第四十二話 巨大なる足跡
すみません、ちょっと遅れました
私は馬に揺られながら街道を進み、北上を続けていた。
視線を上げれば、巨大なガエラ連山が壁のようにそびえている。そして巨大な山脈に向かって、兵士たちが行軍しているのが見えた。
現在、私は最後に残った魔王軍の勢力を撃破するため、全兵力を引き連れて進軍していた。
その数は六百。蟻人戦やバルバル軍との交戦で死傷者が出たが、ドストラ家やケネット家のように同盟に積極的に参加する申し出があり、戦力はここに来る前よりも増加していた。
全ては私の人望。と言いたいところだが、実際のところは私がヴェッリ先生やクインズ先生と一緒に考えた、ロベルク地方の経済活性化策に乗り遅れまいとしているのだろう。
多くの領主が私の同盟に参加してくれたが、一方で強烈に反抗を続ける領主たちもいた。
ミカラ領を中心とした、北部同盟の面々だった。
北部同盟はすでにだいぶ数を減らしているが、それでも数人の領主達が今も私に対して反発していた。
どうやら彼らは以前からロベルク地方の主流派であり、ドストラ家やケネット家の台頭。そして私が行う経済政策により、自分たちの地位が脅かされると考えているようだった。面倒な話だ。
私はため息をつきながら、背後を振り返る。
私の後ろにも兵士の列ができていたが、私は兵士ではなく、そのはるか後方の空に目をやる。あの向こうにはミカラ領があるはずだ。
「ミアが気になるのか?」
私の側で、同じく馬に乗っていたヴェッリ先生が、声をかけてくる。
「もちろん、気になるに決まっていますよ。うまくやってくれているといいのですが」
ミアさんが連れ去られてから、もう三日が経過していた。このままでは宗教裁判にかけられてしまう。裁判が始まるまではまだ猶予があるが、それまでに彼女を救い出さないといけない。
「助けるための手は打ったんだ。うまくやってくれると信じよう。それよりも俺たちは目の前の問題だ。まずは魔王軍の残党を完全に始末すること。それが絶対条件だ」
先生の言葉に、私はうなずくしかない。
魔王軍の駆逐さえ出来れば、ロベルク地方を離れることが出来る。
ミアさんを救出した後は、兵士で護衛しながらすぐに次の地方に移動する。地方を跨げば教区が異なるため、ギルマン司祭も簡単に手出しできないはずだ。
「わかっていますよ。魔王軍の討伐が私たちの目的ですし、それがミアさん救出にもつながるんですから、目の前の敵に集中します」
「なら結構だ。これから戦う連中は数が少なくても精鋭だ。油断してたら食われるぞ」
ヴェッリ先生が、気を引き締めるよう助言してくれる。確かに、この先に居るのはバルバル大将軍が鍛え上げた精鋭部隊だ。後ろを気にしながら戦える相手ではない。
「しかし、なかなか仕掛けてきませんね。先生の予想が外れましたか?」
私は周囲を見回しながら、先生を見る。私の視線を受けてヴェッリ先生は顔をしかめた。
「言うな、俺も大見栄を切った手前、恥ずかしい思いをしてるんだ。なんであいつら攻めてこないんだ?」
先生は訳が分からんと頭を掻く。
敵は少数であるため、夜襲や待ち伏せ攻撃を仕掛けてくると先生は予想した。
そのため進軍の最中には偵察をいくつも出し、野営にも多くの兵士を守りに当てていた。だがいまだ敵影はなく、厳重な守備は空振りに終わっている。
「先生の責任ではありませんよ、許可したのは私ですから」
ヴェッリ先生は参謀役として策を出してくれたが、参謀は作戦失敗の責任を取る必要はない。作戦が失敗した場合、その責任は作戦を許可した指揮官にあるのだ。
「それに私も夜襲や奇襲があると思っていました」
予想が外れて、先生は顔をゆがめていたが、首を傾げたいのは私も同じだ。敵は少数の精鋭部隊。多数を相手にするには、夜襲や奇襲で数を削るのは基本中の基本だ。それなのになぜ仕掛けてこないのか?
