第十六話 婚約者候補の婚約者
ミレトの街に着くと、歓迎の花びらが私たちを出迎えてくれた。
歓迎は花弁だけではなく、通りには屋台が並び、旅の楽士や吟遊詩人が楽器を奏でている。反対側には道化が派手な服装で芸を見せ、住民たちが笑い、子供が声を上げて通りを駆け抜けていた。
辺境の街とは思えない、盛大なお祭りとなっていた。事前に聞いていたが思った以上に盛り上がっている。
魔物が相手とは言え勝利は勝利であるし、これでカシューにはびこる魔物はほぼ一掃できた。何より治安の安定はこれからの発展につながる。ミレトの街も好景気に沸いており、治安の良さを内外に示すために、街の名士や商人たちがはりきったのだろう。
私は兵士たちに交代で休みを取る様に言いつけ、自身はヴェッリ先生や護衛の兵士とともに、セリュレに手配してもらった館に向った。その一行の中になぜかハーディーも一緒だが、まぁ気にしないでおこう。
「おかえりなさいませ、ロメリアお嬢様」
館に戻ると何人かの使用人と共に、クインズ先生が出迎えてくれた。
この使用人たちはクインズ先生が見繕ってくれた人で、まだ見習い期間中だが、いずれ私の侍従となり軍にも随行してもらう予定だ。
「戦勝おめでとうございます」
「先生こそ、後方での仕事ご苦労様です」
ミレトの街に残したクインズ先生には、食料や武器の輸送など、こまごました仕事を全て押し付けてしまった。この祭りの催しも、半分は先生が声をかけてくれたおかげと聞いている。
「お怪我はありませんか? 聞けば魔物と斬りあったとか」
「いえ、大丈夫です。危ない所をヴェッリ先生に助けてもらいましたから」
戦場であったことを教えると、クインズ先生は目を丸めてヴェッリ先生を見た後、じろじろと頭の先からつま先まで見まわした。
「へぇ」
「なんだよ」
クインズ先生の視線に、ヴェッリ先生が口をとがらせる。
「別に、貴方のことです。ヘマをして怪我でもしたのかと思いまして」
「してねぇよ、死にかけたけど」
それは残念とばかりに、クインズ先生は笑って見せる。
「とはいえ珍しく役に立ったようですね。少し見直しましたよ。これからもお嬢様をしっかりとお守りするように」
クインズ先生はそんなことを言っていたが、私はもうヴェッリ先生に武器を取らせるつもりはない。
「安心してくださいクインズ先生。もうあんなことはさせませんよ」
あの時は必要だったとはいえ、危険すぎる行為だった。特に先生や癒し手を危険にさらしたのは悪手だった。
あの時はあの妙な感覚のおかげで何とかなったが、もしあれが無ければどうなっていたことか。
しかしあの現象、なぜあんなことが起きたのか今でもよくわからない。あれから同じことは起きていないし、どうやったら、起きるのかもわからない。
「ロメリアお嬢様。到着されたばかりでお疲れでしょうが、いくつか予定が詰まっています」
「わかっています」
戦場で采配を振るうのは、私の本来の仕事ではない。
私が最もやるべきことは、戦争に勝てるように状況を整えることだ。
兵士が十分に戦えるように武器と食料を集め、武器と食料をいきわたらせるために資金を調達し、資金を得るために商人や有力者とよろしくすることだ。
街に戻ってからこそが私の仕事だ。
まずは兵士たちをねぎらい、祭りを盛り上げなければいけない。夜には街の有力者たちを集めた宴がある。これに出席して商人や有力者たちと会合し、合間にヤルマーク商会のセリュレ氏と今後に向けての話し合いがある。他にも私にしか決済できない書類が山ほどある。
正直、今日は眠れるかどうか怪しいぐらいだ。
「実はお客様がお見えです」
「客? 商人の方でしたら、あとに回してもらえますか」
港が軌道に乗り始めて、このところこの手の面会が引きも切らない。饗宴の時にでも席を設けるので、それで満足してもらおう。
「いえ、それが、ミカラ男爵家の令嬢がお見えです」
聞かない名前だった。私はもちろんヴェッリ先生も知らない様子だった。しかし一人だけ、その名前に聞き覚えのあるものがいた。
「ミカラ男爵家ですか」
上ずった声を出したのは、髭が立派なハーディーだった。いつもの落ち着いた顔を乱し、しっぽをつかまれた猫のような顔をしている。
「知っているのですか?」
「あっ、私の領地の隣の家です。いろいろと親しくしております」
「何か聞いていますか?」
「いえ、なにも」
ハーディーは言葉を濁した。何か知っている様子だが、問いただすにしても今は相手に会ったほうが早いだろう。
「会いましょう。クインズ先生。予定は少し変更してもらえますか?」
「わかりました、今回の討伐の資料をまとめたいので、ヴェッリを借りてもよろしいですか?」
首肯して許可する。ヴェッリ先生はクインズ先生に連れられて執務室へと向かっていく。私たちはミカラ男爵令嬢と面談と行こう。
「貴方も同席されますか?」
ついてきたハーディーに問う。相手次第だが、ハーディーのことが関係しているかもしれない。
ハーディーはどうすることが正解かわからず、あいまいにうなずいた。
短い付き合いだが、戦場では自信をもって即断即決してきた彼が、こういう顔があるとは少し意外だった。
使用人に先導させ、護衛のアルとレイと共に応接室に向かう。
応接室に入ると、椅子に緑のドレスを着た妙齢の女性が座っていた。私が入ってきたのを見て立ち上がり、一礼する。
「ロメリア・フォン・グラハムです。ミカラ男爵家の方と聞きましたが?」
