第五十三話 戦いの後……②
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記が発売中です。
BLADEコミックス様より、上戸先生の手によるコミカライズ版ロメリア戦記も発売中です。
マグコミ様で連載中ですよ。
私達が桟橋の前に到着すると、ちょうど荷馬車号が係留されたところだった。その帆柱には船に乗る獅子の旗のほかに、吠える海驢の旗が翻っている。
あれこそ、新設されたライオネル王国海上警備隊の紋章だった。
「ロメリア様! ただいま戻りました!」
荷馬車号の上では、髪を後ろにまとめたロメ隊のガットが手を振る。その隣にはボレルもいた。
荷馬車号の任務は、アイリーン港とメルカ島の物資輸送だった。だがそこに海上警備隊の兵士も同行させ、訓練を兼ねさせた。ボレルとガットには、警備隊の兵士達を任せていたのだ。
「さて、海上警備隊、いや、未来のライオネル海軍の様子はどうですかね」
私の隣で、モーリス副局長が笑みを浮かべる。
これまで港がなかったライオネル王国には、海軍と呼べるものがそもそも存在していなかった。だが港を持った以上、海軍の設立は急務である。しかし何もない状況から、いきなり軍隊を作ることは出来ない。まずはアイリーン港を守る海上警備隊を組織し、海軍の前身にしようと考えたのだ。
「よーし、下船していいぞ!」
船から渡し板が掛けられ、ボレルが号令する。すると訓練に出ていた兵士達が降りてくる。しかしその足取りはふらついており、顔は海よりも青い。桟橋に降りるなり兵士達は膝を付き、海に吐く者もいる始末だ。
海上警備隊と名前は立派だが、兵士達は船酔いにも勝てない有様だった。
「はっはっはっ! まぁ、こうなるでしょうな」
船酔いで立つこともままならない兵士を見て、モーリス副局長が豪快に笑った。私は苦い顔になったが、仕方ないだろう。ライオネル王国の人間で、船に乗ったことがある者は稀だ。船に酔うなという方が無理というものだ。
「全く、たかが数日の航海で、だらしのない連中だ」
ドスドスと足音を立てて、一人の女性が渡し板を降りてくる。
赤い髪の下、肩に外套を掛けるのはメルカ島のメアリーさんだった。
「こんな奴ら、鍛えるだけ時間の無駄じゃないのか?」
メアリーさんが、船酔いで立てない兵士達を見下ろす。だがその頭に、拳骨が振り下ろされる。
「彼らを一人前にするのが、お前の仕事だ! メアリー!」
「……ってぇな、オヤジ! 何しやがる!」
メアリーさんがモーリス副局長に食ってかかる。メアリーさんは、モーリス副局長とレベッカさんの実の娘なのだ。
「手を抜いたら許さんぞ! ロメリア様の温情のおかげで、命があることを忘れるな!」
モーリス副局長の言葉に、メアリーさんが顔を顰める。メアリーさんはかつて、私に弓を引いた前科があるのだ。
ことの重大さを考えれば、極刑もありえた。しかしメルカ島との関係を考慮し、罪を一等減じることになったのだ。
実際メアリーさんが行った反乱は、モーリス船長達の協力もありたった一日で終結した。死者も出ておらず、対外的に見ればボヤ程度の事件である。私は事を大きくせず、メルカ島には賠償金を請求し、メアリーさんには兵役の罰を課すことで決着させた。彼女の当面の仕事は、海上警備隊を一人前にすることだ。
「うっせぇなぁ! ……仕事はちゃんとしたよ」
「本当だろうな! お前の言動一つで、メルカ島の未来が変わるんだぞ!」
メアリーさんを見下ろしながら、モーリス副局長はどこかで聞いた台詞を吐く。
「分かってる! ただ鍛えるにしても、海に慣れないと話にならないだろ! だから今回は、波の高い所を通って帰ってきた! あと数回繰り返せば、船酔いもしなくなる。鍛えるのはそれからだ!」
