第五十五話 落ちる橋
時は少しさかのぼる。
表門に火の手が上がったころ、ミアはロメ隊のシュロー、ジニと共に、城館の裏手にある橋の手前で逃げる人々を誘導していた。
逃げてきた人々は狂乱のただなかにあり、互いに押し合い倒れる者、怪我をする者が続出し、放っておけば川に落ちる者も出るところだった。
ミアは倒れた人を助け起こし、何とか落ち着かせようと声を張り上げた。
「ミア様、ここは危険です。せめて橋の反対側に避難してください」
助けに来てくれたシュローが、安全な場所に逃げろと言うが、それはできなかった。
二人はロメリアが、自分を助けるために派遣してくれた者達だ。彼らは自らの主人であるロメリアに絶対の忠誠を誓っている。そのロメリアが私を助けろと言ったのだから、彼らはその命令を完遂するため、必ず一人は護衛としてついてくる。この状況で自分一人のために、優秀な兵士一人を無駄にするわけにはいかなかった。
「私は大丈夫です。それよりも…………」
ミアは避難誘導を優先してくださいと言いかけたが、言い終わる前に走り出した。目の前で母子の二人組が、逃げる人に突き倒されて転倒したからだ。
ミアはすぐに子供を抱き上げ、後ろついてきたシュローが母親を助け起こす。
助けられた母子は礼を言って、すぐに橋へと逃げて行った。
表門の炎が食い止めているのか、魔王軍の姿はまだない。
だが狭い裏門と小さな橋に大量の人々が集まり、思うように避難が進んでいない。少し離れたところにある裏門では、ロメ隊のレットが逃げる人を何とか誘導しているが、まだ城館には多くの人が残されている。
「おい、やめろ! 何をする!」
突然後ろで言い争う声が聞こえて振り向くと、橋の手前で避難誘導に当たっていたロメ隊のジニが、身なりのいい男たち数人と何かを言い争っていた。
男たちは突然ジニを羽交い絞めにすると、腰から何かを奪い取った。そしてジニを殴りつけ、倒れた隙に橋を渡っていった。
「シュロー! あいつらを止めろ! 爆裂魔石を!」
殴られた頭を押さえながら、起き上がったジニが叫ぶが、その声は爆発音によって遮られた。
突如橋が爆発し、橋を渡っていた人々ごと吹き飛んだ。
爆風が人々を襲い、橋から離れたところにいたミアの頬を打つ。
「なっ、なんてこと」
ミアは見ている光景が信じられなかった。人々が木片とともに宙を舞い、吹き飛び川に落ちていく。
爆音が収まった後、聞こえてくるのは泣き叫ぶ声と悲鳴、そしてうめき声だけだった。
母子を助けに行き、橋から離れていたためミア自身は無事だったが、先ほど助けた母子は橋に向かっていたところだ。ミアは母子の姿を捜したが、見分けられない。あまりに多くの人が倒れ、そして川に落ちて流されている。
「大丈夫ですか?」
ミアはすぐ近くにいた人を助け起こすが、うつ伏せとなった体を抱き起すと、胸に木片が突き刺さり、絶命しているのが分かった。
人の死に一瞬動揺しかけたが、戦場での経験からすぐに気持ちを切り替え、別の人を助け起こしにかかる。非常時には悲しむこともできない。
だが倒れた人を助けようとするミアを、裏門から逃げてきた人たちが突き飛ばし、倒れた人を踏みつけて橋へと向かう。
「待って、そっちはだめ!」
ミアは力の限り叫んだが、誰の耳にも届かなかった。
先頭にいる者は橋が落ちていることに気付き、止まろうとしているが、後ろの人は逃げることしか考えられず、押しのけて前に進もうとする。押し合いとなり、落ちた橋に突き進み、自ら進んで川に落ちていく。
これまで幾度かの戦いで、死にゆく人や傷つき倒れた人を見てきたが、戦場とは全く違う地獄だった。
「橋は落ちた! 川に沿って逃げて!」
「ミア様! ご無事ですか!」
橋が落ちたことを伝えようとするミアに、シュローが駆け寄ってくる。
二人は何とか川に向かう人の波を止めようとしたが、不意に何かを感じて手が止まった。
それは魔力の波長だった。魔法を行使した時に漏れる力に、兵士として訓練されているシュローと、魔法に似た癒しの技を使うミアが気づく。
「伏せて!」
危険を察知したシュローが、ミアに覆いかぶさり身を伏せる。直後何かが空から降り注いだ。
かたい何かがミアの足をかすめ痛みが走ったが、当たったのはそれだけ。すぐに身を起こすと、周辺には黒い棘のついた礫が散乱していた。自分はシュローが盾となってくれたため、掠り傷一つで済んだが、周囲では多くの人々が倒れていた。
「くそ、魔王軍か」
身を起こしながら、シュローが叫んだ。
あの炎を越えて、魔王軍の兵士がやって来たのだ。
「シュローさん! 行ってください」
ミアはシュローに向かって城館の中を指差した。
「しかし、私は貴方を」
「魔王軍が来た以上、倒すことが先決です」
「…………わかりました。ですがミア様。貴方は自らの命を優先してください。ジニ! 行くぞ!」
シュローは顔をゆがめた後に決断し、倒れた人を起こしていたジニに手を振る。兵士たちは裏門で倒れる人を飛び越えて、城館の中に入っていった。
その背中を見送った後、ミアは周囲の人を助け起こしながら、自身も裏門へと向かった。城館の内部が戦場となるのならば、最も助けなければいけない人は城館の中にいるからだ。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
ロメリア戦記の書籍化が決定しました。
小学館ガガガブックス様より六月十八日発売予定です。
それとこれらか少し更新が遅くなるかもしれません。
最低でも週一回の更新は保とうと思うのですが、ちょっとどうなるかわかりません。
これからも頑張りますので、よろしくお付き合いください。