第五十話 カーラの決意
仲間の説得を終えたカイルは、地下牢で待つミアのところに戻り、膝をついた。
「ミア様。貴方の望むままに、行動することを約束しましょう。しかし我らは五人しかいません。できることは限られています。それで構いませんね」
「はい。もちろんです。無理を言ってすみません。ですが……」
「謝る必要はありません。ロメリア様がここにいらっしゃれば、同じことを命じたでしょう」
カイルは謝罪するミアの言葉を遮った。
ミアはカイル達に命を賭けろと言ったが、一方でカイルたちの尊厳を救いもした。もしあのまま逃げていれば、その逃走は一生の汚点となり、ここにいる五人のその後をゆがめていたことだろう。
「ですが、我々が命じられた仕事は、貴方の救出です。そこだけは完遂させていただきます。シュロー、お前はミア様を必ずお守りするんだ。いいな」
カイルは仲間のシュローに、ミアの護衛を命じた。
「シュローと共に裏門の近くで隠れていてください。裏門を開け、人々を逃がします。その列に紛れて逃げてください。いいですね」
「わかりました。ありがとうございます」
ミアはうなずき礼を言うと、シュローがその体を抱え運んでいく。シュローの背中を見送った後、カイルは残った仲間を見た。
「よし、俺たちもいくぞ」
「それは構わないが、どうやるんだ?」
カイルの言葉に、レットが問う。
戦うにしても相手は強く数が多い。決死の覚悟で挑んでも、相打ちがせいぜい。うまく行っても四人殺したところで終わる。城館にいる人々は救えない。
「城館に火を放ち、魔王軍を足止めする。その隙に民衆を裏門から逃がす。追われないように橋も落とす」
「火攻めか、悪くないな」
カイルの策に、メリルがうなずいた。
「だが火を乗り越えて、追いかけては来ないか?」
ジニが危険性を指摘した。
魔王軍の戦意は信じられないほど高い。炎程度で、魔族の心がくじけるとは思えないのだろう。
「多分大丈夫だ。連中は腕が立つ。だがだからこそ、焼け死ぬなんて選ばないだろう」
カイルは、魔王軍歴戦の戦士の心理を読んだ。
一番死にたくない死に方は? と戦士に問えば『焼死』という答えは割合と多く返ってくる。
焼死は苦しいだけではなく、見た目にもみじめだ。何より刃がまるで通じない。
同じ死ぬなら、名のある武将との一騎打ちや、大軍を前に討ち死にすると言った死に方を選ぶのが戦士だ。
「ミカラ領に戦略的価値があるとは思えない。この戦いは、連中にとっては遊びだ。遊びで死にたくはないだろう」
なるほどとレットはうなずく。
「ジニ、ここに爆裂魔石が二つある」
カイルは懐から二つの爆裂魔石を取り出した。
「ロメリア様が持たせてくれたものだ。これを全てお前に預ける。何に使うかはわかるな?」
「わかっている、橋を落とすんだな」
ジニは心得たと爆裂魔石を受け取った。
「ああ。だが場合によっては、逃げている人々がいても、橋を落とすんだぞ」
カイルの言葉に、ジニは一瞬体を硬直させた。
「……わかっている、わかっているさ」
ジニは体を震えさせながらうなずいた。
逃げ遅れた人々を助けたいがために、橋を落とすのが遅れて魔王軍の通過を許せば、逃げ延びた人々すら危険にさらす。橋を落とす役目の者には、ぎりぎりの判断が求められる。
「お前はこのあと裏門の近くで待機していてくれ。俺たちが火を放つと同時に裏門を開けて人々を逃がすんだ」
「わかった」
自らの使命に、ジニは顔を硬直させながらうなずく。
「メリル、お前は油の確保だ。ありったけ集めてくれ。そしていつでも火をつけられるように準備を頼む」
カイルの言葉にメリルがうなずく。
「レットお前は俺と一緒に来てくれ。カーラ様の所に行く。俺達だけでは人々を逃がすことが出来ない。カーラ様の助けがいる。それにあの方も助けなければいけないからな」
カイルは手早く仲間に指示を与える。
「よし、行くぞ! この後どうなるかわからないが、ともにロメリア様の前で会おう!」
カイルが拳を突き出すと、残りの三人も拳を突き出して合わせた。
一斉に行動を開始した四人は、地下道を抜け出すと迷うことなく分散し、それぞれの仕事と持ち場を目指した。
