第三十六話 旗幟鮮明
四月四日に更新すると言ったが、あれはエイプリルフールの嘘だ!
騙されたな!
エイプリルフールでは午前中に嘘をつき、午後には暴露するそうです。
ということでお昼に嘘ばらし
私に戦力外通知をされたカルスさんは、今にもつかみかからんほどに怒り狂っていた。
孫ほどの小娘に、こうも言われては当然だろう。
私は怒れるカルスさんを冷たい表情で見ながらも、内心は心が痛んだ。
ここまで彼の矜持を傷つけたくはなかった。しかし軍を率いて失敗すれば、その被害は個人のものでは済まされない。
厳しいことを言ってしまうが、これ以上勝手をさせるわけにはいかなかった。
カルスさんは下唇をかみちぎるほどの形相を見せたが、二の句を告げられないでいた。
するとしゃべれないカルスさんの代わりに、ギルマン司祭が私を指で指して叫んだ。
「ロメリア・フォン・グラハムよ。この不信心者め!」
ギルマン司祭が、裁定者のように私を裁こうとする。
「この国難の時にあって、手柄を奪い合ってなんとする。教会の名の下に集おうと思わないのか!」
ギルマン司祭の言葉は、後半はともかく、前半はもっともだった。
「確かに、足の引っ張り合いなどしている場合ではありませんね」
私も頷きながら答える。魔王軍は強大だ。手柄を奪い合いながら戦える相手では無い。
「しかし、一丸と言われましても、私たちの手は借りないと言われたのはカルスさんでは?」
ミカラ領で、確かにカルスさんはそう言った。
それにギルマン司祭の言うことは語るに落ちている。教会の名の下にと言うことは、つまり教会の手柄にしたいと言っているようなものでは無いか。
「た、たしかにそう言っていましたが、それでも我らに協力するのは当然のことでしょう! 私は聖女であり国母であられる、エリザベート様の命を受けているのですよ!」
ギルマン司祭は目を血走らせながら叫ぶ。
その顔には以前会った時に見せていた落ち着いた印象はなかった。
自分の名で集めた兵が手柄を上げられなかったことに対する不満。いや、聖女と反目していた私が手柄を立てたことに対する焦りかも知れない。
「ロメリア同盟などと言う同盟を即刻破棄し、我らの同盟に加わるのです。さもなければ神罰が下りますぞ!」
ギルマン司祭は神の威光の元、北部同盟に加われと要請してくる。
隣にいるカルスさんも、ギルマン司祭の言葉に満足げだ。
辺境では信仰に篤い人が多い。司祭様に神罰が下ると言われて、断る人はいないと考えているのだろう。
「われらの盟に下るというのであれば、神の仕事を邪魔した罪を許しましょう」
ギルマン司祭は都合のいい許しを説いた。
私たちが魔王軍を倒してしまったことで、カルスさんとギルマン司祭は大いにメンツをつぶした。だから私を軍門に下すこと、北部同盟の一員であった私たちが魔王軍を撃破したことにするつもりなのだ。
「私としては教会に刃を向けるつもりも、神の仕事を邪魔するつもりもありません」
ギルマン司祭に対して、私は膝を折った。
「おお、では」
一瞬表情を和らげたギルマン司祭だが、喜ぶのが早い。
「ですが、ギルマン司祭。北部同盟に加わることはお断りします」
「なんですと」
断られると考えていなかった司祭は、顔をゆがめて私を見た。
「お仕事の邪魔というのであれば、私たちはここを去りましょう。しかし同盟には入れません」
仕事を途中で投げ出してしまう形になるが、魔王軍の主力は討ち取った。まだ数が多くいるが、少数に分散しているため北部同盟でもなんとかなるだろう。
「なぜです、神の仕事を手伝わないと? 北部の民を見捨てるつもりか!」
ギルマン司祭は唾を飛ばす。司祭も北部同盟では魔王軍に勝てないとわかっているのだ。
「見捨てるつもりはありません。ですが私の目的は、北部の安定だけではありません。救援の求めがあれば、国内のどこにでも向かうつもりです」
