第四十三話 ソネアの 心
ロメリア達がガエラ連山の麓で、指先を南へとむけていたころ、一台の馬車がロベルク地方にあるミカラ領の城館に到着していた。
「何者だ」
城館を守っていた兵士たちが、馬車に槍を向けて誰何する。
「物騒ですね」
槍を向ける衛兵に声を掛けながら、馬車を降りたのは亜麻色の髪をしたソネアだった。いつもの着古した緑のドレスに、右手には小さな鞄を持っている。
「こ、これはソネア様。失礼しました」
女当主として、このミカラ領を切り盛りするカーラの長女に刃を向けたことに、兵士が顔を青ざめる。
「いいのですよ、それより、まだほかの領主の部隊が残っているのですか?」
ソネアは城館の周りに目を向けると、いくつか天幕が建てられ、北部ロベルク同盟の兵士たちがたむろしているのが見えた。同盟の兵士たちは武器も兜も手放して遊び、昼間から酒を飲んでいた。中には喧嘩をしている者もいる。
「ソネア様からも言ってください、あいつら態度悪いんですよ。ここを魔族から守るためにいるとか言っていますけど、ただ騒いでいるだけなんです」
一人の兵士が、同盟兵士の不満を漏らす。すると居合わせた兵士達からも、次々と同様の声が上がった。
「カルスさんが、奴らをここに呼び止めているんです。でも連中、ただ飯目当てに来たごろつきですよ。暇なら演習なり、訓練なりすればいいのに」
「喧嘩はするし物も盗むし、この前も村の娘が襲われそうになったんです。それにあいつらのせいで、村中の食い物が無くなって、このままだと連中に食いつぶされてしまいますよ」
兵士たちの不満を聞き、ソネアはうなずいて答えた。
「わかりました、カルス伯父には私から言ってみましょう。それまでは我慢してください。いいですね、こちらから問題を起こしてはいけませんよ」
ソネアは兵士たちをなだめ、自重を言いつけたのち城館へと入った。
「ああ、ソネアお嬢様。よくお戻りになられました」
久しぶりの城館に戻ると、ソネアの帰還に気づいた侍女たちが集まってくる。
侍女たちの顔には怯えがあり、何より城館の中が騒がしかった。
ソネアが城館の中を見回すと、入り口のすぐ横に作られた大食堂には、同盟兵士たちが入り込み、ここでも宴会を続けている。
食堂では酔っぱらった兵士たちが騒ぎを起こし、食べ物や飲み物が散乱し、食器が投げ出され杯が転がっていた。
酔って暴れる兵士に、侍女たちは身をすくめていた。
「ソネアお嬢様、ここ最近、ずっとこんな調子なのです」
侍女の一人が、乱痴気騒ぎを見ながら嘆く。
「伯父様も、面子が立たないからと言って」
ソネアは呆れてため息をついた。
息まいて兵を集めたはいいが、戦場に遅れたことに、ロベルク同盟は評判を落とし離反者が相次いだ。ソネアの伯父であるカルスは、残った兵士を引き留めるために、食糧庫を開いて酒をふるまっているのだろう。
「お母様と伯父様は?」
ソネアは母と伯父の姿を捜したが、大食堂にはない。
「カルス様は広間でギルマン司祭や、他の領主様たちとおられます。カーラ様もそこに」
「わかった、私が言って話してみる。貴方達も今は我慢して頂戴」
侍女たちをなだめた後、ソネアはすぐに広間へと向かった。
広間に入ると、ここでも宴が開かれていた。
大きな丸いテーブルが置かれ、六人の男たちが酒を飲み笑いあい、料理を食べていた。
酒が進んでいるようで、話し声は大きく、笑い声が部屋中に響いている。
ソネアが宴に興じる男たちを見ると、伯父であるカルスを中心にギルマン司祭とこの辺り周辺の領主たちが集まっていた。
壁際には数人の侍女とともに、城館の女主人であるソネアの母のカーラも立っている。
給仕のように立ち尽くすカーラの顔色は、まるで死体の様だった
「ああ、ソネア」
ソネアが広間へと入ると、娘が帰ってきたことに、母であるカーラがいち早く気づいた。
娘の姿を見て、カーラは青ざめた顔をほころばせ、わずかに顔色がよくなる。だが娘は母を無視して伯父へと歩み寄った。
「伯父様、ご機嫌ですね」
酒盛りをするカルスに近寄りソネアが声をかけると、家に帰ってきた姪を見るなり、カルスは口を大きく開けて怒鳴った。
「ソネア! 貴様。よく顔を見せることが出来たな!」
大声と共に酒気を帯びた息を吐きかけられたが、ソネアは顔色一つ変えずに伯父と、周囲にいる男たちを見た。
「ええ、伯父様が伯爵令嬢の癒し手を捕まえたのでね。おかげで向こうにいられなくなりました」
ソネアは迷惑顔でカルスを見る。
「それがどうした、あんな女に尻尾を振りおって! このミカラ家の面汚しめ! 捕らえた女を救いにでも来たのか!」
「ええ、そうですよ。『お任せ下さい、ロメリア様。この命に代えましても、ミアさんを助けてきて見せます』と言ってここに来ました」
カルスの怒鳴り声に対し、ソネアは正直にここに来た目的を明かした。
「言っておくが、お前が嘆願しようとも、あの女を渡したりはせぬぞ! 伯爵家だろうが女子供に、いいようにされてたまるか!」
カルスが雷のごとき一喝を返す。しかしソネアはそっけない返事で返した。
「別に構いませんよ、そんなこと」
ソネアの答えに、母であるカーラは目を丸めて驚き、伯父のカルスや、周りにいたギルマン司祭や領主たちが眉をひそめる。
「? どういうつもり。お前はいったいどちらの味方だ?」
「そんなこと、決まっています。私はもちろんこのミカラ領の味方です。それが私の全てです」
カルスの問いに対して、ソネアはきっぱりと答えた。
「私の目的は領地の安寧。ただそれだけです。家の維持にドストラ家が使えると思ったから、ハーディーと婚約しました。魔王軍がやってきたので、グラハム家の令嬢を利用しました。いけませんか?」
自分の目的はそれだけだと、ソネアは語ってみせた。
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