第二話 作戦会議
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私がヴェッリ先生やミアさんを伴って彼らのもとに行くと、主だった者たちが集まっていた。ロメ隊の二十人に、古参兵や本陣の護衛。そして後方支援の要たる癒し手たちだ。
将兵が勢ぞろいすると壮観だ。特にロメ隊には特別にあつらえた鎧兜を身に着けているため、まるでいっぱしの騎士のようだ。
煌びやかな見た目だが、この鎧を見ていると、正直胃が痛む思いだった。
徴兵された農民兵は基本武器を持っていないため、槍や鎧などは国からの支給となる。
もちろんそれらは最低限の装備であるため、貴族の騎士ともなれば自前で鎧兜を購入するのが一般的だ。
私としては疑問なのだが、戦場ではとにかく目立たなければいけないらしい。騎士たるもの煌びやかな鎧や見栄えのする武具に、惜しみなく金を使うものなのだそうだ。
旅の最中王子もよく高い武具を購入し、旅の資金を目減りさせてくれたものだった。
私は無駄だと思うが、戦士には譲れない部分らしい。
ヴェッリ先生は、女が着飾るドレスや宝石みたいなものだと言われたが、ドレスも宝石も興味がないのでわからないと伝えると、変な顔をされた。なんでだろう?
ともかくそれら無駄な装飾を排したとしても、最新の製鉄技術の塊である鎧兜は、非常に高価で、一式揃えれば軽く家一軒ほどの値段がする。しかもそれが二十人分だから、ちょっとした屋敷を買うほどの出費となった。
もちろん貴族ではない農民上がりのロメ隊に、そんなお金があるわけもなく、私が用立てた。
私の個人資産でも賄えず、セリュレ氏に金を借りクインズ先生が経理から余剰資金を捻出してくれて、ようやくそろえることが出来た。
ここにはいないが、クインズ先生には本当に感謝しかない。先生がいなければ絶対に無理だった。
実家の資金が使えればこの程度の金額は痛くもないのだが、お父様には勘当された身だ。勝手をしているのに、金だけはもらいますとは言えない。
何とかそろえることはできたが、正直血を吐く思いの出費だった。
しかしロメ隊には期待している。出費に見合った、あるいはそれ以上の働きをしてくれるだろう。
居並ぶ兵たちに一人一人目を合わせてあいさつをし、小さくうなずく。
「皆さん、楽にしてください。作戦は事前の会議通り、特に変更はありません。正面中央の重装歩兵部隊百名。オットーとカイルに預けます」
私が二人を見ると、オットーとカイルが一礼した。
オットーはロメ隊の中でも特に重武装で、全身隙間なく鎧で覆い、露出している部分は目だけという具合だ。
私が着たら動けなくなる重量を着込んで、オットーは軽々と動く。しかもその背中には特大の戦槌を括り付けている。
鎧兜を脱いだ姿は純朴な青年なのだが、いざ戦いとなれば決して引くことなく、その戦槌で敵の原型が無くなるまで戦うのをやめない。
横に立つカイルは以前はやせていたが、最近は肉付きがよく、猫のようなしなやかさを持つようになっている。
身軽で素早く、武装も軽量の胸鎧のみとお財布にも優しい。武装は細身の剣と、投擲用のナイフをいくつも括り付けている。機動力を生かした剣術や投げナイフによる中距離攻撃もこなし、大振りになりがちなオットーをよく補佐している。二人に任せれば中央は安心できる。
「両脇の左右の七十名の部隊は左翼にはグランとレットに、右翼はラグンとメリルに担当してもらいます」
双子とロメ隊のレットとメリルに、左右の兵をそれぞれ預ける。
グランとラグンの双子は、平均的な騎士のいでたちだ。オットーのような力強さやカイルのような身軽さはないが、安定した力を発揮し、どこにおいても任せられる。
以前は一緒に行動させていたが、それぞれに部隊を預けてもすぐ側にいるかのような連携ができることが分かったのは僥倖だ。
今や二人は扇の要とも言える存在だ。
「グレイブズには後方の弓兵三十を率いてもらいます。場合によっては武器を持ち替え、前線に出てもらうことになるかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」
