第六十話 激突グエンナ隊 ジニVSカルゴ②
ジニは自分の願望に気付き、その答えに驚きながらも納得した。
「何をぶつくさ言っている」
なかなかジニを倒せないことに、カルゴがいら立ちの声を上げる。
ジニは自分の疑問が解消したが、同時に新たな疑問が二つ浮かび上がっていた。
カルゴが地響きを立てて、こちらへと向かってくる。
暴れ牛数十頭が突進してくるかのような光景だった。それだけで凡人の自分は体が震え、逃げ出したくなる。
魔法の力があるとはいえ、すごい体だ。この五人の中で一番格上である大剣を持つ魔族すら超える巨体。まさに化け物と呼ぶにふさわしい。
だがそれならなぜこいつが、この場を仕切っていないのか? 魔王軍は強いものほど上の階級に行くと言われている。この巨体があれば、少なくともこの五人の中で一番だろう。だが魔族達のふるまいを見ると、カルゴはそれほど敬意を払われてはいなかった。
カルゴの突進に、ジニは飛んでかわす。カルゴの腕がジニの体に引っかかる。ほんの少しかすめただけで、ジニの体はまた吹き飛ばされる。
かすめただけでこの威力。直撃を受ければ死んでいるだろう。
そしてそれが二つ目の疑問だった。
なぜ自分はまだ死んでいないのか?
ジニは自分が息をしていることが信じられなかった。
互いの力量差を考えれば、すでに死んでいてもおかしくはない。なのに、全身ズタボロとはいえ、五体は満足、そして立ち上がれもする。この状況は正直おかしかった。
「ええい、ちょこまかと、小さすぎて狙いにくい」
カルゴがいら立ちの声を上げる。これにも少し違和感があった。
ジニとカルゴの体格差は、大人と子供ほど。倍近い差はある。これが大人と鼠ほどというのであれば、狙いにくいというのもわかるが、この体格差では、逆に丁度いいだろう。少なくとも自分なら、この体格差の相手に後れを取らない。
なぜ自分ごときに、こいつは手間取っているのか?
二つの謎が頭の中を渦巻いていたが、不意に答えが出た。
ああ、こいつ、弱いんだ。
自分を見下ろす巨体を前に、ジニは急に納得した。
そうでなければ二つの疑問は解消できない。強い奴が上に行く魔王軍で敬意を払われないのは、その力が見せかけだから。
弱い自分をなかなか倒せないのは、見かけほど強くないから。
その答えはすとんと自分の胸に落ち、そして体に力がみなぎってきた。
怯え、引けていた腰はまっすぐに伸び、剣を持つ手に力が入る。
カルゴが突進し、頭上から握り締めた左の拳を振り下ろす。
丸太が降ってくるような一撃。直撃すれば血の跡しか残らないだろう。だが怖くはなかった。ギリギリまで引き付け、ほんの半歩だけ身をそらす。
左の拳がうなり声をあげて、目の前に振り注いだ。だが拳はジニに命中しない。鼻先をかすめるぎりぎりの距離で回避した。ジニに与えた影響は、髪を揺らす風圧のみ。
当たれば必死確実の一撃だが、怖くはなかった。どれほど力があっても。自分よりも弱い者の一撃だ。どうということはない。
そして今の一撃で確信した。こいつは自分の体を持て余している。
巨体になったはいいが、距離感が狂い、目測をだいぶ誤っている。攻撃に正確さがなく大雑把だ。特に腕より外側の攻撃精度が低く、だから今まで自分をしとめきれなかった。
「やっぱりな」
ジニは身をひねると、剣を繰り出し、振り下ろされた手を切りつける。
カルゴの握られた拳から鮮血が流れる。だが指を切り落とすにはいたらない。
「おのれ!」
カルゴは痛みというより怒りで形相をゆがめ、切られた左腕を振るう。だがジニは身をかがめて剛腕の下を潜り、今度は左足に切りつける。
そこからは一方的な戦いとなった。
叩き潰し、避ける。薙ぎ払い、避ける。蹴り、避ける。つかみかかり、避ける。
先ほどまでは巨体に恐怖し、体が硬くなっていた。しかし恐怖せずにしっかりと見れば、相手の動きは予備動作が大きく、狙いを予測することはたやすかった。ギリギリまで引き付ければ、最小限の動きで回避可能。そしてぎりぎりでかわし、反撃の刃を放つ。
「ぐぅうう、人間風情が」
何度も切り刻まれたカルゴが、首を前へとかがめて睨め付ける。遥か頭上から見下ろしているはずなのに、まるで卑屈に見上げているようなしぐさだった。
ジニは笑った、敵ではなく自分自身を。
敵が強いとみれば慌てふためき、格下と見れば強気になれる。まさに小心者。英雄の器ではない。こんな人間が英雄になろうなど笑える話だった。いや、だからこその大それた目標か?
しかし英雄になるためには、目の前の敵を倒さなければならないが、正直攻略のめどが立たなかった。
すでに十太刀以上切り込んでいるが、全く致命傷になっていない。出血は止まり骨を断つこともできない。手足をいくら傷つけても倒せそうにない。狙うなら一点。
ジニはカルゴの首を見た。あの太い首を斬り落とせば、いくらなんでも死ぬだろう。
しかし首は遠い。それに体を登るとなれば、敵につかまる恐れがある。一度つかまれればさすがに命がない。
死中に活ありだな。
ジニはゆったりと剣を構えたまま、すたすたと前を歩き、カルゴに無防備に近づいた。
カルゴは近づくジニに警戒しながらも、接近を許す。ジニはカルゴの目の前、腕が届く内側にまで歩み寄った。
ジニはカルゴを見上げる。
「どうした? これだけ近づいてもまだ遠いか?」
「なめるな!」
カルゴの目がカッと見開き、怒りのままに両手を挟み、虫を潰すように合掌する。
ジニが身にまとっていた黒装飾が千切れ宙を舞った。
「ハハハッ、見たか、小虫が!」
カルゴが大口を開けて笑い、閉じた両手を開く。しかし手に挟み込んでいたのは黒い布切れのみ。カルゴは両手を広げさらに足元や周囲を見てジニを捜す。だがどこにも見つからない。
「ここだよ」
声がしたのはカルゴのすぐ耳元だった。
カルゴが首を左に曲げると、左肩に乗るジニの姿があった。その体は服が破れ、半身があらわとなっていた
手が閉じられた瞬間、身を屈めて両脇からくる手を回避し、腕の影に隠れてカルゴの膝を蹴り跳躍。肩に飛び乗ったのだ。
カルゴの肩に乗るジニが刃を振りかぶり、煌めかせる。その切っ先が狙うのは、無防備なカルゴの首。浮き出た頸椎のつなぎ目に照準を合わせている。
「まっ」
制止の声を聞くはずもなく、ジニが一刀を振り下ろす。狙いたがわず骨の隙間に刃を入れ、カルゴの巨大な首を切り落とした。
巨大な頭部が切り落とされ空中を舞う。巨体が震え音を立てて倒れた。ジニはバランスを崩すも、何とか飛び降り着地する。
「やれやれ」
痛む体に顔をしかめながら、ジニは倒れたカルゴの巨体を見る。
「とりあえず巨人倒しはできたか。まぁ、英雄になる一歩目にはなったか、な」
剣を杖につぶやいた。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字などありがとうございます。
最近更新が遅れて申し訳ありません。
これからもよろしくお願いします。