第三十八話 残されたアルとレイ
怠け者号へと引き上げられたアルは、甲板に膝をつき荒い息を吐いた。
海に落ち、体は全身ずぶ濡れであった。しかし寒さなど一切感じなかった。ただ身を焦がすほどの怒りに震えていた。
突如襲ってきたメアリーに敗北して海に落とされただけでなく、主人ともいえるロメリアを連れ去られてしまった。
敵に対する怒りよりも、自分の不甲斐なさに腹が立った。
「クソ!」
アルは怒りのままに甲板を殴りつける。手が痛んだが、どれほど自分を痛めつけても怒りが収まることはなかった。この怒りを鎮める方法はただ一つ。攫われたロメリアを取り戻すことだけだった。
アルは濡れた顔を上げた。周囲には十人程の船員達がいる。引き上げてくれた、怠け者号の船員達だ。
「おい、船を動かせ! あの船を追え!」
アルは目の前にいた船員の肩を掴み、海原を指差す。水平線の彼方に銀翼号の姿が見えた。あそこに主人であるロメリアが囚われている。ロメリアはライオネル王国に戻れと言ったが、このまま帰ることなど出来ない。なんとしてでも助けに行かねばならなかった。
「無理だ。たった十人では、船を動かすのでやっとだ。銀翼号に追いつくなんて出来ない」
「それでもやれ!」
首を横に振る船員を、アルは睨みつける。
ロメリアを助けるためならば、どのような無理も通すつもりだった。
船員を殴りつけてでも言うことを聞かせようとしたその時、親友であるレイの声が響いた。
「アル! こっちだ! 来い!」
声のした方向を見ると、レイは船首部分にいた。床に設けられた扉を開け、下から布状の物を引っ張り出している。
アルはレイに駆け寄り叫んだ。
「何をしている! レイ! 早く船を動かして、ロメリア様を追わないと!」
「分かっている! だからこれを使うんだろ!」
レイは引っ張り出した物を広げた。それは木の枠に布が張られた物だった。
「……! お前、本気かよ」
レイがやろうとしていることに気付き、アルは絶句した。親友の思いつきは、自殺行為以外の何物でもない。
「でもこれなら追える! 行こう!」
レイの目は決意に満ちていた。
「……分かった! 行こう!」
アルは力強く頷いた。