「このまま逃げるつもりでしょうか?」
私は先生に問う。相手は寡兵であることを認め、体勢を立て直すため、戦わないことを選んだのかもしれない。
そうなれば少し厄介だ。長々と引きずり回されてはこちらが疲弊する。ミアさんを助けることもできなくなる。
「いや、それはないだろう。連中はガエラ連山の麓に集結している。あれ以上は下がれない。山に逃げれば俺たちが追いつく」
先生が私の考えを否定する。だがならばなおのこと相手の考えが読めない。
動きの見せない敵は、ただただ不気味だった。
「ロメリア隊長!」
動きの読めない相手に不安を抱えていると、私のもとにレイが馬を走らせてやって来た。
レイたちロメ隊は、偵察として先行させていたが、レイが一人だけで戻ってきた。その顔には焦りがある。
「どうかしましたか?」
レイの表情から、何かがあったことはわかった。しかし敵が出た様子はない。
「それが……」
レイの報告を聞き、私とヴェッリ先生は互いに目を見合わせる。
そして急いで兵を進め、ガエラ連山の麓に急行した。
「なっ、これは」
ガエラ連山の麓にある、魔王軍の集結地点を見て、私は言葉を無くした。
そこにあったのは、ただ死体の山だった。
爬虫類の肌をした魔王軍の兵士たちが、幾人も野に倒れて、無残な屍をさらしていた。
その屍の中には、特別にあつらえた赤い鎧の兵士たちも交じっている。
私たちが戦うためにやって来た、バルバル軍の精鋭部隊だ。それが完全に全滅していた。
「これは! 一体だれが? どうやってこんな?」
ヴェッリ先生も、ただただ驚いていた。
先生が驚くのも無理はない。魔王軍の兵士たちの屍は異様と言えた。
その死体のほとんどが、体が千切られて両断されているのだ。
殺されたというよりは、散らかされたと言ったほうが正しい。手足や体、頭が吹き飛ばされ、辺りは肉片で足の踏み場がないほどだった。
すでに死後何日も経っており、死体には大量の蠅がたかっている。周囲は腐敗臭が充満し、呼吸することすら困難なほどだった。
私もこれまで大きな戦場を二度経験したが、比較にならない凄惨な現場だった。
「どんな得物を振り回せば、こんな死体が作れるんだ?」
周囲に散らばる死体を見ながら、先生が言葉を漏らす。
たしかにいったいどんな巨大な刃を振り回せば、こんな死体が作れるのか、想像もできなかった。
「ロメ隊長、こちらへ。見せたいものがあります」
呆然とするしかない私たちのところに、偵察として先にこの現場を発見していたアルが私を誘う。
いわれるままにアルの後に付いていくと、そこには驚くべきものがあった。
アルが見せたのは、地面についた足跡だった。
「これは? 魔王軍のもの……ですよね?」
アルが見せた足跡は、おそらく魔族が残したものと思われた。
魔族の足の形は人と若干異なり、靴の形も違うため見分けはつきやすい。だがそれでも私はこれが本当に魔族の足跡なのか、確信が持てなかった。
「大きすぎませんか?」
私が信じられなかったのは、その大きさだった。普通の魔族の倍はある足跡だった。周囲にほかの魔族の足跡があるため、その大きさがありありと分かる。
これほど巨大な足跡を残すということは、どれだけ巨体なのか。
「ロメ隊長、周りを見てください」
足跡に驚く私に、アルが周囲を見ろと言う。言われるままに周りに目を向けると、一目瞭然だった。
この足跡を中心にして、魔王軍の兵士の躯が散乱している。
つまり、この足跡の主がこの惨劇を生み出したのだ。
「おそらく得物は馬鹿みたいな巨大な刃。いくら魔族でも、そんなものを振り回せる奴が何人もいるとは思えません。つまり……」
レイが死体を見て、状況を分析する。
「犯人は一人。たった一人でここにいる魔王軍を全滅させた」
レイの分析の続きを私が答えた。
「いったい何者なのです?」
私は信じられなかった。
たった一人で、魔王軍の精鋭部隊を皆殺しにする魔族。何が起きているのかわからなかった。
「わかりません。ただ、足跡は向こうに続いています」
レイが足跡の続く先を指差す。レイの指は南へ、ロベルク地方へとむけられていた。
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もうしばらくすれば、良い報告が出来ると思います。
ちょっと更新が不定期になると思いますが、これからもよろしくお願いします。