第四話 蟻人掃討戦②
オットーの凄まじい怪力により、特大防衛蟻の突撃をはじき返したが、そこにばかり注目しているわけにはいかなかった。
後続の防衛蟻が次々に兵士たちが並べた盾に激突する。
激突する度に大きな音が戦場に響いたが、落石のごとき攻撃が、防衛線を突破することはなく、全て受け止めることが出来た。損害は軽微。予想外だが対処はできた。
前線の兵がよく頑張ってくれたが、これはオットーの働きが大きい。目の前で受け止めるどころか弾き返せることを見せられれば、盾を持った兵士たちも、受け止められるのだと信じることが出来る。
精神的支柱となってくれたことは大きい。
敵陣を見ると、自信のあった攻撃だったのだろう。王蟻が憎々しげにこちらを見ているのがわかる。顎をこすり合わせる唸り声すら聞こえてきそうだ。
王蟻が苛立たしさを隠さず、王杓を振るうと蟻たちが前進を開始する。
最前列に見えるのは軽量の兵隊蟻の群れだ。昆虫の足を目まぐるしく動かし、疾走と言える速度で大地をかける。
迎えるは盾の列。だが馬鹿正直に受けるつもりはない。
「魔石投擲!」
黒い津波となった蟻人が構わず前進してくるが、私の号令と共に、盾に隠れた二列目の兵士が爆裂魔石を投擲する。
投擲された魔石が津波に飲み込まれたかと思うと、各地で一斉に爆発が起き、蟻人の群れが吹き飛んだ。
爆発音に金属をこするような蟻人の悲鳴が響き、白い体液をまき散らしながら、昆虫の手足が戦場に降る。
阿鼻叫喚の地獄絵図だが、大勢の仲間が吹き飛ばされても、蟻人の突進は止まらない。恐怖も怯えもなく、ただまっすぐに突き進んでくる。
「蟻共め」
先生が吐き捨てる。
蟻人の恐ろしいところがこれだ。
普通近くで爆発が起きれば、訓練された兵士でも身がすくむものだ。しかし蟻人にはそれがない。生存本能も感情もなく、命すら投げ出し王の命令にただ従う。
突進する蟻人が、盾の隙間から槍を並べる歩兵の列と激突する。
槍に貫かれ何匹もの蟻人が串刺しになるが、目の前の仲間の死にすら、連中は躊躇しない。ついさっきまで生きていた仲間の死骸を乗り越えて、なお前に進もうとする。
昆虫だけに許された虫の戦術。しかしこちらも負けてはいない。たとえ前の兵士がやられても、すぐに後ろの兵士が前に出て穴を埋め、百近い蟻人の突撃を受け止めた。
「グレイブズ」
弓兵を指揮する、古参兵のグレイブズに指示を出す。
私の指示を受けて、グレイブズが大仰な礼をする。
「弓構え、三射」
内心さっさと打てと思うのだが、グレイブズは兵を指揮しつつも、自身も弓を持ち、矢をつがえる。
矢が一斉に放たれ、蟻人めがけて降り注ぐ。
放物線を描いた矢が蟻の群れに吸いこまれていくが、一本だけ他とは違う軌道を描く矢があった。
グレイブズの放った矢だ。普通の矢は山なりの軌道を描くが、グレイブズの放った矢はほぼ直線に飛び、正確に突撃蟻の頭部を撃ち抜く。
グレイブズは兵たちと共に三射したが、全て命中した。
「すごい、全部当たりましたよ」
見ていたミアさんが、グレイブズの矢の腕前に驚き歓声を上げる。
黄色い声を聴き、射終えたグレイブズがこちらを見てまた大仰に礼をする。
気障ったらしい態度に、隣で見ていた癒し手のカールマンと護衛のミーチャが小さく吐き捨てる。
「グレイブズは気障ですが腕はいいですね」
「確かに腕はいいな、気障だけど」
私とヴェッリ先生も同じ感想を口にする。
グレイブズは戦歴の長い熟練兵だ。兵の指揮も出来て、自身も卓越した弓の使い手。この上なくいい兵士だが、気障なのが玉に瑕だ。
もちろん、私の個人的感想は戦場ではどうでもいいので無視する。
視線を戦場に戻すと、兵が敵を受け止め弓で射掛けたため、敵の攻撃を見事に防ぎきっていた。