まずは伯爵領に侵入した、魔族を駆逐する。だがそれらが終われば伯爵領を出て、国内の魔族を討伐するつもりだ。
「こっ、小娘が、大それた口を! たった一人で国を救うつもりか!」
「できるわけがない。聖女にでもなったつもりか!」
カルス氏とギルマン司祭が叫ぶ。
「確かに、すべての人を助けることはできないかも知れません。途中で倒れるかもしれません」
私は自らの力のなさを暴露した。
残念だが、私の力はまだ十分とは言えない。戦えば兵は傷つき、悲しいが死者も出る。今回の戦いでも、三十八人の犠牲を出した。
戦い続ければ消耗し、いずれ消えてなくなってしまう。
「最後までやれないのなら無責任ですぞ!」
世を救う教会の司祭が、おかしなことを言う。
「確かにそうかもしれませんが、最後までやれないなら、人を救う行為をしてはいけないのですか?」
私は癒しの御子の弟子に問い返す。
確かに、途中で投げ出してしまうのは無責任だ。しかしすべてを救えないからと言って、目の前の人を救わないのはおかしい。
救世教会の教祖である癒しの御子は、戦乱に傷つき、疫病に侵され、圧政に苦しむ人たちを見ては癒して回ったとされている。
その時、御子にすべての人々を救う計画などなかったはずだ。ただ目の前の人を癒し、その次の人を癒し、そして次を、さらに次をとやっていっただけだ。
無計画な、目の前しか見ていない行動。だがそれでも御子の行いは尊いと思う。
確かに計画は大事だ。だが最初にあるべきは行動なのだ。
「それでは自己満足だ。貴方はそれで納得するかもしれないが、助けられなかったものはどうするのです!」
ギルマン司祭が問う。確かに、それは考えなければならない問題だ。
「もし私が力尽きたときは、貴方に代わりを頼みたい」
私はカルスさんを見た。
「なんだと、なぜわしがそんなことを」
突然話を振られ、カルスさんは動揺して拒否した。
「なぜって、私に助けられたでしょう? 私が魔王軍を倒したことで、貴方は助かったはずだ。その恩を私に返せとは言いません。私に助けられた恩でもって、他の人達を助けてください。もちろん無理をする必要はありません。出来る範囲で結構です。そうすればカルスさんに助けられた人がほかの人を助けるでしょう。助け合いの連鎖が続けば、すべての人が救えます」
私は胸にあった理想を言い切った。
「そ、そんなこと……」
ギルマン司祭は言葉の続きを飲み込んだ。
神の教えを説く司祭として、人の善意を否定する言葉は言えなかったのだろう。
もちろん私も、こんなことがうまく行くとは思っていない。
人の善意は永遠に連鎖しない。いつか途切れてしまう。だがそれは諦念の理由にはならない。
百万の被害者を前にして、一人二人救っても意味はないかもしれない。だがその一人二人は確実に助かるのだ。
「ば、馬鹿げている。誰もお前の言うことなど聞かない。そんなことで動くものなどいない」
ギルマン司祭は、私の理想論を否定した。
確かに、こんな青臭い言葉に共鳴してくれる人などいないだろう。
いた。
「いいえ、私はついていきますよ」
これまでほとんど黙っていたケスール氏が、私を見て宣言する。
「な、何を言っているケスール」
「そうです、北部同盟に加わるのではなかったのですか!」
カルスさんとギルマン司祭がケスール氏を見る。
長年の付き合いと教会の威光を盾に、二人はケスール氏に北部同盟の参加を強制したのだろう。それは予想していたが、予想していただけにこの行動には驚いた。
「なぜだ、ケスール!」
まさか裏切られるとは思っていなかったカルスさんが、長年の知人を見る。
「カルス、悪いが盟には加われぬ。ケネット領はロメリア同盟に与する」
ケスール氏は高らかに宣言した。
「ロメリア様、ケネット魔法男爵領は求めに応じ、兵を派遣することを誓います」
古い血を持つ魔法貴族は、私の前に膝を折った。
次回更新は四月四日の土曜日です
これはほんとだよ