第三十三話 ユルバ砦の避難民たち
二代目魔王を名乗ったバルバルが自決したが、それで戦いが終わったわけではなかった。
バルバルに付き従って来た兵士がまだ残っており、彼らは主が自決した後も戦闘活動をやめなかった。
これが人間同士であれば降伏と投降を勧告もできたが、人間と魔族ではそうもいかない。
人類と魔族との間には、戦後の規定や条約というものが何もないからだ。
人間同士の戦争であれば、敵を降伏させて捕虜を多くとることは、重要な戦略的行為だ。捕虜を多くとればそれだけ戦後の交渉が有利になり、捕虜を返す代わりに賠償金や領土を要求できる。負けた方も場合によっては殺されることはないとわかっているから、勝てないとなれば死ぬまで戦ったりはせず、降伏する。
しかし人間と魔族の間には、過去に交渉した歴史が存在しない。魔族は突如現れ、今も侵略を行う憎き敵だ。
魔族の捕虜をとっても、魔族が人間の捕虜を返してくれる保証がない。魔族の側も、降伏して捕まれば殺されると思っているから、降伏できない。
傷つき戦えなくなった兵士が捕らえられることはあるが、国家や軍隊、組織として降伏の選択肢が存在しないのだ。結果、逃げるか、最後まで戦うかとなってしまう。
そしてこの戦いで、私たちは魔族のすべてを倒すことが出来なかった。
五十ほどの魔族、それも精鋭である赤鎧で構成された部隊を逃がしている。
しかし全軍の指揮を任せたハーディーや、軍師としてついていたヴェッリ先生を非難できなかった。
逃がした大きな原因は、バルバルの死を知った魔王軍のほとんどが、死んだ主の仇を討とうと決死の覚悟で突撃してきたからだ。
捨て身の彼らの攻撃は壮絶であり、一時は本陣すらあわやという事態に陥った。
そしてその隙をつき、五十名ほどの魔王軍が包囲を突破し逃走した。
自らの命を省みず突撃してくる魔王軍に加えて、逃走を図ろうとする精鋭に、ハーディーと先生は早々に殲滅を断念した。まずは向かってくる敵にだけ専念したのだ。
結果逃走した魔王軍を逃がしたが、被害は抑えることが出来たので、好判断と言えただろう。
そして私たちは被害を出しながらも、ユルバ砦を攻めていた魔王軍を倒すことが出来た。
魔王軍を打倒した私たちを、ユルバ砦に立てこもっていたケネット男爵領の当主であるケスールは快く迎えてくれた。
そして戦闘から五日が経過した。戦後処理も終わり兵士たちの傷も癒え始めたころ、私はケネット男爵に与えられた部屋で頭を抱えていた。
「どうしたものですかね」
私が机に広げた地図と書類を見ながら、同じく机を囲むハーディーとヴェッリ先生を見る。
我が軍の優秀な頭脳たちも、目の前にある難問には回答が出せないでいた。
私たちを悩ませている問題は、二つの誤算だった。
「まさかユルバ砦に、こんなにも避難民がいるとはな」
ヴェッリ先生が完全に計算外だと、何度も口にする。
そう、私たちが解放したユルバ砦には、当初予想していた五倍の避難民が逃げ込んでいたのだ。
もちろんこれはうれしい誤算だ。
避難民がこれだけいるということは、助かった人たちもそれだけ多いということであり、私たちの戦いが無駄ではなかった証拠である。
しかし問題は、なぜこれほどまで避難民が多いかということだった。
「ロメリア様、これが現在わかっている限りで、魔王軍がいるとされる場所です」
ハーディーがこの五日で聞いた避難民の話をもとに、全体的な情報をまとめてくれる。
机の上にある地図には、魔王軍がいると思しき場所に駒が置かれていた。その数はかなり多く、何より広範囲に広がっていた。
「多いですね」
地図の上には、魔王軍の部隊を示す駒が五十近く並べられていた。話は聞いていたが、改めてみると多い。
全て数人から十人ほどの小部隊で、脅威度は低いがとにかく数が多い。
これがもう一つの誤算だった。
「私たちが倒したバルバル将軍の軍から、脱走した兵が多かったようですね」
私は頭を抱えて唸った。
砦に逃げてきた人が多いのは、魔王軍の脅威が広範囲に及び、村にいられなくなり逃げてきた人が多かったからだ。
バルバル将軍は魔王を名乗っていたが、何者かに敗れ、傷を負い逃げていた。
強い将軍であったことに疑いはないが、やはり負けて逃げていれば先はないと見限る者も出てくる。そうしたバルバル将軍の元から脱走した兵士が、北部では広範囲に広がり暴れまわっているのだ。
大量の避難民を食べさせる食料に、広範囲にわたって散らばっている魔王軍の駆除。どちらも頭が痛い問題だ。特に食糧問題はどうすればいいのか。
「ロメリア、楽な答えがないのなら、地道にやりくりするしかない。まずは目の前の問題からだ。兵を小部隊に分けて魔王軍をしらみつぶしにしていこう。少しずつ避難民を村や住んでいた土地に帰すしかない」
ヴェッリ先生が、基本に立ち返ったことを言ってくれる。確かにその通りだ。何かうまい方法で一発解決と行くほど、世の中簡単でもないだろう。効率的な方法を模索するのも大事だが、抜け道を探すことにかまけて、地道な作業を厭うことをしてはいけない。
「そうですね、地道にやっていくしかない」
私は首肯して頭を切り替えた。ただ、ここであまり時間をかけられないのが問題だ。
「ですが西からくる魔王軍の討伐も急がなければなりません。手早く片付けないことには」
地道にやるが手早く済ませる。私の矛盾した言葉に、ハーディーと先生がうなずく。
今回は北からバルバル将軍が逃げてきたが、これは本来想定外の敵。私たちの本命は西からくる魔王軍の残党だ。この脅威が本格化する前に、ここを片付けてしまわないといけない。
「それに時間をかけると逃げた兵が集まるかもしれないからな、その前に叩かないと。兵の編成を急ごう」
ヴェッリ先生が拙速を旨とし、さっそく部隊の編成を考え始めた。
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