第四十四話 地下室では……
今回はちょっと長めです。
そして今回は凄惨なシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
すべては領地の為。そう語るソネアに、カルスをはじめ、居並ぶ領主やギルマン司祭。母親であるカーラも驚きに目を見開いた。
「そのためにやったというのか? ならなぜ我ら北部ロベルク同盟を頼らなかった」
カルスは自分達こそ頼るべきだったというが、ソネアは鼻で笑った。
「ロベルク同盟で魔王軍を打倒できたとして、そのあとはどうするつもりなのです? 戦えば人が死にます。働きに出る男たちがいなくなれば、領地をどうやって維持していくので?」
ソネアは白い目で、居並ぶ領主たちを見た。
「私達のような地方貴族は、小作人に農地を貸し与えてその収益で暮らしています。働き手が減れば、それはそのまま税収に直結します。領民がいなくなれば、誰が畑仕事をするのですか? 伯父様が農具を振るって、土地を耕していただけるので?」
現実的な問題をソネアに指摘され、カルスをはじめ地方領主たちは目をそらした。
「なんにしても、伯爵令嬢をうまく利用できたので、魔王軍の脅威は去りました。あとはこの後どうするかです。伯父様はどうするおつもりなので? 相手は伯爵家です。力は向こうの方が強いのですよ?」
ソネアが伯父に問うと、カルスはテーブルにあった酒の入った杯をつかんで一気に飲み干して叫んだ。
「なに、わしらには教会がついとる! のう、ギルマン殿! いかに伯爵家と言え、教会の威光には逆らえん」
カルスは杯をテーブルにたたきつけ、ギルマン司祭を見る。
唾を飛ばすカルスに、ギルマン司祭は迷惑顔だったがうなずき、酷薄な目をソネアに向けた。
「ロメリア伯爵令嬢は教会が定めた法に逆らい、無許可の癒し手を連れていました。これは教会に対する反逆です。伯爵家とは言え見過ごせません。教会は全力を挙げて、この問題にあたるでしょう」
ギルマン司祭は冷徹な声で話す。
「ということだ、ソネアよ。これであの伯爵令嬢は終わりだ。さらに、あの女に与したドストラ家とケネット家も潰せるだろう。あとは我らで奴らの領地を分け合えばいいという算段だ」
カルスは言いながら、周囲にいる四人の領主と顔を合わせてうなずきあう。五人の脳裏には、どのように領地を分け合うかの皮算用が出来ているようだった。
「それはわかりましたが、捕らえた癒し手はロメリア伯爵令嬢との関係を吐いたのですか?」
ソネアは肝心なことを尋ねた。カルスの描いた絵図では、ロメリア伯爵令嬢が教会の教えに背いたという確かな証拠が必要だった。
「それは……まだだ」
カルスの答えに、ソネアは大きくため息をついた。
「ギルマン司祭様。裁判官や弁護士は呼ばれたのでしょうか? いつ来られるので?」
「……十日後に到着の予定です」
ソネアの問いに、ギルマン司祭が口ごもりながらも答える。
「それは早いですね、私の予想ではもう少し後だと思っていました」
「ええ、運よく近くの教区に、視察に来ていた者たちがいたので、急遽来てもらったのです。中央にいた私が一声かければ、こんなものです」
ギルマン司祭は、自らの手柄を誇った。
「であれば、罪人の自白や伯爵令嬢との関係を示す証拠集めは、急がなければいけませんね」
言い終わった後、ソネアは宴が行われ、酒瓶や料理が並んだテーブルを見た。
「……なんだ、お前は! わしらのやることに文句をつけに来たのか!」
いたたまれず、カルスが怒鳴った。ソネアは呆れながら言葉を返す。
「そんなつもりはありませんよ。これを届けに来ただけです」
答えながら、ソネアは手に持った小さな鞄から数枚の書類を差し出した。
「これは?」
書類を受け取ったカルスが、姪を見る。
「ロメリア伯爵令嬢が、もぐりの癒し手とやり取りしていた手紙です」