メアリーさんの予定を聞き、桟橋で酔っていた兵士達がさらに顔を青くする。大変だろうが、船酔いに慣れる一番の方法は、たくさん船酔いを経験することだ。辛いだろうがこれも仕事と頑張ってもらおう。
「メアリーさん。よろしくお願いしますよ」
睨むモーリス副局長の隣で、私は笑って頷いておく。モーリス副局長はああ言っていたが、私はさほど心配していなかった。
メアリーさんは少し思慮が足りないところがあるが、船長としての腕前は一流だ。それに兵士達を上手く鍛え上げれば、兵役期間を短くするという契約もある。多分大丈夫だろう。
「ああ、ところでロメリア」
「ロメリア様だ!」
モーリス副局長が、再度拳骨を落とす。
「……って、ロメリア様。あいつはいるかい? ほら、あの細目で笑顔が顔に張り付いたやつ」
頭をさすりながらメアリーさんが続ける。一瞬誰のことかわからなかったが、思い当たる人物がいた。
「ゼゼのことですか? ええ、いると思いますよ」
私はアイリーン港を見回した。確か港の工事を手伝っているはずだ。少し視線を動かすと、港の端で建設中の倉庫があった。そこで兵士達と共に作業する一人の男性がいた。顔にいつも笑みを浮かべているのは、ロメ隊の一人であるゼゼだ。
「悪いけど、呼んでもらえるかい?」
「構いませんよ」
私は首を傾げながらも、ボレルに頼んでゼゼを呼んできてもらう。しかし意外だった。私やロメ隊の面々は、メアリーさんと刃を交えた過去がある。その時にはゼゼも同行していたため、メアリーさんはゼゼのことを知っている。だが呼びつけるほど関心があったとは知らなかった。
「何かご用ですか、ロメリア様」
しばらく待つと、ボレルと共にゼゼがこちらにやってくる。
「いえ、私ではなくメアリーさんが」
私は視線をメアリーさんへと移した。すると顔をニヤつかせながら、肩越しに背後を見る。
「ほら、来たぜ」
メアリーさんの背後には、いつの間にか一人の女の子が立っていた。黄金色の髪は丁寧に編まれ、フリルが付いた白いシャツの下には、赤いスカートを履いている。ただその顔は恥ずかしげに俯き、顔はよく見えない。
「いつまで後ろに隠れてるつもりだよ」
メアリーさんが半歩横に移動するも、女の子はすぐにメアリーさんの背に隠れる。
最初、私はこの女の子が誰なのか分からなかった。
メルカ島には子供が多く、何人かとは顔見知りだ。しかしこれぐらいの大きさの女の子は見覚えがなかった。だが日に焼けた肌からして、メルカ島の住人に間違いないだろう。
私はメアリーさんの背に隠れる女の子の顔をよく見た。
麦穂のような髪は、どこかで見た記憶があった。俯く顔には、火傷の跡がある。
「あっ、君は……アンかい?」
私より先に、ゼゼが女の子の正体に気づいた。
そう、メアリーさんの背に隠れているのは。メルカ島でメアリーさんと共に、海賊行為を行っていたアンだ。しかし驚いた。以前見た時は、案はボサボサの頭をして、男の子のような格好をしていた。だが今は丁寧に髪が編まれ、スカートを履いてとても女の子らしい。
私もゼゼも、驚きにすぐに言葉が出なかった。私達の沈黙に比例して、アンの顔が徐々に赤くなっていく。
「なっ、なんだよ! 似合っていないって思うなら、そう言えよ!」
照れたアンが怒鳴る。微笑ましい光景だが、ゼゼは揶揄ったりはしなかった。
「そんなことない、よく似合ってるよ」
微笑むゼゼに対し、アンは耳まで赤くなる。
「よかったな」
「うるさい!」
メアリーさんがアンの背中を肘で小突くと、アンは顔を赤らめながらメアリーさんの背中を殴り返していた。
アンとメアリーのやりとりを見ていると、私も嬉しくなる。アンは私達と敵対し刃を向けたことすらある。だがそれは辛い過去ゆえ、自暴自棄になっていたためだ。彼女がまた子供らしい一面を取り戻せたのだと思うと、メルカ島であった苦労も報われる気がする。だが一人、ジニだけが口を尖らせていた。
「俺じゃないのかよ。あの時体張ったのに……」
