第三十四話 銀翼号④
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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巨大な凧に引かれ、持ち上がる船を見て私は息を呑んだ。
「おいおい、まさか!」
「浮いている?」
ジニが驚きゼゼが目を丸くする。もちろん船が宙を浮くわけがない、船底は海面についている。だが船は凧に引かれて持ち上がり、浮いていると見間違えるほどだ。
銀翼号の速度が、飛躍的に増加する。一方で怠け者号はメアリーさんに風魔法で妨害され、速度が落ちている。
左弦にいた銀翼号が、怠け者号を追い抜く。そして大きく弧を描きながら右弦に戻って来る。
船のすれ違いざまに矢が放たれる。先程までとは逆の方向。ボレルやガットが反転して降り注ぐ矢を切り払う。だが銀翼号は止まらない。さらに大きく弧を描きながら戻ってくる。
「こ、こいつはまずい」
怠け者号を中心に旋回する銀翼号を見て、ガットが額に汗を流す。
ぐるぐると回りながら攻撃されては、矢が飛んでくる方向が変わってくる。
「おい! モーリス船長! この船にあの凧はないのか?」
「あるにはあるが……」
アルの叫びに、モーリス船長が怠け者号の船首を見る。船首の甲板には、船倉へと下りる扉が床に設けられている。おそらくあの下に凧が収納されているのだろう。
モーリス船長のつぶらな瞳が揺れる。
「……駄目だ、あれは扱いが難しい。下手をすれば船が壊れちまう。風が複雑なこの場所では無理だ!」
モーリス船長が歯を噛み締めた。
熟練の船乗りであるモーリス船長が無理だと言うのだから、凧の操作はよほど難しいのだろう。そしてモーリス船長ですら不可能なことを、メアリーさんはやってのける。天性の才能があるようだ。
メアリーさんは船を何度も旋回させ、さんざんに矢を打ち込む。怠け者号の船員は、次々に矢傷を負っていく。
矢は当たり所が悪くない限り、即死するということはあまりない。弓矢で攻撃する狙いは、相手の勢いと戦力を削ることにある。
私はアル達に守られながら、銀翼号を見た。打ち込まれていた矢が止まる。おそらく矢が尽きたのだろう。こちらの戦力を削ったのならば、次なる手は一つ。
「おい! モーリス船長! 矢が止まった! 乗り込んでくるぞ!」
「んなことは、分かってるよ!」
叫ぶアルに、モーリス船長も叫び返す。
銀翼号の甲板では、覆面の船員達が弓を捨てて剣を抜いている。
「総員! 白兵戦用意! ぶつかるぞ! 衝撃に備えろ!」
モーリス船長ががなり声をあげる。怠け者号の船員達も弓を捨てて腰の剣を抜く。直後左弦から銀翼号が迫ってくる。怠け者号と銀翼号の船体が激突する。
私は側にいるポーラさんと、互いの体を支えながら衝撃に備えた。私達の体は左右に揺さぶられる。しかし倒れるほどの衝撃ではなかった。
大きな船が激突したとは思えない小さな衝撃に、私は顔を上げてぶつかった箇所を見る。怠け者号の船体は、僅かに船縁の木材がへし折れている程度だった。メアリーさんは自分の船が傷つくのを嫌い、繊細な操作で優しく船をぶつけたのだ。驚嘆の操船技術だ。
私が驚いていると、銀翼号から覆面の船員が雄叫びを上げて乗り込んでくる。剣を手にしたアル達が身構える。
「ロメ隊長、一応聞いておきますが、船内に避難は……してくれませんよね」
「ええ、もちろんです」
問うアルに私はキッパリと答えた。
この戦いはメルカ島の内紛である。そして私はあえて身を晒すことで、モーリス船長達に戦えと強要したのだ。戦いが始まったからあとはご勝手に、というわけにはいかない。最後まで戦場を共にせねば、メルカ島の人々の信頼を失う。
「分かりました! ゼゼ、ジニ、ボレル、ガット。お前らは護衛だ! 一人も通すなよ!」
アルがゼゼ達に指示を出す。一方アルはレイと共に前に出る。
「アル、レイ。行くのですか?」
「もちろんです。モーリス船長やこの船の船員とは、同じ釜の飯を食った仲ですから!」
「モーリス船長達だけに、戦わせるわけにはいきませんよ!」
アルとレイが剣を構え、揃って頷く。
「ですが、あの敵は……」
私は船に乗り込んでくる、覆面をした船員を見た。相手は皆小柄だ。
「……分かっています。……でも!」
「襲ってくる以上は敵です!」
アルとレイは言い切る。二人の目には揺るがぬ決意があった。
「モーリス船長! 俺達も戦う! 行こう!」
「おう! あの跳ねっ返りにお仕置きだ!」
気炎を上げるアルに、モーリス船長も船員から剣を受け取る。そして船尾の階段を降りて甲板の中央部へと向かう。
三人の足取りは強い。アルとレイ、そしてモーリス船長はやる気十分だ。
覆面の船員が続々と怠け者号に乗り込んでくる。私は船尾のさらに右後ろに移動した。右と背後には海が広がり、逃げ場はなくなる。だがここならば攻撃は前と左の二方向に絞られる。ゼゼとジニ、ボレルとガットが私の周囲を固める。ポーラさんは私の左側で、守るように腕を掴んでいた。しかしその手は震えている。
「大丈夫ですよ」
私は手を重ねて笑みを見せた。しかしこれは根拠のない言葉だった。一度戦いが始まれば、後はどうすることも出来ない。ただ兵士達の奮戦を信じるしかないのだ。
モーリス船長の部下達と、メアリーさん率いる覆面の船員達が甲板で切り結ぶ。
乗り込んでくる覆面の船員は五十人程で、全員が小柄だ。対する怠け者号の船員は三十人と少ないが、全員が魔王軍との戦いを潜り抜けた歴戦の兵士だ。
数の差があっても、まともに戦えばモーリス船長の部下達が勝つ。しかし彼らの多くは矢傷を負っていた。怠け者号の船員は、徐々に押されはじめる。
「テメェら、しっかりしやがれ!」
モーリス船長が叱咤しながら剣を振り回す。覆面をした敵は剣を避けるも、そこに船長の蹴りが放たれる。
モーリス船長は気を吐いているが、相手の数が多い。
私は戦場となった怠け者号の甲板に目を向けた。船の中腹に、赤い長外套を羽織ったメアリーさんが乗り込んでくる。
片手に剣を携える彼女は勇ましい。その左には右腕に赤い布を巻いた覆面の船員が一人、護衛として付き従っていた。
メアリーさんを倒せば、この戦闘は勝利となるだろう。だが気になるのは、メアリーさんの背後にいる黒幕だ。
メアリーさんは島民の支持を得られなかった。たとえ私やモーリス船長を人質にしても、メルカ島を支配することは出来ない。しかし彼女はここで戦いを仕掛けてきた。勝った後にメルカ島を支配する方法があるということだ。おそらく何者かの後ろ盾を得ている。メアリーさんの背後にいる存在こそが本当の敵だ。まずは敵を見極めねばならない。




