第四十八話 炎獅子号⑥
「ああ、痛てぇ」
全身血まみれのジニが、剣を甲板に突き刺して跪く。ポーラさんが駆け寄り、ジニの傷口に布を当てて止血を試みる。私も手伝いたいが出来ない。まだ戦いは終わっていない。
「ロメリア様!」
カイルが声をあげる。ほぼ同時に赤い光と共に熱風が頬をうった。見上げれば大きな火の玉が放たれ、銀翼号の畳まれた帆に激突した。
真っ白な帆は赤く燃え上がり、炎が周囲に広がっていく。
私は炎が放たれた方向に目を向けた。火球の始点となった場所には、濡れた髪を掻きあげるボーンの姿があった。
「ボーン、お前! 裏切るのか!」
アンの肩を抱いていたメアリーさんが、目に怒りを宿す。だがボーンも負けずに言い返す。
「ああ? 裏切るも何も、最初にしくじったのはお前だろ! まぁいい。ここで船ごと全員殺せば、最終的には予定どおりだ!」
ボーンはもう隠す必要もないと、本音をぶちまける。メアリーさんは歯噛みするが、そこに声がかけられる。
「メアリー! 火を消せ!」
叫んで指示したのはモーリス船長だった。彼はどしどしと足音を響かせながら、船尾へと続く階段を駆け上り銀翼号の操舵輪に取りつく。
「錨を上げろ! 戦闘準備!」
モーリス船長ががなり声をあげると、怠け者号の船員達も一斉に行動する。
錨が上げられ、銀翼号がゆっくりと動き出す。
「アン、お前はここに居ろ。火を消せ! 帆を切り離せ!」
メアリーさんはアンの肩を優しく撫でると、よく通る声で命じた。銀翼号の子供達が一斉に動き、燃える帆の縄を切って帆を海へと捨てる。
モーリス船長はなんとか船を動かそうとするが、帆が燃やされた船では、十分に動けない。一方炎獅子号は機敏だ、余裕で銀翼号についてくる。
「矢を放て! 撃ちまくれ!」
ボーンが炎獅子号の船員達に命じ、自身も火の球を放つ。
「そう好きにさせるかよ!」
メアリーさんの体が緑色に光る。次の瞬間、風が吹き荒れ降り注ぐ矢と火の球を逸らす。
「弓を持っている者は反撃しろ! 弓がない者は消火に当たれ!」
メアリーさんは魔法で火と矢を防ぎながら叱咤する。だが怠け者号と銀翼号の船員達は戦いを終えたばかりで共に傷ついている。このままでは押し切られる。
「ロメリア様! 俺なら行けます!」
カイルが炎獅子号を睨みながら叫ぶ。
確かに身の軽いカイルであれば、炎獅子号が接近した時に飛び移れるかもしれない。
「俺も行けます」
「俺もやれます!」
ボレルとガットも前に出る。彼らの手には落ちていた剣が握られている。波の穏やかな海で、相手も子供ではない。今ならば三人は全力を発揮出来る。だが……。
私は目を細め、負傷しているゼゼとジニを見た。
たった三人で乗り込んでも、どうしようもない。あまりにも多勢に無勢だ。せめてゼゼとジニが無傷であれば、なんとかなったかもしれない。しかし二人は負傷して動かせない。
何か、何かないか?
私は周囲を見回した。何か突破口となるものが必要だった。ほんの僅かでもいい、何か戦況を打開する一押しがないかと探した。だが都合よくそんなものは転がってはいない。
私が肩を落としたその時だった。
「ロ…………ま!」
どこか遠くから、名を呼ばれたような気がした。私は銀翼号の右弦に目を向けるが、そこには誰もいない。船縁の向こうには海原が広がり、小舟の一艘もない。
追い詰められて幻聴まで聞こえたのかと、自分が情けなくなり下唇を噛んだ。だが私の隣で、カイルが驚きの声をあげる。
「え? あっ、ロ、ロメリア様……あれ」
カイルは目を見開き、震える指で空を指差した。つられて見上げると、そこには雲ひとつない青空が広がっている。だがどこまでも青い空に一か所だけ、白い何かが見えた。鳥かと思ったが違う。あれは……。
「凧?」
私は眉間に皺を寄せ、空を飛ぶ白い何かに目を凝らした。
「おい! あれ、誰か乗っているぞ!」
ガットが空に浮かぶ凧を見て叫ぶ。確かに凧には、赤い髪と青い髪の男がしがみついていた。




