第四十話 メアリーとの会談①
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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無言のまま進むアンの跡を付いていく、突き当たりの扉にまでやってくる。
アンが扉を叩き、私を連れて来たことを告げた。すると中から入室を許可する声が返ってくる。
アンが扉を開けて入り、私も背後にいる覆面の船員と共に入った。
連れてこられた部屋は、船長室らしく他よりも広い部屋となっていた。部屋は船尾にあるのか、正面には開け放たれた窓があり青い海原が見える。部屋の中央には大きな机が置かれ、窓との間に一脚の椅子が置かれている。椅子にはメアリーさんが座り、自慢するように長い脚を机に投げ出していた。
部屋の左隅には衣装掛けが置かれ、黒い三角帽子に赤い長外套、剣帯が剣と共に掛けられていた。部屋の左右には棚が設けられ、地球儀に六分儀に羅針盤、丸められた地図に航海日誌が詰め込まれている。また女性の部屋らしく衣装掛けの左には化粧台があり、鏡の前にはブラシに櫛、香水の瓶に口紅や頬紅が置かれていた。
「ん、来たか」
メアリーさんは机から脚を下ろして立ち上がると、右手で肩にかかった髪を払う。癖のある赤毛が炎のように広がった。
「ロメリア、ちょっとアンタと話しをしたくてね」
メアリーさんが私を見る。だが私が答える前に、アンが一歩前に出た。
「すみませんが、私は持ち場に戻っていいですか? ちょっとこいつの側にいたくなくて」
アンは私を一瞥した後、メアリーさんへと視線を戻す。
「ああ、まぁ構わないけど」
メアリーさんは私を見た後、私の背後にいる腕に赤い布を巻いた覆面の船員を見る。私だけなら、護衛は一人でもいいと考えたのだろう。
「じゃぁ、後を頼んだよ」
アンに突然仕事を振られた覆面の船員は、驚いた様子だがすぐに頷いた。
そしてアンは肩を怒らせながら部屋から出て行く。その背中を見送った後、メアリーさんは口を開いた。
「なんだ、アンを怒らせたようだな」
「すこし話をしただけです」
「まぁいい。そういえば自己紹介がまだだったな。メアリーだ」
「ロメリアと申します。先程の戦いぶりは見事でした。船を手足のように扱われる。メルカ島の船乗りは腕が良いとは聞いていましたが、噂に違わぬ操船でしたね」
「そりゃどうも」
メアリーさんはたいして嬉しくはなさそうに答える。
「一つ提案したいのですが、メアリーさん。私達の仲間になりませんか?」
私の誘いにメアリーさんは呆れた顔を見せる。
「はぁ? 状況分かってる? アタシはアンタを捕まえたんだけれど」
「もちろん分かっています。我がライオネル王国は、現在港を建設中です。この港が完成すれば、王国は『あるもの』を創設する必要に迫られます。何か分かりますか?」
「さぁ、分からないし興味もない」
「海軍です」
私が答えを言うと、それまで興味なさげに聞いていたメアリーさんの瞳が僅かに動いた。
「海に面していない我が国は、これまで港を持っていませんでした。当然海軍も存在していません。しかし港が出来た以上、海軍の創設は必須となります」
私は頭の中で世界地図を思い浮かべた。
メビュウム内海は外海とも繋がっているため、建設中の港は世界の海と繋がっている。港を守り交易船を護衛し、場合によっては他国の船と戦う。海軍の設立は急務といえる。
「しかし我々は海に関する知識や技術を、何も持ち合わせてはいません。船も持っていなければ、造り方や操船方法、戦い方も何も知らない」
私は自分達の無知を曝け出した。我がライオネル王国は、赤ん坊のように何も知らないし持っていない。
「私達には教師が必要なのです。腕のいい経験豊かな船乗り、それも魔王軍との戦いに勝ったような船乗りがいい。どうです、私達と手を組みませんか?」
私はメアリーさんに手を差し出した。
「フン、煽てたって無駄さ。親父のように口車に乗ったりはしない」
「何故です。私達は貴方達を裏切ったりはしません。共に繁栄しましょう」
私の言葉に、メアリーさんは鼻を鳴らした。
「はっ、信用出来ないね。この船に乗っている子供は、全員が戦災孤児だ。陸の連中に使い捨てられ、親を失った者の集まりだ。あいつらはお前達に使い捨てられたんだ。お前の言う繁栄とやらで、あいつらの心が救えるっていうのか? ならあいつらの親を生き返らせてみろ!」
メアリーさんの双眸には、怒りの炎が宿っていた。
私は差し出した手を下ろした。これ以上の勧誘は無意味のようだ。
「それは出来ません。私に出来るのは、これ以上被害を出さないことだけです」
私は首を横に振り、そしてメアリーさんを見返す。
「ですが貴方は、子供達を救っていると言えるのですか?」
「ああ、救っている。行く当てのないあいつらに、飯を食わせて寝床を与えた。お前達がしなかったことだ」
メアリーさんは自信満々に答える。
確かにそれは評価されるだろう。方法はどうあれ、彼女は子供達を飢えさせなかった。しかしそれだけで救ったと言えるのか。
私は船長室の左側に目を向けた。そこには化粧台があり、ブラシが無造作に置かれていた。私の視線に気付き、メアリーさんも化粧台を見る。
「今朝、髪を梳かしましたか?」
「ああ?」
「ブラシか櫛で、髪を梳かしたかと聞いているのです」
「さぁ、どうだったかな? それが何?」
メアリーさんは眉間に皺を寄せる。本当に覚えていないのだろう。しかし何日かに一度は、髪を梳かしているはずだ。
「アンといいましたか、あの子の髪はボサボサです。あの子が最後に髪を梳かしたのがいつか分かりますか?」
「さぁ、知らないわよ。自分でやるでしょ」
興味がないとするメアリーさんに対して、私は目を細めて睨んだ。そして大きく息を吐く。
「なによ」
「あれぐらいの子供は、自分で髪を梳かしたりはしません。それは母親がしてくれることだからです」
私が声を尖らせると、メアリーさんの目が僅かに開かれた。私の母は、私の髪を梳くようなことはしてくれなかった。しかし母親代わりのカイロ婆が、毎朝髪に櫛を通してくれた。私は足をぶらぶらさせながら、髪が結い上がるのを待ったものだった。
「アンが最後に髪を梳かしたのは、母親と別れた時でしょう。あの子の心は、そこで止まっている。何故髪を梳かしてやらなかったのです」
私はメアリーさんを睨みつけた。
アンの心は憎しみに囚われている。髪を梳かしてやれば、少しはその怒りがほぐれたかもしれない。アンだけではない。他の子供達もそうだ。皆が薄汚れ、破れた服を着ていた。彼らが体を洗わず服を着替えないのは、身だしなみに無頓着だからではない。親と別れた時から、あの子達の時間が止まっているからだ。
「貴方は子供達の命を救ったが、子供達の心を救ってはいない」
「うるさい! 今まで何もしなかった奴が、偉そうに言うな!」
メアリーさんが叫ぶ。私は少し黙った。
確かに行動した者に対して、行動しなかった者が責めるのは間違いだろう。