つまらなそうに呟くジニの肩を、ボレルが叩いて慰めていた。
「ああ、そうだロメリア様。もう一つ話があるんだが、いいか?」
「メアリーさん、なんでしょう?」
「アンや子供達が言い出したことなんだが……」
メアリーさんは頭を掻きながら、傍のアンを見た。
「ロメリア……様。ここでは働き手を募集していると聞いたけど、今も募集しているか?」
「え? ええ、アンさん。仕事は幾らでもありますが?」
私はアイリーンの街並みに目を向けた。移住者が集まり始めたが、それゆえに街は拡大している。人手は幾らあっても足りない。
「なら私も働く。給料の一部を、島の賠償金に充ててほしい。それが済んでも、さらに払う。その分メアリーさんの刑期を短くして欲しい。これは私だけじゃない。島に残った子供達も同じ考えだ。頼む。いや、お願いします」
アンは頭を下げるが、私はどうしたものか迷った。
メルカ島との賠償金については、すでに話がついている。何より、子供が稼げる金額では足しにもならない。またメアリーさんの刑期を短くするのも、法律的に問題がある。
「……アンさん。貴方は子供でした。罪に問わないことはすでに決まっています」
私達にとって、アン達の処遇は慎重に対処しなければいけない問題だった。メルカ島との関係を考えると、子供を厳罰にするわけにはいかない。そのため、メアリーさんが一人責任を背負う形で決着したのだ。
「それでもやったことには変わりない。メアリーに、全ての罪を着せるわけにはいかない」
アンは子供に似つかわしくない、決意の籠もった目を見せる。
「そんなこと、気にしなくていいって言ったんだけどね」
「私達はメアリーの船に乗っていたんだ。生きるも死ぬも一緒だ」
アンの瞳は揺るがない。その目を見ていると、私にも少し負い目があった。
メアリーさんが起こした反乱だが、私は事前にその情報を入手していた。その気になれば未然に防ぐことすら出来た。そうしなかったのは、幾つか事情がある。そのうちの一つに、メルカ島との関係の強化があった。
メアリーさんに反乱を起こさせ、鎮圧した上で許せば、メルカ島には大きな貸しとなる。二度目の反乱は許されず、メルカ島は私と共に進むしかなくなる。
メアリーさんの反乱は、私にとって都合のいいことだった。もちろん反乱を起こすかどうかは、彼女達が決めたことだ。だが利用したことも事実だった。
「分かりました。賠償金に関しては、貴方達の給料から一部返済に当てるということでいいでしょう」
私は仕方がないと頷いた。事務手続きが少し面倒になるが、小さな手間と納得しておこう。
「ただ、メアリーさんの刑期短縮は出来ません。これは法律の問題です」
私は出来ないことは出来ないと、はっきりさせておいた。そもそもメアリーさんがしでかしたことは、罰金で済むような話ではない。当然その罪は、お金では贖えない。
「ただしメアリーさんとは、兵士達を鍛え上げれば刑期を短くすると約束しています。貴方達が大人になれば、メアリーさんの補佐に任じましょう。そしてメアリーさんの手伝いをしなさい。これなら貴方の働き次第で、メアリーさんの刑期を短縮することが出来ます」
私の言葉に、アンは表情を明るくする。
「なら! メアリーとまた一緒の船に乗れるのか!」
「ええ、大人になったら、手配しましょう」
私が約束すると、アンは喜びメアリーに抱きついた。
「ロメリア様。無理を聞いていただき、ありがとうございます」
レベッカさんが頭を下げる。私は会釈だけを返した。
メアリーさんの反乱を、私があえて放置したことを、レベッカさんやモーリス船長は当然理解している。よってあまりこのことを、利用すべきではない。仲間にするために計略を用いたが、一度仲間になった以上は、差別することなく共に栄えていくべきだ。
私達の間を、風が吹き抜ける。
いい風が吹いている。この風に乗って、うまく進んでいきたいものだった。




