第二十九話 ユルバ砦での戦い⑤
追撃してきた魔王軍騎兵部隊を振り切り、一路、魔王軍が後方に敷いた陣地を目指す。
魔王軍の天幕の周囲では、赤い鎧を着た護衛の兵士や輜重部隊の兵士たちが私たちの動きに気づき、にわかにあわただしくなる。
普通の輜重部隊なら荷を捨てて逃げるか、あるいは馬車を走らせ被害を少しでも減らそうとするだろう。だが彼らは慌てながらも陣形を築き、少数でありながら私たちを迎え撃とうとする。
魔王軍の護衛の数はせいぜい三十ほど。十人ほどは赤い鎧を着た精鋭のようだが、あまりに少ない。一方こちらは優に百騎を残している。戦力差は明らかだが、それでも逃げない。死守するだけのものが、やはりあそこにはある。
「アル、レイ」
私は後ろの二人に声をかけると、馬足を緩める。
返事をした二人が私を追い抜き、さらに続く騎兵が我先にと敵に突撃していく。
騎馬百と歩兵三十の激突。数の差もあり戦力差は圧倒的であった。鎧袖一触で粉砕できるかと思いきや、魔王軍はここで敵ながら見事と言うしかない働きを見せた。
傷を負い血だらけになりながらも仲間を庇い合い、死を恐れず戦い続ける。
特に中心となって気を吐いているのは、赤い鎧を着た十人の魔王軍の兵士だ。
見事な槍捌きで、こちらの兵を全く寄せ付けない。
ここにいる騎兵は、ハーディーが鍛え上げた精鋭。いくら魔王軍が精強無比とはいえ互角の戦いができるはずだが、相手もまた選りすぐりの兵士らしい。
だが彼らの奮戦も、わずかの時間稼ぎにしかならなかった。数の差は歴然であり、わが軍の兵士たちが、一人また一人と魔王軍の兵士を討ち取っていく。
何より精鋭である魔王軍の赤鎧相手にも、互角以上の戦いができる兵士が、こちらにも二人存在した。
雄叫びをあげて槍を振るうのは、ロメ隊隊長の赤騎士アルだ。赤い飾り布がついた槍を繰り出し、魔王軍の精鋭と十合ほど打ち合う。
「やるな! でも今はお前らに時間かけてられねぇんだよ!」
アルは相手が強敵と見るや、わずかに槍を引いて構え直す。
「炎よ! 我が槍となれ!」
アルが叫ぶと、彼が持つ槍から火花が生まれ、火花は炎となり槍からほとばしる。
「名付けて『火尖槍』ちょっと熱いぞ」
アルは不敵に笑いながら、炎を纏いし槍『火尖槍』を繰り出す。魔王軍の精鋭は驚きながらも槍を受けるが、受けた瞬間、『火尖槍』から炎が吹き出る。
しかしその炎は一見派手だが、アルが言うほど熱くはない。火力は弱く、せいぜい魔族の鱗に焦げ目をつけることしかできない。だがその炎は囮。炎の光に隠れて二段突きが放たれ、アルの槍が赤い鎧を着た魔王軍兵士の左太ももに突き刺さる。
足を貫かれ片膝をつく魔王軍の兵士を無視して、アルが次の敵を求めて馬を返す。その背後で、膝をついた魔王軍の兵士が傷をものともせず、雄叫びを上げて立ち上がった。
だがその雄叫びは、すぐに悲鳴と変わった。貫かれた足の傷から突如炎が吹き出し、魔王軍兵士の全身を覆い尽くしたからだ。
これがアルの『火尖槍』の真の力だ。
かなり深く刺さなければならないのと、多くの魔力を使用する為、回数に制限があるのだが、決まれば確実に相手を仕留める炎の槍となる。
アルはここで手間取るのは危険だと、出し惜しみせず、炎の槍を繰り出していく。
その隣で、同じく赤い鎧の魔王軍に襲いかかっているのは、ロメ隊副隊長の蒼騎士レイだった。
レイは愛馬ディアナ号の背の上に器用に立ったかと思うと、蒼い飾り布が付いた槍を構え、魔力を練った。
「風よ! わが翼となれ!」
レイが一声叫ぶと、レイの周りでにわかに風が立ち込め、気流は疾風となり蒼騎士の外套が翼の様にはためいた。
レイが愛馬の鞍を蹴り跳躍する。まるで重さを感じさせないその姿は、もはや飛翔と言ってもいいほどだ。
見上げる魔王軍の兵士は慌てて槍を上に掲げたが、多くの武術は基本、真上からの攻撃を想定していない。
一方、跳躍攻撃を訓練してきたレイは、狙いを定めると風を調節して一気に急降下する。狙われた赤い鎧を着た魔王軍の兵士は、なんとか防ごうと槍を掲げたが、レイは槍を弾きつつ敵の胸を串刺しにする。
そして突き刺した槍で速すぎる速度を減速、串刺しにした魔王軍の兵士の胸に着地する。敵の胸に足を突いたレイは、槍を引き抜くと同時に再跳躍。戦場の空を飛び、次の獲物を探す猛禽となる。
炎の騎士アル、風の騎士レイ。
我が隊の主力は、魔王軍の精鋭にも通用する。
最大の仮想敵相手に互角以上に戦えたことに、私は拳を握りしめる。
魔王軍との戦いは、私にとって悲願だった。そして最大の不安でもあった。鍛え上げた兵が、魔王軍に通用するのか? ぶつかり合えば、瞬く間に打ち破られてしまうのではないか? 不安に夜も眠れず、無残に敗れる夢を何度見たことか。だが今こうして立派に戦えている。
これまでの時間は無駄ではなかったのだ。
背後を振り返ればハーディーたちが後方の予備兵を動かし、魔王軍の後ろを取ろうとしていた。魔王軍の前線も私たちの動きに動揺し、浮き足立っている。
私たちが後方の予備兵を引き離したとはいえ、魔王軍相手にあちらも互角に戦えている。
「ロメ隊長! 片付きました!」
三十の敵兵を片付け終え、アルが報告する。
主力であった赤い鎧の魔王軍兵士を早めに片付けた事が効いたのか、かなり早く片付けることが出来た。だが戦闘はまだ終わっていない。
背後を見れば、敵騎兵部隊はまだ残っている。何より魔王軍の予備兵である歩兵部隊が、前線の防衛も忘れてこちらに追いかけてきている。
「レイ、部隊を半分に分けて後方に当ててください。ただし貴方とアルはここに残してください」
私やレイが率いて当たれば潰せるだろうが、今はこの天幕の中だ。
レイが指示通り兵を分けて、魔王軍の残存騎兵部隊と迫りくる歩兵部隊にあたらせる。
半分いれば十分持つはずだ。
「ロメ隊長。ここに何があるんですか?」
アルが荒い息を吐きながら、天幕を見る私の隣に立つ。
まだ使いこなせていない魔法を連発したため、だいぶ体力を消耗しているようだ。『火尖槍』は強力だが、やはり燃費が悪い。
「さて、分かりません。ですが、何が来てもいいように準備だけはしておいてください」
何が出るか、それは私にもわからない。だが何かある事は確実だ。魔王軍が必死になって守ろうとする何かが。
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