第四十七話 二重の策
突然現れた伯父であるカルスを見て、ソネアはミアをかばいながら後ろにさがった。
「伯父様。どうしてここが?」
「どうしてだと? わからないとでも思ったのか?」
姪の問いに、伯父は苛立たしげに答えた。
「突然、敵方についたお前が戻ってきて、本当は敵の情報を探るための囮だったという話を、信じると思ったのか? 馬鹿にするのも大概にしろ!」
カルスの言葉を聞きながら、ソネアはつないだ馬を盗み見る。ミアだけでも馬に乗せて助けようと考えたが、しかし背後からも物音が聞こえ、兵士たちが現れてミアの腕をつかんだ。
「お前たち、その人を離しなさい!」
ソネアが叫び、ミアが手を振りほどこうとするが、捕らえた兵士がミアを殴り、気絶させる。
「お前たち!」
ソネアはミアを殴った兵士を睨むが、兵士は意に介さず、ミアを荷物のように担ぎ上げた。さらにソネアも、二人の兵士に腕をつかまれ動けなくなる。
この兵士達はミカラ領の人間だが、カルスの家に仕えている者達だった。
「よくも裏切ってくれたな、ソネアよ。儂はお前の嘘に気付いてはいたが、それでも信じたかったのだぞ? 今までさんざん助けてやったのに、この恩知らずめ!」
「それは伯父様のことです。ロメリア様に助けてもらったというのに、なぜあんなことをしたのです!」
「黙れ、あんな小娘などに、助けてほしゅうなかったわ。お前は先を見ているつもりかもしれんが、お前こそ見えていない。この土地は我らの土地。我らが自分の手で守るのだ! あとから来た伯爵家や、その家臣であるドストラ家なんぞの手を借りてなんとする! お前のやったことこそ、この土地の、先祖に対する裏切りだ!」
カルスは顔を赤らめて怒鳴る。その言葉を聞き、ソネアは愕然とした。
「それほどまで人に頼りたくなかったのですか。しかしもう敵はいないのです。あとは帰ってもらえばいいだけではないですか」
ソネアが言うと、カルスは激高してその頬を打擲した。
「この馬鹿娘が! 建国より続くミカラ家が敵を前にして、一戦も交えずにいられるか。我らの敵を奪った以上、奴らに戦ってもらう」
ソネアは殴られた衝撃以上に、伯父の言ったことが信じられなかった。
「何を馬鹿なことを、戦いのための戦いなど!」
「黙れ、女のお前に何が分かる!」
カルスが激怒し、さらにソネアを打つ。
ソネアは倒れたが、掴んでいた兵士に立たされ、さらにカルスに蹴られ、暴行を受け続けた。
「もういい、そいつを離せ」
殴り疲れたカルスが肩で息をして、捕らえていた兵士に離すように命じる。ソネアはその場で崩れ落ちた。その顔からは血が滲み、青くはれ上がっていた。
「この親不孝者め、亡き父が見ればなんというか。お前などもう家族でも何でもない。ミカラ領から出て行き、二度と帰ってくるな。ミカラ領は儂が後見人となりソネットに継がせる」
それだけ言うとカルスは姪には見向きもせず、ミアとソネアが用意した逃走用の馬を引き連れて、城館へと戻って行った。
森の中で一人残されたソネアは、嗚咽を漏らした。
「ああ、伯父様。なんてことを。申し訳ありません、ロメリア様」
涙をこぼしながら謝罪の言葉を吐き、痛む体を起こした。
「すぐに、すぐに戻らないと」
起き上がったソネアは怪我の手当てもせずに、ロメリアのいる北へと歩みだした。
ミアの救出失敗を、一刻も早く伝えなければならなかったからだ。
「申し訳ありませんロメリア様。ごめんなさい、ミアさん」
痛む体を引きずりながら、ソネアの歩みと謝罪は止まることがなかった。
ソネアの謝罪の言葉は、人知れず夜の森に消えていくと思われたが、その声を聞き届ける者達がいた。
五人の男たちが森の中に潜み、一部始終を目撃していた。
全身が黒い装飾に身を包み、背嚢を背負い、覆面で顔を隠している。
