第五十話 自らの炎で焼かれる獅子
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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ボーンが放った火球が私に迫る。周囲には傷ついたゼゼとジニしかおらず、護衛はいない。燃え盛る炎は直撃すれば助からない。だが回避することも出来ない。
死を予感したその時、炎の前にアルが飛び出る。
「やらせるかよ」
叫ぶアルは、その体で火の球を受ける。炎が吹き荒れ、アルの体を包みこむ。
「アル!」
炎に包まれたアルを見て、私は茫然と、ただ茫然としていた。体からは力が抜け去り、思考は完全に停止していた。
「へへっ、自分で死にやがった」
ボーンが薄ら笑いを浮かべていたが、その声も私の耳を通り過ぎていく。
私は茫然と、炎に包まれたアルを見る。燃え盛る炎からは、低く唸る声が聞こえていた。炎に焼かれる苦しみの声だ。
アルの声は徐々に大きくなり、力強さを増していく。違う、これは苦しみの悲鳴などではない。雄叫びだった。
「馬鹿な! ありえねぇ!」
炎を放ったボーンの顔が青ざめる。次の瞬間、アルを包む炎が大きく膨らむ。
「しゃらくせぇ!」
アルの裂帛の声と共に、膨らんだ炎が四方に弾け飛んだ。
燃え盛る炎から生まれたように出てきたアルは、髪が焦げており体からは煙を上げていた。しかし両の足で立ち、炎よりも熱き瞳でボーンを見据える。
アルはボーンと同じく火の魔法を使える。おそらく炎に包まれた瞬間、体から炎を吹き出し、ボーンの魔法を吹き飛ばしたのだろう。しかしアルも練習をしていたわけではないし、教えを受けたわけでもない。それをとっさにやってのけるとは、信じられない才能と度胸だ。
アルの気迫に押され、ボーンが後ろに下がる。その顔は苦渋に歪んでいるも、ある時を境に目に力が入り決意がみなぎる。
ボーンが左手に炎の球を生み出す。対するアルが身構えるも、ボーンは右に向きを変える。そして炎獅子号の船尾に向けて火球を放った。火の玉は船尾の甲板に激突し燃え上がる。
ボーンはさらに炎の魔法を連発し、炎獅子号に火をつけていく。
「おいテメェ、やめろ!」
止めようとするアルに対し、ボーンは剣を捨てて船縁に足をかける。
「この船はもう終わりだ。お前ら、海に飛び込んで逃げろ!」
ボーンは部下である船員達にそう告げると、海に飛び込む。
「テメェ、逃げんなコラァ!」
船縁まで追いかけたアルが、海を覗き込みながら怒鳴る。その周囲では、炎獅子号の船員達が武器を捨てて次々に海に飛び込んでいく。
ボーンが炎獅子号のあちこちに火を放ったため、炎は急速に広がっていく。これは消し止められない。
「アル! レイ! 戻りなさい!」
戦おうとするアルとレイに、私は手を振って指示する。そして振り返りモーリス船長を見た。
「モーリス船長。このままでは火がこちらの船にまで燃え移ります」
「分かっています。メアリー! 離脱するぞ!」
モーリス船長は銀翼号の操舵輪を回し、炎獅子号から離脱を開始する。
「総員退避! 船に戻れ。間に合わない者は海に飛び込め! 総員退避!」
炎獅子号で戦っていたメアリーさんが、剣を片手に指示する。そして自身も船縁を蹴り、銀翼号に飛び移った。
炎獅子号で戦っていたアルやレイ、怠け者号の船員達が銀翼号に戻ってくる。帰還が間に合わない者は、海に飛び込み退避した。
怠け者号が炎獅子号と距離をとる。火が燃え移らないところで、モーリス船長が船を止めた。炎獅子号を見れば、火の手が船全体に広がっている。
海には怠け者号の船員だけでなく、ボーンをはじめ炎獅子号の船員達も浮かんでいる。ここは海の真ん中だ。助けてやらねば溺れ死んでしまう。モーリス船長は舌打ちしながら全員を救助するように指示した。
海に落ちた者が次々に引き上げられていく。回収される人々を見ていると、そこに小舟が向かって来る。先の戦闘で海に落とされた子供達だ。ちゃんと小舟に乗り込み、戦闘で移動した銀翼号に追いついてきたのだ。
海に落ちた全員が引き上げられる。そこには手紙の確保に向かわせていたカイルとボレルの姿もあった。船の火災に気付き脱出していたのだ。
私が視線で問うと、カイルとボレルは首を横に振った。二人はハメイル王国の手紙を回収出来なかったのだ。
肩を落とす私に笑声がかけられる。
「へへっ、手紙は船と一緒に燃えちまったようだな、あてが外れて残念だったな」
薄ら笑いを浮かべているのは、引き上げられたボーンだった。彼は炎獅子号の船員と共に縄で縛られている。その口に葉巻はないが、減らず口は健在らしい。
炎獅子号を包み込む炎はさらに広がり、舳先にある火を吹く獅子にも火が燃え移っていた。その姿は自らの放った炎に焼かれているようであった。しばらくすれば、燃え尽きて海に沈んでいくだろう。
まさかボーンが自分の船を燃やしてでも、証拠を隠滅しようとするとは思わなかった。相手の行動を読み切れなかった私の失敗だ。
私が歯噛みしていると、悲痛な声が銀翼号の甲板に響いた。
「ガットがいない! 誰か、ガットを知りませんか!」
声をあげていたのは、ポーラさんだった。彼女は顔を青くし周囲を見回している。私も急ぎ甲板に目を走らせるが、ガットの姿はどこにもない。
「まさか!」
私は慌てて左弦に駆け寄り、船縁から身を乗り出して海を見回した。だが海にはもはや誰も浮かんでおらず、全員が救助されている。モーリス船長とメアリーさんを見るが、二人も首を横に振る。回収漏れはない。そして今ここに姿がないということは……。
「ああ、そんな……」
ポーラさんがその場に崩れ落ちる。焦点が合っていない彼女の目は、今まさに燃え尽きようとしている炎獅子号に注がれていた。