ジニは裏門を、メリルは油を求めて倉庫を、カイルとレットは中庭を目指した。
突然現れた黒装束の兵士を見ても、逃げてきた人々や城館にいた兵士たちは驚きもしなかった。
何せ今は、外には魔王軍が来ているのだ。同じ人間を相手にしている余裕は誰にも無かった。
その好機をカイルは存分に利用した。
「おい、お前」
カイルは城館にいた兵士に堂々と声をかけた。
「な、なんだお前は」
突然現れた黒装束の兵士に声を掛けられ、ミカラ領の兵士と思しき男は動揺したが、カイルは厳しい声で叱咤した。
「私はカーラ様から直々に密命を帯びた特務兵だ。カーラ様はいずこか? 急ぎ報告することがある!」
「え? 特務? カーラ様が?」
そんな兵士がいると聞いていないと、ミカラ領の兵士は目を白黒させたが、カイルは動揺が収まるのを待たなかった。
「事態は一刻を争う! 敵が来ているのだぞ! 早くカーラ様の居場所を教えろ!」
カイルが一喝して問いただすと、兵士はおびえた目で城館にある塔を見た。
ミカラ領の城館には、四方に四本の塔がある。そのうちの一本だった。
「カ、カーラ様なら東の塔におられるはずだが」
「よし、東だな!」
「ま、待て、お前たちは!」
兵士が制止の声を上げていたが、カイルは無視して東の塔を目指した。
東の塔は碌に警備の兵がついておらず、塔の中も避難した使用人が集まっているだけだった。
塔に飛び込んできたカイルたちを、使用人たちは驚きながらも誰何せず、ただ震えていた。
カイルたちは使用人たちの間を抜けて階段を上り、塔を上り最上階にたどりつく。
扉を開けて中に入ると、そこには数人の男女がいた。護衛の兵士が三人、侍女と思しき女が一人。そしてミカラ領の女主人であるカーラその人がいた。その腕には愛娘であるソネットを抱いていた。
「何者か!」
突然現れたカイルたちに、兵士ではなくカーラ自身が鋭い声で問いただした。
カイルとレットはすぐさま片膝をついて、戦意がないことを示した。
「火急にてご無礼を許されよ、私はロメリア様が配下の一人、カイルと申します」
カイルが名乗ると、カーラは破顔した。
「ああ、ロメリア様の。ミアさんを助けに来たのですね。ソネアの脱出が見つかり、ミアさんがまた囚われたと聞いて心配していたのです。今この城館は魔王軍の攻撃にさらされています。この隙に早くお逃げなさい」
カーラは安堵の声と共に、脱出するように進言した。
「そのミア様が、我らにミカラ領を助けよと命ぜられました」
カイルはありのままを語った。その話を聞き、カーラはしばし瞑目した。
「そう、ミアさんが。あの人は、どこまでも……」
カーラは唸り、感銘のあまり続きを言えなかった。
「我らも、ソネア様の故郷を助けたくここに参りました。どうか、我らが戦うことをお許しください」
カイルは頭を垂れた。
「……カイルと言いましたね。ここは落ちますか?」
カーラに問われ、カイルは事実を答えるしかなかった。
「はい、この城は落ちます。同盟軍では魔王軍に勝利することはできないでしょう」
カイルの言葉に、侍女が悲鳴を漏らして涙を流す。そばにいた兵士も俯いていた。
「ですが生き延びさえすれば、ロメリア様が何とかしてくれるはずです。今はお命を優先してください。屈辱かもしれませんが、落ち延びて再起を図りましょう」
「……わかりました。お前たち、カイルさんの命じる通り動くのです」
カーラは護衛の兵士に指示を出した。
「キュロット、貴方はソネットをお願いします。いいですね、頼みましたよ」
侍女を呼び、カーラは、腕に抱いた赤子を手渡しながら、きつく命じた。
「奥様!」
ソネットを受け取った侍女が涙をこぼすが、カイルはここを今生の別れにするつもりはない。
「カーラ様。このレットをつけます。貴方様はお逃げください」
カイルは最後に残した仲間を護衛に付けるつもりだったが、カーラは首を振った。
「いいえ、私は北の塔にいるカルスと話があります。貴方たちは自分の使命を果たしなさい。いいですね」
カーラの言葉にカイルは逆らうことが出来ず、ただうなずいた。
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