第二十九話 メルカ島での打ち合わせ①
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記が発売中です。
BLADEコミックス様より、上戸先生の手によるコミカライズ版ロメリア戦記も発売中です。
マグコミ様で連載中ですよ。
ラディック邸で朝食を頂いた後は、私は部屋を一つ借りて会談を行っていた。大きな机を挟んで、私の向かいには痩せ型にやや垂れ目のバーボさんが座っている。
モーリス船長の養子である彼は、数枚の書類を机の上に広げ、一枚を手に取り口を開く。
「ロメリア様。現在のところ出稼ぎを希望している者は、男性が百二十九名に女性が八十八名となっています」
バーボさんは、出稼ぎを希望している人達の名簿を私に差し出す。
名簿を一読して私は頷いた。
五日前、モーリス船長の協力を取りつけた私達は、再度メルカ島の人達と話し合いの場を設けた。当初は私達に対して否定的だった島民達だが、モーリス船長の粘り強い説得により次第に態度を軟化させた。
「こちらが提示する条件となります」
バーボさんはさらに別の書類を私に差し出す。そこには最低賃金の保証に加え、怪我や病気をした者には、治療費の一部を私達が補てんする条件が記されていた。
事前に示されていた内容だが、大きな変更点はない。書類に不備はなく、内容も妥当であったため私は頷く。
「では名前の記入をお願いします」
促され、私は自分の名前を記入した。
「これでひとまずは契約成立。ということですね」
バーボさんは、肩の荷が一つおりたと息をついた。
「出稼ぎ労働者達を纏め上げ、説得してくださりありがとうございます」
「いえ、ロメリア様。私など、大したことはしていませんよ」
バーボさんがとんでもないと首を横に振る。だがそれは謙遜というものだ。
「そんなことはありません。こうして上手く条件が纏められたのも、貴方のおかげです」
最終的には二百人以上の出稼ぎ労働者が、建設中の港に来てくれることになった。だが最後の決め手となったのは、実はバーボさんだ。彼は島民達が損をしないように、労働条件の交渉役を買って出た。そして粘り強く島民と話し合い、彼らの要望を聞き出してくれた。出稼ぎ労働者の中には、バーボさんを信頼して応じてくれた者も多い。
「貴方を養子とされた、モーリス船長の目は確かだと思いますよ」
「そうですか?」
バーボさんは照れ笑いを浮かべる。
最初に会った時、バーボさんはモーリス船長の身代わりとして登場した。慣れぬ代役に挙動不審な態度を隠せていなかった。養父であるモーリス船長も、気が弱いと評していた。だが実際はなかなかの人物だった。
バーボさんはモーリス船長不在の折は、メルカ島の纏め役となっているらしい。彼の頭の中には、島の情報が全て入っている。労働条件を詰める時、島民の名前だけでなく経済状況や家族構成まで何も見ずに話しだしたのは舌を巻いたものだ。
バーボさんはメルカ島を愛し、誰よりも詳しい。島民の信頼が厚いのも納得である。さらに事務能力も高く、交渉術にも長けていた。こうして労働条件を纏めることが出来たのも、ひとえに彼の手腕のおかげだろう。
モーリス船長は、バーボさんを養子として迎え入れている。ゆくゆくは島を任せようと考えているのだろう。少し引っ込み思案なのが玉に瑕だが、自信さえつけば、きっといい指導者になることだろう。
「ところで、ロメリア様は明日、国に戻られるので?」
「はい、そのつもりで――」
私が頷こうとした時、部屋の外から大きな足音が聞こえてきた。足音はこちらに近づいており、部屋の扉がノックもなしに開かれた。
「よぉ、仕事はどうだ」
扉を開いたのは、赤毛に髭面のモーリス船長だった。太い笑い声を上げながら、のっしのっしと熊のように部屋に入ってくる。
「お義父さん」
バーボさんは立ち上がりモーリス船長に目を向ける。その視線には、ノックをしなかったことを注意するべきか迷いがあった。
「アンタ! ノックぐらいしなさい! ロメリア様に失礼でしょ」
部屋の外から鋭い声が飛ぶ。声の主は長い黒髪を下ろしたレベッカさんだった。使用人の服から丈の長い黒いドレスへと着替えた彼女は、部屋に入ると三白眼を光らせて夫であるモーリス船長を睨んだ。そして私に向き直った。
「申し訳ありません。ロメリア様」
レベッカさんは、長いまつ毛と共に頭を伏せる。私は気にしていませんよと会釈で答えたが、顔を上げたレベッカさんの怒りはおさまっておらず、刃物のように鋭い視線を今度はバーボさんに向ける。
「バーボ! アンタもこの家を継ぐ気があるなら、ちゃんと叱りな!」
レベッカさんの鋭い声にモーリス船長が首をすくめ、バーボさんも萎れたように頭を下げる。
モーリス船長やバーボさんも、レベッカさんの前には形なしである。二人は実質的にメルカ島を支配しているが、その二人を支配しているのは間違いなくレベッカさんだ。
「すみません、ロメリア様。実は名簿のほかに三人程、出稼ぎを希望する女性がいまして。一人は子供連れとなるのですが……」
レベッカさんは私に歩み寄り、再度頭を下げる。
「ええ、構いませんよ。すでに子供連れで出稼ぎを希望されている方もいますし、名簿に追加しておきましょう」
私は笑顔で頷いた。出稼ぎ労働者が減るのは困るが、増える分には問題ない。
「ありがとうございます」
レベッカさんがまたまた頭を下げる。メルカ島では、男性はモーリス船長とバーボさんを信頼している。だが女性はモーリス船長達より、レベッカさんを信頼しているようだった。男性に対しても物怖じしないレベッカさんは、女性から見て気持ちがいいものがあるのだろう。レベッカさんのおかげで、女性の出稼ぎ労働者も増えている。ありがたい話だった。
 