古参兵のグレイブズは、大仰に礼をした。
やや気障ったらしい態度が鼻につくが、グレイブズはカシューにいた古参兵の中でも戦歴が長く、戦場の機微を心得ている。私がいちいち口を出すことなどないかもしれない。
「アルとレイには騎兵五十を任せます。今回の戦い、二人が戦術の要と言えます。とはいえ、今回の作戦、全てが計算通りに行くとは限りません。二人には自由な裁量を与えます。任せましたよ」
アルとレイがそろってうなずく。二人の顔は責任と覚悟に引き締まっている。
二人の装備には特にお金をかけた。
鎧兜もそうだが、二人が持つ赤い飾り布の槍と、蒼い飾り布の槍は名工と名高い鍛冶屋に作らせた業物だ。さらに二人が駆る愛馬は駿馬でこれも高かった。
しかし二人は今やロメ隊でも出色の存在だ。無鉄砲だったアルは、最近では風格すら身に付けた。レイも、いつの間にかそばかすが消え美麗ともいえる顔に変貌した。
だが二人が変わったのは顔だけではない。それ以上に実力を身に付け、剣や槍さばきで、二人にかなう者はいなくなった。二人には費用以上の戦果が期待できる。
この二人がいなければ、ここまで来るのにもう一年かかったことだろう。
「予備兵としてベンとハンスに二十名。ジニとタースに二十名。ボレルとガットに二十名。グレンとゼゼに二十名を与えます。これらは遊軍として後方に待機してもらいます」
さらにロメ隊の名前を呼び、兵力を小分けして与える。
前線に空いた穴を防ぎ、時には突撃して敵に痛打を与える予備兵力は、戦争の勝敗を決定づけることが出来る。彼らの運用が私の最大の仕事と言えるだろう。
「本陣の護衛にはミーチャとセイ、ブライとシュローに任せます」
兵力が足りないため、本陣の護衛はこの四人を除けば兵士が五名。旗持ちのコルツ。突撃や退却を指示する喇叭兵のベルトとバン。ほかに伝令役の五名だ。
予備隊や本陣の護衛は重要であるため、最近とみに腕を上げているロメ隊の面々を主軸に配置している。
「四人には私たちだけではなく、癒し手も守ってもらいますよ」
私はミアさんとその後ろに控える三名を見る。ノーテ司祭が新たに送ってくれた人員だ。
カールマンという男性は、ミアさんの先輩であり腕がいい。ほかの二人もまだ若いが腕は確かだ。
ロメ隊のミーチャがミアさんを一目見た後、必ず守りますと力強くうなずく。
これで私の手元の兵士は全てだ。魔法使いは相変わらずいない。一人二人いてくれれば、戦術にさらに幅が持たせられるのだが、無い物ねだりしても仕方ないだろう。
「敵の総数はわかりませんが、少なく見積もっても千五百から二千。今回の戦いは、これまでにない激戦となるでしょう」
数だけ見れば四倍以上。ただし蟻人は繁殖力が高いが、戦闘力はそれほど高くはない。戦力を計算すれば、こちらが百とすれば蟻人は百五十ほど。劣勢ではあるが戦術次第で勝てない相手ではない。
「厳しい戦いになりますが、私たちは連中を駆逐し、この地に平和と安寧をもたらさなければなりません。それぞれの奮戦に期待します」
私が言い終えると、居並ぶ隊長達の間からアルが一歩前に出る。
「ロメリア様に勝利を」
右の拳を胸に当てて勝利を誓う。
「「ロメリア様に勝利を!」」
隊長達が唱和し、体を翻して自分たちの受け持つ部隊へと戻っていく。
隊長達が戻ったのを見て私はヴェッリ先生を見る。軍師役の先生も。抜かりはないとうなずいてくれる。
私もうなずき返して旗持ちと共に前に出る。旗持ちに合図を送ると、下げていた旗を高らかに掲げる。
鈴蘭の意匠を施した旗が風にはためく。
旗が掲げられると兵士たちの間から一斉に声が上がった。
「「勝利を! 勝利を! 勝利を!」」
兵士たちが気炎を上げ、高らかに叫び武具を打ち鳴らす。足踏みは軽い地響きとなり大地を震わせる。
恐怖をごまかすためもあるだろうが、士気は高い。
戦意が最高潮に高まるのを待って、私は剣を抜いた。
細身の刃を太陽に掲げ、まっすぐ前に振り下ろす。
「全軍前進!」
私の声と共に兵士たちが前進を開始する。
ここに魔物との戦争が開始された。




