第五十八話 激突グエンナ隊 レットVSエンゲ
ジニの到着を見て、カイルは胸をなでおろした。
赤子を抱えたカルスが魔王軍のカルゴと対峙し、ミアが身を挺して守ったときには肝を冷やしたが、カイルが助けに行くわけにはいかなかった。
それどころか、よそ見をしているだけでも命取りの状況だった。
カイルの目の前では、大木のごとき大剣が小枝のように振るわれ、唸り声をあげて風を切っていた。
巨大な刃が竜巻のように振り回され、カイルは必死に身をかわし、ギリギリのところで避けていた。
小隊長グエンナは、魔族の中でも破格の巨体を持っている。しかもただの力自慢ではない。速く、そして正確だった。
身の軽さでは、ロメ隊一の自負があるカイルの動きにも難なくついてくる。
ただ力任せに振るっているような剣も、剣術として組み立てられて隙がない。完成された戦士の姿だった。
そして強いのはグエンナだけではなかった。
鞭を持つラビオに対してはシュローが戦っているが、なれない武器に近づけないでいる。
槍を振るうバーナも強敵だ、鋭い突きの嵐にメリルがてこずっていた。
エンゲが放つ指弾は、威力は低いが見切りにくい。腰に剣を帯びているが、使うつもりはないらしく、指弾だけで戦っている。対するレットは致命傷こそないものの、体中に被弾し、血を流していた。
魔法を使うカルゴは、この中で一番弱そうに見えた。寄れば倒せるのだろうが、次々に魔法生物を生み出し、ジニを近づけさせない。
幸いなのはミアをカルスが抱え、この場から逃げたことだが、二人を助けるためにも、早急にこの敵を倒さなければならなかった。
「どうした、よそ見とは余裕だな」
グエンナが大剣を振り回す。獲物を振るう風圧だけで吹き飛ばされそうだ。
カイルが見るに、グエンナは遥か格上の相手。他の四体の魔族も全て、カイルたちを上回る力を持っている。
そもそもカイルたち五人はロメ隊の中でも小柄の部類に入り、体格のいいアルやレイ、力自慢のオットー、グランやラグンのように技量が秀でているわけでもない。戦場では仲間たちの補助や遊撃に回り、正面からの戦いよりも、偵察や潜入を得意としている。格上の相手に一対一の勝負は分が悪かった。
「悪いが、お前の相手は後だ」
カイルは後方に宙返りし、大きく後ろにさがる。同時にシュロー達四人も下がり、カイルを中心に扇形に集う。
「どうする? カイル」
メリルが問う
「俺が援護する。合図とともに迷わず進め」
カイルが素早く指示を出す。そのカイルたちを見て、グエンナは強者の余裕か、大剣を肩に担ぎ笑って見ていた。
「おっ、なんかやる気か? いいぞ。見せてみろ」
笑うグエンナをよそに、カイルは腰から投擲用の短剣の束を取り出す。
薄いひし形の短剣が、五本重ねられている。その束が三つ計十五本。手元の短剣を含めると投擲用の短剣は残り十八本。
手に馴染んだ短剣を握り締め、カイルは五体の魔族を見据える。
「散!」
カイルの合図とともにシュロー、ジニ、メリル、レットの四人が、それぞれの相手に向かって突撃する。
その背後でカイルは動かず、重ねた五本の短剣を空中に放り投げた。
投げられた短剣は、羽のように空中に広がり大きな円を描きながら落ちてくる。
「おおっ」
大道芸でも見たかのように、グエンナが歓声を上げる。
落ちてくる短剣をカイルは受け取ると同時に次々に投擲していく。ほぼ同時と言ってもよい五本の流星。その刃が向かう先は、前を走る仲間達だった。
疾走する仲間にめがけて放たれた短剣は、仲間からわずかにそれ、その奥にいる魔族めがけて襲い掛かる。
「なっ」
投擲された短剣を、ラビオたちは武器を振り弾き落とす。しかしその間にシュロー達が距離を詰める。迎え撃とうとした瞬間、後方のカイルが再度短剣の束を空中に放り投げ、第二射が放たれる。
投擲された刃はシュローの耳をかすめ、ジニの脇の服を切り裂き、剣を振り上げるメリルの腕の間を通り抜け、レットの目の前を駆け抜けた。
接近戦と投擲の同時攻撃。グエンナ以外の魔族には、両方を迎え撃つことが出来なかった。
大剣を持つグエンナ以外は、どれも間合いが命の獲物ばかり。一射目のように短剣を武器で弾いては、シュロー達に詰め寄られる。
「なめるな!」
紅一点のラビオが一喝し、放たれた短剣を無視して、向かってくるシュローに鞭を振るう。
短剣の一撃を受けても死ぬことはないと、傷つくことをいとわない戦士の選択。
槍を持つバーナも同様の選択をして、短剣を身に受けながらも、メリルに向かって槍を放つ。
シュローが鞭に打ち据えられ、メリルが槍を受ける。だが同様の選択をできなかったのが、指弾を使うエンゲと魔法職であるカルゴだった。
特にエンゲが使う指弾術は、繊細な指の動きが命。腕に短剣を受ければ戦えなくなる。
「そうは、させるか」
エンゲは後方に跳躍しながら、手に持っていた指弾用の礫を破棄し。腰に回した剣を抜く。
投げられた短剣を剣で払い落とし、同時に迫るレットをけん制する。
レットは剣を振るうも、ことごとく弾かれる。
「腰の剣が飾りだと思ったか? 剣は苦手でも、それでもおめーらよりは使えるんだよ」
エンゲが爬虫類の口を開いて笑う。
相対するレットは一歩後ろにさがり、自分の顔の横に左手を広げて掲げた。
「なんだその手は? 降参のつもりか?」
「そんなところだ」
レットは自らの不覚を認めた。
「剣の腕じゃぁ、お前の方が強い。それは認めよう。でもな」
レットは掲げた手を動かさず、エンゲを見る。
エンゲが怪訝に眉をひそめた瞬間。その左目に短剣が突き刺さった。
「ああ?」
目に刃を受けたエンゲは、混乱しながらも残った右目で刃が来た先を見た。
レットが掲げた手、その指と指の間から、後方にいるカイルの姿が見えた。
掲げた手で投擲された短剣を隠した!
驚愕に包まれるエンゲに、レットが渾身の突きを放つ。
レットの剣はエンゲの着込む鎧を貫き、胸を切り裂く。
「いっ、いくらなんでも、正確すぎだろ……どうかしてる」
エンゲは倒れながら驚嘆の言葉を吐いた。
この距離で指の間を通したこともそうだが、仲間を信じて手を掲げている方も信じられなかった。
「剣の腕は確かにお前の方が上だが、投擲術はうちのカイルの方が上だったな」
倒れたエンゲの上に、レットのつぶやきが響いた。
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