第五十二話 戦いの後……①
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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マグコミ様で連載中ですよ。
ミレトでの会合を終えた私は、馬車に乗りながら書類を読み込んでいた。すると馬車が止まり、顔を上げると窓の外にはアイリーン港という看板がかけられた門があった。私は書類を手に馬車から降りて門をくぐった。
アイリーン港とは、カシュー地方に私が築いた港街の名前だった。私の父であるグラハム伯爵が命名したもので、もとはアンリ王が女児だった時に用意されていた名前だ。
私が築いた港街に、私を捨てた男の名が付けられたわけだ。私としては思うところがないわけでもない。だが拒否するほどの嫌悪感もなかった。私の中ではアンリ王との関係はほぼ清算されているらしい。
むしろ王家におもねる、お父様の立ち回りを評価したいぐらいだった。
門を抜けると、港街の大通りが真っ直ぐに伸びていた。
アイリーン港は活気に満ち、人や物が行きかい、お金がやり取りされていた。
少し前まで人が集まらず閑散としていたのだが、それが嘘のような賑わいである。交易船が来るようになって、港街が機能し始めたのもあるが、メルカ島の人々が出稼ぎに来てくれたのが大きい。そうでなければ、交易船もすぐには来てくれなかっただろう。
私はにぎわう大通りをまっすぐに歩いた。すると港の近くに石造りの大きな建物が見えて来る。建物の中に入ると、大きな広間ではたくさんの人が集まり列を作っていた。人々の先ではいくつものカウンターが置かれ、職員が忙しげに応対している。
ここは港湾局だ。交易船がやってくる港では、さまざまな仕事が発生する。
やって来た船をどの桟橋に付けるのかを考えねばならないし、積み荷の上げ下ろしをする人足の手配も必要になる。荷物を保管する倉庫も必要となるし、違法な品が密輸されていないか検査もしなければならない。
他にも港や倉庫の使用料に、取引した商品の記録をつけて税金の計算をしなければならない。また入出国の手配なども作業に含まれ、その仕事は多岐に渡る。
港湾局は、それらの仕事を一手に引き受ける役所だった。
カウンターの前で列を作るのは、船の持ち主や商人、仕事を求める労働者や入出国を考える旅行者など、さまざまな人が集まっていた。
私は人々の脇を抜けて奥へ向かうと、行く手に両開きの扉が見えた。警備の兵士が横に立っており、私に気づくと扉を開けてくれる。会釈して扉を抜けると長い通路が続き、左右に幾つもの扉があった。一番奥にある扉には右に局長室、左に副局長室とプレートが掲げられている。ただし、局長室は現在のところ空であった。
港湾局局長の座は重要な地位と言える。当然グラハム伯爵家やライオネル王国と、深いつながりのある人物が就くことが望まれていた。ただあまりに要職であるため人選が難航しており、まだ決まっていないのだ。
早く決めてほしいところだが、グラハム伯爵家とライオネル王国の間で揉めているらしく、まだまだ決まりそうにないらしい。
私は局長室の向かいにある、副局長室の扉をノックした。すると野太い返事が返って来る。扉を開けて中に入ると、一組の男女がいた。潮焼けした肌を持つ大柄な男性が、豪快な笑みを見せる。モーリス副局長だ。
「おお、ロメリア様。ミレトでの会合はどうでしたか?」
「何とか終わりました」
あけすけなモーリス副局長に、私は会釈を返す。
「ご苦労さんです」
笑うモーリス副局長の頭を、隣にいた女性が叩いた。
「お疲れ様でしょ! 偉そうに!」
長い黒髪の下に鋭い三白眼を光らせるのは、モーリス副局長の奥さんであるレベッカさんだ。
「レベッカさん。私は別に気にしませんよ」
私は注意するレベッカさんを制した。多少の言い間違いに目くじらを立てるつもりはない。
「甘やかさないで下さい、ロメリア様。誰のおかげで、副局長なんて大それた身分になれたと思ってるんだか! アンタの言動一つで、メルカ島の未来が変わるのよ!」
頭をさするモーリス副局長の隣で、レベッカさんが眉間に皺を走らせる。
「いえいえ、副局長の仕事は、私の方からお願いしたことなので」
私はモーリス副局長を取りなした。二人はメビュウム内海にあるメルカ島の出身だ。独立自治を保っていた島だが、現在ではライオネル王国と共同歩調をとり、出稼ぎ労働者を多数派遣してくれている。
おかげで積み荷の上げ下ろしを行う作業員や、食堂や商店で働く労働者を集めることが出来た。
「やっぱり、バーボを連れてくるべきだったかしら」
レベッカさんが呟く。バーボとはモーリス副局長達の養子だ。やや押しが弱いというのがレベッカさんの評だが、聡明な人物で島民にも慕われている。
「ちぇ、副局長なのに立場がないぜ」
息子と比べられ、モーリス副局長は唇を尖らせる。
「そうだ、造船業者の選定に助言が欲しいとのことなのですが」
私は話題を変えるべく、手に持っていた書類を渡した。
アイリーン港には、造船所も建設されている。しかしこれまで港を持っていなかったライオネル王国には、造船業者が存在しない。外部から雇うしかないわけだが、問題は誰に頼めばいいのか分からないと言うことだった。
「うーん。カニーチャは腕はいいが、ぼるんだよなー。メッケルは小型船を作らせるといい船作るんだが、中型船になると急に下手になる。ボルゾンのクソッタレは絶対やめた方がいい。あいつはすぐに手を抜く」
モーリス副局長は、険しい顔で評していく。だが途中で紙を捲る手が止まる。
「おっ、テロスの爺さんか。頑固で偏屈だが、いい仕事をする。それに息子や孫達も腕を上げてきている。そろそろ独立してもいい頃だし、工房を持たせてやるといえば、ここに住み着いてくれるかもしれん」
業者を選定してくれる姿を見て、私はモーリス副局長を招いて良かったと思う。
これまで港を持っていなかったライオネル王国は、港を運営していくための知識もなければ経験もなかった。
そのため外国であるメルカ島から、経験ある人物と見込んで副局長に招いたのだ。
私の狙い通り、モーリス副局長はうまく港を運営してくれていた。知識や経験もさることながら、顔が広いことも大きい。
港を開いてからというもの、各地から様々な人や船がやってくる。中には新参者の私達を、騙そうとやってくる者達もいる。本来ならそういった手合いの対処に苦労するところだが、モーリス副局長は大抵の人物と顔見知りだった。
相手がどの程度信用出来るのか、事前に知れるのが大きい。それに後ろにモーリス副局長がいるだけで、舐めてかかってくる相手を減らせる。それだけでも十分ありがたかった。
「ありがとうございます。こちらでも協議してみます」
私は笑顔で頷くと、窓の外から鐘の音が響き渡った。港に船が着くときの合図だ。
港に目を向ければ、一隻の船が桟橋に接舷しようとしていた。帆柱には獅子の旗が掲げられており、目を凝らせば船首部分には、馬の像が荷馬車を引いていた。
「荷馬車号がメルカ島から戻りましたな。時間通りだ」
モーリス副局長が、太陽を見上げる。荷馬車号は、ライオネル王国が購入した中古船だ。今日の昼にメルカ島から帰港する予定だったが、遅れることなく正確な運行だった。
「見に行こうと思いますが、ロメリア様はどうされます?」
「ではご一緒に」
私はモーリス副局長やレベッカさんと共に、港の桟橋へと向かった。