防御を固めて後ろから打つ。教本通りの戦術はうまく機能していた。
たとえ数で負けていても、防衛線さえ維持できれば互角以上に戦える。
「ロメリア、第二波が来る」
戦場を注視していた先生が、第二波の到来を教えてくれる。
第一波を効率よく切り抜けたが、直後敵陣から第二波が放たれる。防衛蟻を前に並べて再度回転突撃。しかし今度は兵隊蟻や大きな顎を持つ戦闘蟻も後ろからついてくる。
前にいた蟻を踏みつぶして防衛蟻が前線の兵に激突する。前線の兵士たちは盾を並べて耐えたが、そこに兵隊蟻と戦闘蟻が殺到した。
兵士たちが槍を並べて迎え撃ち、なんとか受けきったと思った頃に、また防衛蟻の突撃がやってくる。
「蟻が波状攻撃か。やってくれる」
ヴェッリ先生が蟻人の戦術に舌を巻く。魔物がここまで戦術を駆使してくるとは想定外だった。しかし前線の兵もよく耐えている。特にオットーとカイル率いる正面は、攻撃が集中しているが、持ちこたえてくれている。
オットーは特注の槌を振り回し、一度に数匹の蟻をまるで草でも刈るように薙ぎ払っている。
わきを固める兵士たちも、隊長に負けじと敵を押し返し、後退しない。体格の大きな重量級を配置しておいて正解だった。
前線の兵士を信じ任せていると、また戦場で変化があった。
七度目の波状攻撃を受けきった後、八度目の攻撃が無くなったのだ。生き残った蟻人で前線が詰まり、後方から回転突撃が出来なくなってきたからだ。
一息つけると思ったのもつかの間、その生き残った蟻たちの群れが、突然一か所に集まり始めたかと思うと、互いの体を登りあい、軍勢の一部が盛り上がり始めた。
「なんだありゃ?」
先生が頓狂な声を上げる。
蟻たちは互いで互いを支え、蟻人の上に蟻人が乗り、さらに同胞を足蹴にして上に登り始め、見る間に柱のように高く積みあがっていく。
戦場ではほかにも二つほど同様の動きがあり、蟻人の柱ができ始めていた。私はすぐに連中の意図に気づき指示を出す。
「グレイブズ、集中射撃。一つでいい。あれをつぶしてください」
私の指示にうなずき、グレイブズが矢を集中させる。
グレイブズの放った矢が、土台を固める蟻を撃ち抜く。柱が揺れ、蟻人達が必死に支えようとしたところに矢が降り注ぎ、支えきれず柱が崩れて倒壊する。だがその間に残り二つは見上げるほど高く積みあがった。
高すぎる蟻の塔は重量を支えきれず、不安定に揺れたかと思うと自ら勢いをつけ、そのままこちらに大きく湾曲してくる。土台を築いていた蟻人達は、恐るべき筋力で塔を支えていたが、ついには支えきれず蟻人が前線の兵士たちに降り注いだ。
前線では上から蟻人が降ってきたため、戦列が崩れる。周囲にいた兵士がすぐに穴をふさごうと奮戦するが、蟻人はそこから突破しようと猛攻を仕掛ける。
「連中、面白いことを考えやがるな」
先生は敵ながら感心していた。
「古今東西、こんな戦術無いでしょうね」
自分たちの体で橋を作り、前線を上から乗り越える。命を省みない蟻だけに許された戦術だ。
想定外の戦法に、前線でも多少の混乱が起きている。
「ロメリア、予備兵を出すか?」
ヴェッリ先生が問うが、迷ったが押しとどまる。
「いえ、前線の兵たちに対応させましょう」
予備兵力の使いどころは重要だ。相手の攻め手をつぶし、急所に打ち込むことで勝敗が決すると言っていい。
この程度なら、前線にいる兵士で対応できると信じて見守る。
前線では、多少の混乱が見られたが、思ったほどの出血にはならなかった。
陣形の内部に入り込まれたが、入り込まれた数は少数だったのですぐに処理されている。
とはいえ、これから同じことを何度もされれば、どうなるかはわからない。
戦争はまだ始まったばかりと言えた。




