第四十三話 炎獅子号①
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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メアリーさんと共に、私は銀翼号の甲板へと出た。途中先程まで私が監禁されていた客室に立ち寄ったので、ポーラさんも一緒である。
「よし、お前ら! 警戒を怠るなよ!」
赤い長外套を羽織るメアリーさんが、よく通る声で指示を出す。覆面をした船員達も、メアリーさんの指示に従い機敏に動く。彼女は組織の長としては落第点だが、一隻の船の船長としてならば実に優秀だ。彼女の右側には顔に火傷を持つ少女アンが侍っている。そしてその反対側には、右腕に赤い布を巻いた覆面の船員が同じく護衛についていた。
メアリーさんが癖のある赤い髪の下で目を凝らす。私も彼女の視線を追うと、こちらに向かって来る一隻の船があった。船の舳先には、炎を吐く獅子の像が据えつけられている。メルカ島に来る時に見た、ヴァ―ル諸島の炎獅子号だ。
船の船首には、一人の男が脚をかけていた。黒髪に気障な髭、口元には火のついていない葉巻を咥えている。炎獅子号の船長であるボーンだ。
炎獅子号が銀翼号の前を通り過ぎると、ぐるりと一周して左弦へとつけた。ぴたり船をつけるあたり、炎獅子号の船員達もいい腕をしている。
炎獅子号の甲板を見ると、三十人ばかりの船員がいた。全員が腰に剣を携えている。戦闘準備を整えていることに、メアリーさんの表情が僅かに固くなる。
「よぉ、メアリー!」
船首から船の中央へとボーンが歩いて来る。ボーンは指先に魔法の火を灯し、咥えている葉巻に火を点ける。
紫煙を燻らせるボーンは、海を挟んだ炎獅子号から笑顔を見せる。対するメアリーさんが覆面の船員達に顎で指示すると、船員が船と船の間に板を渡す。ボーンはにやけ面を見せていたが、その視線は油断なく銀翼号の甲板を確かめている。
ボーンは銀翼号の船員が武装していることに気付いたようだが、一人で板を渡ってくる。
「よっこいしょと」
言葉とは裏腹に、ボーンは軽快な足取りで跳躍して銀翼号の甲板に降り立つ。
「ボーン。約束どおり捕らえたぞ」
単身乗り込んで来たボーンに、メアリーさんが私の左腕を掴み突き出す。すると私を見てボーンが息を吐いた。
「なんだ、生きているのか。死体でもよかったのに」
「何を言っている。この女を使って、ライオネル王国から身代金を頂くんじゃなかったのか?」
私の予想したとおりとなり、メアリーさんの声が硬くなる。
「ああ、その予定は変更になった。というかそのお嬢さんは、ライオネル王国の王子さんと仲が悪いらしくてな、身代金は取れないんだとよ」
ボーンは両手を掲げる。
この言葉は事実だった。私はライオネル王国のアンリ王子と折り合いが悪く、婚約破棄されたほどだ。そして王家から婚約破棄されるような不出来な娘を、可愛がる父親はいない。お父様が私のために身代金を出すとは到底思えない。メアリーさんは誘拐する相手を、完全に間違えているといえるだろう。
「なに、気にするな。初めから身代金は手に入るかどうか分からなかった。それよりも大事なのは、俺達が国を相手にひと泡吹かせてやったことだ。そうだろう? 陸の連中を相手に、これから暴れ回ってやろうじゃねぇか」
ボーンが調子のいい言葉を並べる。私と話す前ならば、メアリーさんもこの言葉に丸め込まれていただろう。しかし今は私が予想したとおりの状況に、迷いが生まれていた。
「メアリーさん。私を殺す前に、報酬の確認をしておいたほうがいいのではありませんか?」
迷うメアリーさんに、私は助言してやる。正直、これぐらい自分で思いついてほしい。
「そうだな。ボーン! この女を殺せば、ハメイル王国が私達を支援するという約束は本当なんだろうな!」
「なんだ、この前手紙を見せただろう?」
「この女は捕えたんだ。約束を記した手紙を渡してもらおう」
「俺を疑うのか? 俺はお前を信用して、こうして一人でやって来たんだぞ?」
ボーンは両手を広げる。メアリーさんを丸め込むためとはいえ、単身乗り込んでくるとは度胸がある。
「そういうわけではないが……約束は約束だ」
メアリーさんは最後に声を強くする。
「手紙はもちろんあるが……」
ボーンは炎獅子号の船尾を一瞥する。おそらく船尾にある船長室に、約束を記した手紙が置かれているのだろう。
「俺を信じてくれよ、俺達と一緒に暴れ回ろう。お前とならいい関係を築けると、俺は思ってるんだぜ?」
ボーンは自身の胸に手を当てるが、その仕草はどうにも芝居がかっている。
私は一歩前に出て、ボーンに目を向けた。
「ボーンさん。お久しぶりですね」
「これはこれはロメリア様。このような形で再会するとは思いもしませんでした。まぁ意外なことが起きるのが、世の中ってもんでして」
ボーンは薄ら笑いを浮かべながら、軽快に口を動かす。
「確かにそうですね。なら意外ついでに、ハメイル王国を見かぎり私の側につきませんか?」
私が提案すると、ボーンは口を大きく広げて笑った。私も一緒になって笑顔を見せる。
「ハハハッ、面白いお嬢さんだ。本気?」
「ええ、もちろん」
私は当然だと頷いた。私は出稼ぎ労働者を募るために、メルカ島へと赴いた。だが目的は人材確保のためだけではない。これには交易路の安全確保という意味合いもあるのだ。
港が上手く運営出来たとしても、交易船が海賊に襲われては意味がない。特に食うに困っているメルカ島の人々は、船を襲撃する可能性が高かった。そのため私は真っ先に交渉し、敵となる相手を味方にしたのだ。しかし海賊は他にもいる。ハメイル王国の手先となっている、ヴァール諸島もその一つ。ならば彼らも味方につけたい。
「どうです? 私やメアリーさんと一緒に、楽しくやりませんか?」
「ご婦人の申し出は心動きますが、ご遠慮しておきましょう。というか状況分かってます?」
ボーンは小馬鹿にしたように私を見るが、もちろん理解している。
「結構優位な状況だと、理解しているつもりですよ?」
「はぁ? 何言ってんだ?」
ボーンが眉間に皺を寄せる。私はボーンを無視して、赤い上着の胸ポケットに右手を入れた。上着の胸ポケットには、いつもハンカチを入れている。真っ白なハンカチを取り出すと、端を掴んで二、三度振って広げた。
ボーンとメアリーさんは私の仕草の意味が分からず、怪訝そうに顔を顰める。私は二人の前で、広げたハンカチを投げ捨てた。
白いハンカチが甲板に触れたその瞬間だった。銀翼号の甲板中央、その床にある船倉へとつながる格子状の扉が勢いよく開かれた。船倉からは、赤毛赤髭のモーリス船長が飛び出てくる。
「ガキ共! お仕置きの時間だ!」
モーリス船長は長い木材を握りしめ、熊のように吠えた。




