使いのカルゴは後ろに下がったが、鞭の魔族ラビオと槍の魔族バーナは逆に前に出ることで、傷つきながらも攻撃に出る選択をした。
常に差し違える覚悟ができているからこその選択。そういう兵士が弱いわけがない。
実際、カイルの援護を受けて攻撃に出たが、バーナは右肩に短剣を受けながらも反撃し、メリルは左腕に槍を受けた。一方メリルの攻撃は、バーナの左の親指を切り落としたのみ。
腕と指。取引としては大損だろう。
やっぱり損した。
メリルは自分の腕から流れる血と、バーナのちぎれた指を見てそう考える。
「お前、やるなぁ」
バーナが器用に人間の言葉を話しながら、自身の左手を掲げ、切り落とされた親指を見る。
「どこがだよ、めちゃくちゃやられてるよーに見えるけど?」
「確かに怪我の度合いならそっちの方が深いだろうけれど、親指やられたのはきつい。これでは左手で槍が振れん。槍を持ち替えたり、回転技も使えないだろう。手が血で滑るしな」
バーナは右手で持つ槍を竿のように振い、槍に付いた血を払う。
「そりゃ幸運、運が良かった」
「何言いやがる、狙っていたくせに。さっきのやりとり、短剣投げた奴もすごかったけど、お前もいい連携だった。何より、俺が攻撃を受ける決断をした瞬間、お前も受ける覚悟をしただろ?」
バーナがメリルの内心を言い当てる。
「短剣を受けると決めた時点で、俺は防御が逆に雑になった。攻撃を受けると覚悟しちまったからな。お前は俺の覚悟を利用して、自分も攻撃を受ける代わりに、俺の親指を取りにきた。俺の覚悟を利用するとは、お前やるねぇ」
バーナに称賛されたが、メリルは全く嬉しく無かった。それどころか気分はさらに沈んでいく。
「……やっぱり貧乏くじだ」
メリルは小さくつぶやいた。
自分の見立ては正しく、やっぱり相手は腕が立つ。こうやってこっちの思惑を一瞬で見抜いてくる。
やりにくい相手だった。今も失った親指の代わりに、人差し指と中指の間に槍を挟み、握りを工夫して構えてくる。
それに考えようによっては、親指を切ったのは失敗だったかもしれない。
確かに槍を持ち替えての回転技や、薙いだり払ったりといった技は使いにくくなったが、槍の本領は突きにある。鋭い突きを放つことが槍の本分。選択肢が狭まったことで、逆に相手の技が冴えることが予想できた。
……失敗だったか。
悲観的な思考をしたメリルは、眉をひそめる。その時、中庭にある物が落ちていることに気付いた。
「ああ、悪い、ちょっと待ってくれる」
メリルは手を挙げて、バーナを止める。新しい握りを試そうとしていたバーナは、眉のない瞳をしかめる。
「なんだよ」
バーナの問いには答えず、メリルは少し下がり、地面に放り出されている槍を手に取った。
おそらくミカラ領か、ロベルク同盟の兵士が使っていた物だろう。安っぽい棒の先に鈍い色の刃先が取り付けられている。
「なんだ、お前も槍使いか?」
「一応、兵士だからな。槍ぐらい使えるさ」
メリルはバーナの問いに答えながら槍を拾い上げ、剣をしまう。軽く槍を振るってみるが、どうもしっくりこなかった。かなり質の悪い槍だ。柄がしなり横に逸れる。
「おいおい、そんな槍で大丈夫か?」
「いやいや、結構いい槍だよ? 本当だ。交換してみる?」
メリルが槍を差し出すと、バーナが笑った。
「面白い奴だな、お前。だが交換は遠慮しておこう」
「いい交換だと思うんだがなぁ。俺にとって」
「そんなにこの槍が欲しかったら、今からたっぷりくれてやるよ」
バーナが指の間に挟んだ槍を構える。メリルも槍を構え穂先を交える。
指の間からバーナが鋭い槍を繰り出し、お返しにメリルも槍を放つが、バーナの槍はメリルの右胸に鎧の上から突き刺さる。一方メリルの槍はというと、左にそれた槍がバーナの右腕を浅く切り裂くのみ。
やれやれ、また損した。
メリルは自分の怪我を確かめながら、また内心で愚痴る。
鎧の上からということもあって軽傷ではあるが、だがこっちは薄く皮膚を切ったのみ。血はこぼれているが大した怪我ではない。
そこからも数回槍を交えるが、バーナの槍はメリルの体を切り裂く。しかしメリルの槍はというと、左にそれる槍が、バーナの右腕に浅い傷をいくつか残したのみ。
気が付けばメリルは全身が血だらけ、一方バーナはというと左指と右腕以外怪我らしい怪我はしていない。
「おいおい、自信満々に槍をとったくせに。お前槍が上手くねぇだろ」
「ああ、槍の腕前なら、下から五番目くらいかな。剣の腕前もそんなもんだ」
バーナの呆れた声に、メリルは真実を答えた。
正直槍は得意じゃない。アルやレイ。グランやラグンといった連中が強すぎるというのもあるが、せいぜい並みより上といったぐらいだろう。
「おいおい、何なら得意なんだよ」
「町での喧嘩なら負けなしだったよ」
バーナの問いに、メリルは不敵に答えた。
「減らず口だけは一流だな」
メリルの言葉にバーナが笑う。だが付き合うのもこれまでだと、バーナが腰を落として槍を構える。その眼には鋭利な殺気がともっていた。
メリルは槍を構え、ただバーナの槍の切っ先を見た。
突き技は放つ瞬間が全てといえた。突きは攻撃動作が少なく間合いも長いが、攻撃範囲が狭いという欠点も併せ持つ。よって突く瞬間を見切れるか否かが、勝負の分かれ目だった。
バーナが槍の切っ先に、全神経を集中しているのが分かった。ただ槍を向けられているだけなのに、すでに心臓に刃が突き立てられている感覚すら感じるほどだ。
時が止まったかと思うほどの集中、二人の意識がただ槍の一点に集まる。
バーナが裂帛の気合と共に渾身の突きを放つ。狙うはただ一つメリルの心臓。
鮮血が戦場に舞った。
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