ソネアの返答に、カルスが手紙の内容を一読する。
手紙の中では、カールマンという名のもぐりの癒し手が、自分は教会の許可を得ていないことを語っていた。
「これはロメリア伯爵令嬢が、相手が正式な許可を得ていなかったことを知っていた証拠と言えます」
ソネアは手紙の持つ意味を教えた。
「ソネア。お前、これをどこで?」
「もちろん伯爵令嬢の机からです。相手を油断させるまで時間が掛かりました」
伯父の問いに、姪はため息をつきながら答えた。
「もう少し信頼させて、決定的な証拠を握りたかったのですが、その手紙ぐらいしか手に入りませんでした」
「そんなことをしていたのか!」
カルスは驚きをもって、自らの姪を見た。
「伯爵令嬢が魔王軍を退けた後、救援要請の見返りとして、なにを要求するかわかりませんでしたからね。相手の弱みを握っておかねばならないでしょう? ギルマン司祭様。それがあれば裁判ではどの程度有利になりますか?」
ソネアはギルマン司祭を見る。
司祭は手紙をカルスから受け取り、一読した。
「少しは役に立つという程度でしょうか。これで伯爵令嬢を告発するには、この手紙が本物であるという証拠が必要です。このカールマンという男を捕らえることが出来れば、あるいは」
「やはり決定的とは言えませんか。では、なんとしてもカ-ルマンという男を捕らえなければいけませんね」
ギルマン司祭の返答に、ソネアは小さくため息をついた後、話の焦点を絞った。
「では捕らえたもぐりの癒し手をうまく自白させて、カールマンという男を連座させましょう。そのうえでロメリア伯爵令嬢を告発するのです。あの癒し手、確かミアとかいう名前でしたか? 彼女は生きているのですか? 殺していませんよね」
「あ、ああ、生きてる」
「では見に行きましょう。とにかく口を割らせないと。捕らえているのは地下牢ですか?」
ソネアはすぐにでも行こうと踵を返したが、カルスが待ったをかけた。
「待て。会わせる前に、少し皆と話をさせろ」
カルスは周りにいた領主たちに目配せをした後、ソネアを見た。姪を見るその眼には不信感があった。
「ご自由に」
止められ、ソネアは行こうとした踵を戻し、空いている椅子に座った。肘をテーブルにつき、スカートが持ち上がるのも気にせず脚を組む。そして誰が飲んでいたかわからない杯を取り、軽く口をつけた。
「ギルマン殿、皆もこちらへ」
カルスは、仲間との話を聞かれないように部屋の隅に呼ぶ。
ソネアは、不信の目を向ける伯父やその仲間たちを見ず、酒杯を傾け続ける。
酒をあおるソネアのもとに、母であるカーラが歩み寄った。
その顔は、ただ驚きが支配していた。
「ソネア……貴方!」
母の声は恐れに震えていた。自分の娘がこのようなことを考えていたことが信じられないようだった。
震える母に、ソネアは苛立ちの目を向けた。
「お母様。貴方は口を挟まないで! お父様が死んで、私がこの領地を守らなければいけないの。そのためにはなんだって利用するし、どんなことだってできる。お母様にそれができて?」
娘が放った言葉に、母親は射貫かれたように体をこわばらせる。
「おい、ソネア。カーラを責めるな。それよりも、皆と話がついた。捕らえた癒し手と会わせよう」
母と娘のいさかいをカルスが止めに入り、面会を許可する。
「わかりました、ではさっそく」
ソネアは母とのやり取りも忘れて、軽い足取りで男達のあとに付いていく。
残されたカーラはその場に崩れ落ち、嗚咽を漏らす。だがソネアは振り返りもせず部屋から出て行った。
六人の男たちとともに、ソネアが城館を歩く。向かう先は城館の地下に作られた牢屋だった。
日の光も届かないため、地下へと続く階段を降りる前にランタンをともし、わずかな光を頼りに階段を降りる。
階段を降りると、狭い廊下の中三つの部屋が並んでいた。