「初めましてロメリア様。ミカラ男爵家のソネアと申します」
ソネアさんはスカートの端をつまみ、亜麻色の髪を下げる。
なかなか気品あるたたずまいと作法だ。しかし少し古めかしい作法だった。おそらく躾に厳しい家なのだろう。だがドレスはそれほど良いものではない。家計は苦しいことがわかる。
値踏みしていると、礼を終えたソネアさんがまっすぐに私を見る。
「亡き父と病弱の母に代わり、名代としてロメリア様の戦勝祝いに参りました。国内を跳梁跋扈する魔物を討伐し、民を安んじるロメリア様の偉業、ただただ頭が下がるばかり。本来であれば我が家も兵を出し、轡を並べて戦うところですが、此度は陣立てが間に合わず、はせ参じることが叶わなかったことをお詫びします」
ソネアさんは再度深々と頭を下げる。
「つきましては、戦勝祝いを持参いたしましたので、お受け取りください」
目録が書かれた紙を差し出す。
「これはご丁寧にありがとうございます」
私は丁寧に礼を言った。
それほど裕福ではない男爵領から送られた品だ。大したものではないことはわかっている。
だが金額の大小にかかわらず、これは有難い話と言えた。
女の私が軍を率いることに、眉をひそめる人は多い。それでも評価してくれるということは、これまで地道に魔物を討伐してきたことが認められたわけだ。ほかにも賛同してくれる人が出てくるかもしれない。
これが本心であればもっと嬉しいのだけれど。
私は改めてソネアさんを見た。
ピンと伸びた姿勢に、凛々しい眉。表情や仕草からも気丈な女性であることがわかる。
そして仕草からわかることはもう一つ。
ソネアさんは礼儀正しく接してくれているが、ハーディーとだけは目も合わさず、いないものとして扱っている。
一方、ハーディーは普段の落ち着きをどこに置いてきたのか、私の隣で百面相をしている。脂汗を流しながら、声をかけようとして口を開きかけては閉じている。
表情から見てもわかるが、二人は顔見知りのはずで、ソネアさんが無視しているのは意図的な行為だ。ならば何となく二人の関係は見えてきた。
しばらく儀礼的な挨拶が続き、ソネアさんは今夜予定されている饗宴でまた会いましょうと言って帰っていった。
最後までハーディーとは目も合わさず、口もきかないままだった。
ソネアさんが出ていくのを見届けると、ハーディーがあからさまな安堵の息を吐いた。
部屋の中にいた全員が、傍らにいた使用人ですらハーディーを白い目で見ていた。
私は大きなため息をついて嘆いた。
「ひどい旦那様ですこと、正式な婚約もまだだというのに、もう外に愛人を作っておられる」
「ちがっ、違うのですロメリア様」
ハーディーは顔をゆがめて否定するが、何が違うというのか。
「どのあたりが? どう見ても私を偵察に来たとしか思えないのですが?」
ソネアさんの態度から、二人の関係と今回の行動は明らかだ。
自分の男を奪った女の顔を見に来た。それ以外どんな理由があるというのか。
「ロメリア様、この不埒者を斬りましょうか」
レイが腰の刃に手をかける。うん、怖いから待とう。
「話を聞いてから決めましょう。正直に話せば許してあげますよ。あの人と付き合いがあったのでしょう」
問うとハーディーは素直に折れた。
「……はい。その通りです。ミカラ領とわが領地は隣接しており、昔から争いが絶えないのです。そこで両家の間を取り持つために、生まれる前から私たちの婚約が決まっていたのです」
なるほど、よくある話だ。
同じ国同士とはいえ、隣接する村は利害関係でよくもめる。
森の資源や川の利水。牧草地の使用などが問題となるし、豚や羊を盗んだなんて話はしょっちゅうだ。
個人の喧嘩で済めばよいが、時には戦争さながらの争いにまで発展することがあるので放置もできない。
争いを鎮めるために、婚姻するのはよくある手だ。
「その事情をお父様が知らず、私が貴方を盗ってしまったということですか」
「盗ったなど。そもそも婚約が決まっていたわけでは」
「お黙りなさい」
ぴしゃりと言い切る。
ハーディーの態度には、どこか煮え切らないものを感じていたのだ。
要領のいい彼ならもう少し手を打ってきそうなものを、これまで特に何もせず私の言うことにしたがっていた。何か考えがあるのかと少し警戒していたが、何のことはないほかの女と天秤にかけていたのだ。
「それで? どうするつもりですか?」
問うたがハーディーに答えはない。私との婚約は断れるものではない。一族の将来にもかかわってくる。
一方でソネアさんとも、それなりに深い仲だったのだろう。
二人とも聡明な人間だ。いがみ合う両家。親が決めた婚約とはいえ、これで二つの家の争いを止めることが出来るかもしれないと理解し、覚悟もあったはずだ。
そして互いの立場や使命を理解しているからこそ、共感するものもあったのだろう。
昨日今日会ったばかりの私と、天秤にもかけられるはずもない。
「まぁ、構いません。彼女もしばらくはここに留まるでしょうし、それまでしっかりと話をしておいてください」
私としてははじめから婚約する気などないのだし、これで断る理由もできた。
しかし少しハーディーにはがっかりだ。もっといい男かと思っていたのに。
私の侮蔑の視線に気づいたのか、ハーディーは肩を落とした。
いつも感想やブックマーク、誤字脱字の指摘などありがとうござい
ダンジョンマスター班目と共もよろしくお願いします