第二十五話 ユルバ砦での戦い①
魔王軍発見の報告を聞き、私は全身の毛が逆立ち、体が震えるのを感じた。
それが興奮なのか恐怖なのかもわからぬまま、すぐさま伝令の兵に問いただした。
「場所は? 敵との距離は? 数はいくつです?」
「ユルバ砦です、包囲されています。砦までの距離は五百。兵数三百!」
伝令は簡潔に報告を伝えた。
早い。すでに砦を攻めているとは思わなかった。数はこちらが上だが、歴戦の魔族は通常の歩兵と比べて倍近い戦力がある。戦力比では互角と言ったところ。
「先生! 地図を!」
私が近くで馬に乗っているヴェッリ先生を見ると、先生は馬から転げ落ちるように降りた。すぐに鞄から地図を取り出し、馬上の私に向けて掲げるように広げてくれる。
これまでにも何度か見ていたが、ユルバ砦は平原の中央に建てられた砦だ。平原は全て畑となっているらしく、視界を遮るものは何もない。小細工なしの正面からぶつかることとなる。
しかし砦攻めをしているのなら、その背を突くことが出来るか?
包囲作戦中の魔王軍を、後ろから奇襲する戦術が頭をよぎったが、空を貫くような笛の音がその計画を台無しにした。
「ロメリア様、あれを!」
そばに控えていたレイが、はるか前方の木陰から飛び出した、二騎の騎兵を指さす。灰色の鱗に漆黒の鎧を纏うその姿は、魔王軍所属の偵察部隊だ。辺境の砦を攻略するのに、周囲に警戒の兵をちゃんと割いている。
これで私たちの存在はばれた。奇襲の効果は半減したとみるべきだろう。
「追え、追え!」
逃走する魔王軍偵察兵の姿を見て、はやる兵たちが掛け声をかけて追いかけようとするが、私はすぐに止めた。
「待ちなさい、追う必要はありません」
この距離では追いかけても本隊まで逃げられてしまう。それよりも今は決断の時だ。
進むか、引くか、それが問題だ。
進めば互いに準備のないままぶつかり合うことになる。逆に引けば相手に準備する時間を与えることとなる。どちらが有利か? どちらが不利か?
「ロメ隊長! 行きましょう!」
迷う私にアルがまっすぐな瞳で進言する。その眼を見て、私の迷いは晴れた。
「よし、行こう!」
私は交戦することを決断する。
相手の情報がない今、長考は無意味だ。それにこちらの戦意は高い。不意の遭遇戦であれば長所を押し付けたほうが勝つ。
「ハーディー、全軍を全速で平原まで前進させてください」
私はまっすぐ前を見る。視界の先にはなだらかな丘が見えている。あの丘を越えれば平原が広がりユルバ砦が見えるはずだ。
「わかりました。全軍前進。駆け足!」
全軍の指揮官となったハーディーに全軍前進の指示を出す。
「ソネアさんは癒し手と共に、ここにいてください。輜重部隊も置いていきます」
私は手早く馬に乗るソネアさんと、癒し手の四人にここに残るよう指示する。後方には食料を輸送する部隊がある。護衛の兵士は残せないため、輸送部隊の人員をつけて護衛とする。
「わかりました。ロメリア様。御武運を!」
ソネアさんの言葉にうなずき返し、馬を駆り前進を開始した行軍に加わる。
私の隣では、馬に飛び乗ったヴェッリ先生が必死でついてきている。
「先生は陣形展開の補佐を。平原に出た後は、蟻人戦と同じ横陣を敷きます」
乗るというよりしがみつくと言ったほうがいい状況のヴェッリ先生は、それでもうなずき返す。
「アル、レイ!」
私は馬で駆けながら、左右にいる赤と蒼の騎士に声をかける。
「二人は私の側に。騎兵百五十を率いてください。場合によっては騎兵突撃を仕掛けます。いけますね」
私はアルとレイを見る。相手の背中を討てれば討ちたい。その時は二人に突撃してもらう。
「もちろんです」
息も荒くレイが応える。いつになくやる気になっている。常に冷静沈着なレイだが、魔王軍との戦闘に血がたぎるのだろうか?
アルたちと共に馬を駆り、丘を登る。丘を一気に駆け上がると、なだらかな丘陵地帯を一望できた。収穫を終えた畑が広がり、その中央に灰色の砦がそびえたっている。
砦の周囲や城門の近くには、黒い鎧を着た魔王軍の姿があった。
魔王軍に攻められてはいるが、ユルバ砦は健在。ライオネル王国とケネット男爵家の旗がたなびいている。
伝令が言った通り、砦を攻めている魔王軍の数はざっと見て三百。内訳は歩兵が二百ほど、騎兵が五十に弓兵も同じく五十。
騎兵は全員が赤い鎧を着ている。騎兵に囲まれて、ひときわ立派な鎧を着た騎士が指示を出し、伝令を走らせていた。あれが指揮官だ。
砦から離れた後方に馬車の一群、おそらく魔王軍の輜重隊。馬車の前に大きな天幕が一つ張られていた、立派な旗も横に建てられている。後方の本陣だろう。後方要員を守るためか、赤い鎧の歩兵が十名ほど護衛としてついている。
視線を砦と魔王軍の本隊に戻すと、魔王軍はまだ砦を攻勢中で、背中を見せている。討ちに行く誘惑にかられたが、攻勢をかけていた魔王軍は、すぐに攻めるのをやめて砦から離れる。
攻勢で乱れていた陣形が即座に立て直され、見事な横陣が敷かれる。
我がカシュー守備隊を見ると、まだ陣形の移行が完了していなかった。こちらの方が数は多いので仕方ないが、やはり魔王軍は百戦錬磨。経験と練度が違う。
魔王軍にわずかに遅れて、カシュー守備隊も陣形を敷き終える。
陣立ては以前の蟻人戦とほぼ同じだ。
敵正面を受け持つのは、オットーとカイルの重装歩兵九十名が受け持つ。左翼をグランとレットの部隊が、右翼をラグンとメリルの部隊が支える。それぞれ数は六十名だ。前線から一段下がった後方には、弓兵部隊三十を指揮するのはグレイブズ。その両脇には二十名の小部隊が四つ並んでいる。ベン・ハンス隊とジニ・タース隊。ボレル・ガット隊とグレン・ゼゼ隊の予備兵だ。そして本陣にミーチャとセイ、ブライとシュローを配置してある。
ほぼ以前と同じだが、騎兵はハーディーの騎士団が百名増えたため、アルとレイが率いる騎兵は百四十ほどと増えている。
本陣にも私とヴェッリ先生だけではなく、全体指揮官として経験豊かなハーディーとその副官デミルが加入している。
蟻人戦で死者が出たため、歩兵の数は減少しているが、全体としては増えている。何より激戦を潜り抜け、兵たちの士気と練度も上がっている。事実ほとんどの兵たちは、魔王軍と相対することは初めてだが臆することなく対峙している。
互いににらみ合うが、魔王軍に後退する兆しは見えない。予想外の出会いだったが、互いに引く気はないようだ。
魔王軍の赤い鎧の指揮官が剣を前に掲げると、歩兵が前進を開始する。
私はハーディーを見ると、彼もこちらを見ていた。頷き返すとハーディーも剣を抜き、前に掲げる。
「全軍前進! ユルバ砦を解放するのだ!」
ハーディーが声を張り上げ兵を叱咤する。雄叫びを上げて、兵たちも前進を開始した。
ユルバ砦をめぐり、ここに魔王軍との戦いの幕が切って落とされた。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうござい。
ダンジョンマスター班目も更新していますので、そちらもよろしくお願いします。