第三十九話 囚われたロメリア
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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私は椅子に座り、小さく息を吐いた。
メアリーさんに囚われた私は、ポーラさんと共に銀翼号の客室に押し込められていた。
部屋には二つの寝台と二つの椅子、小さいテーブルの真上にはランプが天井から吊り下げられて揺れていた。視線を下げると、外へと通じる扉が見えた。当然だが外から施錠されており、部屋から出ることは叶わない。
船は動き出し、今どこにいるのか、どこに向かっているかの見当もつかない。せめて窓ぐらいあれば方角は分かるのだが、客室には窓はなく、外の様子は見えない。
テーブルの向かいに置かれたもう一脚の椅子には、柿色の服を着たポーラさんが座っている。彼女の体は小さく震え、金髪の下にある顔は青ざめている。
「大丈夫ですよ、ポーラさん」
私は右手を伸ばし、ポーラさんの左肩に触れた。
「で、でも。もし兄やガットが殺されたら」
ポーラさんは両手を顔で覆い、肩を震わせる。
「大丈夫です。人質の命は保証する、そう約束してくれたではありませんか」
私は笑みを見せながら話した。しかしこれは嘘だった。戦場の口約束など、あまり当てにはならない。状況が変わればいつでも反故にされてしまうだろう。
私達は囚われ人質となっている。この窮地を乗り切るには、上手く対応していくしかない。そのためには、どれだけ状況を正確に掴めるかが重要だった。
ポーラさんを安心させるため、私はさらに言葉を紡ごうとした。だが開きかけた口を閉ざし天井を見上げる。天井から吊り下げられたランプの揺れが先程よりも遅くなっていのだ。
「ロメリア様? どうかされましたか?」
「止まった」
「え?」
「船が止まりました」
船の揺れがおさまっていた。しばらくすると、船首から鎖がこすれる音が聞こえてくる。これは錨を下ろす音だ。
「ど、どこかに着いたのでしょうか?」
「さて、どうでしょう」
私は顔を曇らせるポーラさんの手を握りながら、頭の中で地図を思い浮かべた。
メアリーさんに襲撃された列島群海域は、大小さまざまな島が存在している。しかし波が穏やかであることから、列島群海域を抜けているはずだ。私達のいた場所から最も近い港はメルカ島だが、モーリス船長達を人質にしてメルカ島に戻るとは思えない。おそらくどこかの海原にいるというのが私の予想だが、窓がないので確証はない。
しばらくすると扉の向こう側で、扉を解錠する音がした。そして固く閉ざされていた扉が開かれる。扉の向こうには二人の人間が立っていた。一人は顔に火傷を持つアンという少女だった。アンの背後には覆面の船員が立っている。その右腕には赤い布が巻かれていた。
やって来た二人に対し、ポーラさんが立ち上がる。ただし私は座ったままで迎える。
「出ろ。お頭がお呼びだ」
二人のうちアンだけが部屋に入り、ぶっきらぼうな声を放つ。どうやらメアリーさんが私と話をしたいらしい。こちらとしても望むところである。
私は椅子から立ち上がり頷く。ポーラさんは当然のように私について行こうとしたが、アンが手で制する。
「呼んでいるのは一人だけだ」
止められてもなお、ポーラさんはついて行こうとする。だが下手に暴れるのは良くない。
「大丈夫です、ポーラさん。ここに残っていてください。話し合いぐらい、一人でも出来ます」
私は余裕の笑みを見せて、ポーラさんを宥める。
私がアンと共に部屋を出ると、部屋の外で待機していた覆面の船員が、しっかりと部屋の鍵をかけ直す。
「こっちだ」
アンが左を顎で指し示して先を歩く。私が従うと、後ろからは腕に赤い布を巻いた覆面の船員がついてくる。
ボサボサの髪をしたアンの後を追い、銀翼号の船内を歩く。船の中では覆面を被ったままの船員達がいた。中には覆面を外している子供もいたが、私を見るなりすぐに顔を隠し、覆面を被り直す。
顔を覚えられないようにするためか、それとも子供だと侮られないようにするためか。しかし改めて実感させられたが、船員は子供ばかりだった。この船は行く当てのない子供の受け皿となっているとも言える。それに子供達の肌艶は良かったので、食べ物はあるようだった。しかし服は薄汚れ、破れた服の子供も多い。おそらくお風呂に入っておらず、洗濯もしていないのだろう。目の前で揺れるアンの金髪も、藁束のようにボサボサだ。
「アンさん、でしたね」
私は前を歩くアンに声をかけた。アンは振り返りも返事もしなかったが、私は構わず続けた。
「亡くなられたお母様の名前はアーレント。妹さんの名前はアナベル」
指摘すると、アンの足が止まり振り返る。その目には憎悪が宿っていた。
「何故お前が知っている!」
「何故って、自分に反対している勢力のことは調べる。当然でしょう?」
私は笑みを見せた。もっとも調査は簡単で、バーボさんが全ての孤児達を把握していた。
「調査の限りでは、この船に乗る子供の数は五十七人。家族構成も概ね知っています」
私は怠け者号に置いてきた、資料の一部を思い出した。もっとも資料に載っている子供達の中で、顔と名前が一致するのはアンだけだが。
「フン、それがなんだっていうんだ! 名前だけ知っていても意味はない。貴族のお前に、私達のことが分かるものか!」
「分かりますよ」
「嘘をつけ!」
「本当です。私は魔王ゼルギスを倒すため、数年間旅をしていました。旅は順風満帆とはいかず、どうにも立ち行かなくなる時もありました。そんな時に私達を助けてくれたのが、行く先々の村人達でした。彼らは苦しい生活の中、私達に食料を分け与え寝床を提供してくれました」
私は目を瞑り、旅での出来事を思い出した。
村人達の助けがなければ、私達の旅は途中で終わっていただろう。
「それにメルカ島でも島の人々とよく話しました。貴方達の生活がいかに辛いものなのか、少しは知っているつもりです。そうそう、貴方の家の隣に住んでいた、ハンナというお婆さんにも会いました。貴方のことを心配していましたよ」
私の言葉を聞き、アンの目が僅かに見開かれて視線が揺れる。だがそれも一瞬のこと、次の瞬間にはアンの目つきが険しくなる。
「あんな奴ら! あいつらのせいで、母さんとアナベルは死んだんだ!」
アンは双眸に憎しみを滾らせる。
「貴方が奉公に出ている間に、お母様と妹さんが亡くなったことは存じています。しかし貴方がいない間、ご家族の面倒を見てくれていたのは、近所の方々なのでは?」
私の指摘に、アンが歯を噛み締める。
「……! うるさい! お前もう黙れ!」
アンは顔を背け、ずんずんと進んでいく。私はそれ以上何も言わずについて行った。