誰もが黙って歩み続けるソネアの背中を見送り、見えなくなってもなおその方向から目をそらさなかった。
太陽が昇り、ようやく一人の男が動き、顔を覆っていた覆面を外した。
覆面の下にあったのは、ロメ隊の一員であるカイルだった。
「予定通りとはいえ、心が痛むな」
カイルは大きくため息をつく。他の四人も覆面を外し、こちらも大きく息をついた。
四人の男たちは、カイルと同じロメ隊のシュロー、ジニ、メリル、レットだった。
五人がここにいるのは、もちろん偶然ではない。全てはロメリアの指示だった。
「ソネア様……助けて差し上げたいが」
シュローは、ソネアが歩いていった先をまだ見ていた。
「仕方ない。ロメリア様の策だ。ソネア様は失敗してしまったが、これで城館の者達も油断するだろう」
ジニがミカラ領の城館を見る。
ソネアにミアの救出を頼んだロメリアだったが、成功するとは思っていなかった。
ロメリアとしてもソネアの献身を疑っているわけではなかったが、時期が悪すぎた。
もっともらしく見えるように取り繕っても、さすがにすぐには信用されないことはわかり切っていた。
ロメリアはソネアの救出作戦が失敗すると見越したうえで、カイルたちを派遣しての二段構えの策としたのだ。
「しかし作戦とはいえ、事情を知らないソネア様がお可哀そうだ。せめて俺たちが来ていることを教えるべきではないか?」
レットが顔をゆがめた。乱暴される女性を見捨てる行為が耐えられなかったのだ。
「それを言うな。敵を騙すにはまず味方からだ。俺たちが来ていることをソネア様が知れば、態度や顔に出てしまうかもしれない。万全を期すために、全て秘密にされたのだ。むしろソネア様を騙す決断をされた、ロメリア様が一番つらいだろう」
メリルが、つらいのは自分たちだけではないと告げる。
「そうだ。全てはミアさんを救うためだ。ソネア様を助けず見過ごしたのだ。けっして失敗はできない」
カイルが四人の仲間を見る。四人も決意の顔でうなずいた。
「すでに昨夜のうちに内部に忍び込み、城館の様子は把握できている」
「さすがロメ隊一の偵察兵だな」
カイルの言葉に、メリルが褒める。
城館の内部はソネアに聞いてわかっていたが、中の様子は実際に調べる必要があった。
そこで、ロメ隊で一番身軽なカイルを潜入させていたのだ。
「そろそろ、ミアさんが元の牢屋に戻されているころだ。見張りはついているかもしれないが、油断しているだろう。今から潜入しミアさんを救い出すぞ」
カイルの言葉に四人がうなずく。うまく行けば助けたミアを抱えたままソネアに追いつき、途中で合流してロメリアのもとに帰れるかもしれない。
そうなれば誰もが幸せな未来となる。
先ほど聞こえてきたソネアの後悔の謝罪も、最後に笑えるのであれば、救われるというものだ。
「行くぞ。俺が先行するから、皆は付いて来てくれ」
カイルが話し、城館へと向かう。四人もカイルの後に続く。
城館の裏門はすでに閂が下ろされ閉じられているが、カイルは裏門を通り過ぎ城館の壁に手をついた。
城館の壁は高さが五メートルはある。
カイルは腰から二本のナイフを取り出して両手に持つと、城壁に突き立て壁を登っていく。
するすると、まるで梯子でも上るようにカイルは壁をよじ登り、城壁の上に立つと背嚢から縄を取り出し、壁に片方を括り付け、ゆるみがないことを確認して下に投げた。
投げられたロープを受け取り、四人もすぐに壁を登る。
すでに山からは太陽が顔を出し、鶏が夜明けを告げていた。そのうち使用人や村人が起きだしてくるだろう。
急がなければならなかった。しかし城壁の上でカイルは立ち止った。
「なんだあれは?」
カイルの視線は、ミカラ領の丘陵地帯に向けられていた。
なだらかな丘から、一つ、二つと黒い影が現れてきた。
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