二つの扉は開け放たれていたが、一番奥の部屋は、頑丈な木の扉に大きなかんぬきがかけられ、さらに錠前が取り付けられていた。
カルスが鍵を取り出し、錠前を開けて大きなかんぬきを外す。
伯父は脇によけて、姪に扉を開けるように促した。
促され、ソネアはランタンを掲げたまま扉を押して牢屋の中に入る。
さして広くもない牢屋は空気がこもり、饐えた臭いがした。
部屋には申し訳程度の寝藁が敷かれ、片隅にはトイレ代わりの肥壺が一つ。
そして部屋の中央には、うずくまる影があった。
「ミア……さん?」
ソネアが右手でランタンを掲げ、うずくまるミアの姿を照らす。だが顔を見てなお、ソネアにはそれがミアなのか確信が持てなかった。
なぜなら拷問により、その姿が変わり果てていたからだ。
顔は何度も殴打されたことにより、腫れて膨れ上がり赤黒く染まっていた。唇は血でにじみ、ひび割れている。
投げ出された手足にも赤黒い殴打の痕があり、指の爪は全て引きはがされていた。
凄惨な拷問のあとだったが、ソネアは眉一つ動かさず、冷え冷えとした目でミアを見下ろす。
「ゾ……ネ…………ァ」
腫れた瞼の隙間から、ソネアの姿を見たミアが声を絞り出す。だがどれだけ悲鳴を上げたのか、声は潰れ、しわがれた老婆よりもひどい声だった。
ミアは助けを求めるように手を伸ばしたが、ソネアの左手はミアの手を取らず、ドレスの懐から布を取り出し口元に当てた。
「ひどい臭いですこと」
不快感に眉をひそめ、唾を呑み込む。
「どうだ、ソネアよ。この女、なかなか口を割りよらん。だが安心しろ。明日からはさらに激しい拷問を考えている」
楽し気にカルスが話し、のぞき込むようにソネアを見る。
「それは構いませんが、殺してはいけませんよ」
ソネアは拷問を止めることなく、注意だけはする。そしてうずくまるミアを獣でも見るように見た。
「ミアさん。変な義理立てなどせず、早く吐いてしまいなさい。言っておきますが、あのロメリアという女は、貴方が思うような人ではありませんよ? 彼女は貴方を助けるどころか、魔王軍を倒しに行きました。捕らえられたあなたのことなど、なんとも思っていないのです。早く話して、楽になってしまいなさい。そうすればあなただけは助けてあげます。ねぇ、司祭様」
ソネアはついてきたギルマン司祭に目を向ける。
「え? ええ。もちろんです。神は自らの罪を認める者には寛大です。悪の根源は、貴方を利用したロメリアです」
ギルマン司祭はソネアの言葉に同調してうなずく。
「明日の朝まで時間を上げましょう。その間、じっくりと誰につくかをお考えなさい。でもいいですか? 決してあのロメリアという女は、貴方を助けには来ませんよ。貴方を助けることが出来るのは私達だけです」
言い含めるように教えると、ソネアは踵を返して牢屋を出た。
残されたカルスに領主達、そしてギルマン司祭はソネアの言葉に目を見合わせ、小さくうなずいたあと後を追って部屋を出る。
「いやはや、やるものだな。ソネアよ」
牢屋を出たカルスは、扉の鍵をしっかりと閉めたあと、姪に対して感心の声を上げた。
「甘い言葉をかけてやるとはな。これで明日には落ちるかもしれんぞ」
「力押しばかりではいけません。押して駄目ならなんとやら、ですよ」
懐柔策にうなずくカルスに、布で口元を押さえながらソネアが答える。
「今日は一日、時間を与えましょう。拷問も結構ですが、あえて考える時間を与えることで、迷いが生まれて忠誠心が揺らぎます。そうすればしゃべりもするでしょう」
ソネアの言葉に、六人の男たちもうなずく。
「しかしひどい臭いでした。すみませんが気分が悪いので部屋に戻らせてもらいます。よろしいですか?」
「ああ、わかった。しっかりと休め」
カルスの言葉に、ソネアは一礼して城館にある自らの部屋に戻った。
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