第五話 セッラ商会との取引①
いつも誤字報告などありがとうございます
家に帰って、すぐに領地に戻るのかと思いきや、そうはならなかった。
私はすぐにそうしたかったが、王子が凱旋帰国を果たし、盛大な宴が開かれたからだ。
王子とその仲間たちは英雄と讃えられ、最高の称賛を浴び、だれもが歓喜した。
宴は七日七晩続き、その最後にアンリ王子と聖女エリザベートの婚約が発表され、私との婚約はなかったものとなった。
私は参加しなかったが、伯爵家としてお父様が祝賀会に列席しないわけにはいかず、毎日お父様は馬車を走らせては、自分を蔑ろにする宴に参加しにいった。
正直これは悪いことをしたと思うが、それでもお父様は私に何も言わなかった。
王都にいる間、私は出歩くこともせずに館で謹慎していた。
お父様がつらい思いをしているのに、原因である私がのびのびするわけにはいかない。それにここを引き払うことはわかっていたので、私物を処分することにした。
三年前の服などもう体に合わないし、小物や宝飾品の類も趣味が変わって好みではなくなったので、思い出の品以外は売ってお金に替えることにした。
さらに昼間は暇だったので、お父様の部屋に忍び込み、領地に関する書類を見せてもらう。
連日の宴で、領地運営の仕事は滞っており、書類は積みあがる一方らしい。いくつか書類を見ていると、経理担当がまとめた報告書があった。
領地に関する経理報告を見るのが初めてで、読み方に苦労したが、慣れてくると大体のことがわかってきた。
ざっと見てわかることは、領地から得られる税収は全体的に右肩下がりということだった。
報告書をまとめた経理担当は、魔王軍の脅威や連中が放った魔物が領地を荒らし、若い男は兵隊にとられ、労働力が不足していることが主な原因だとしていた。それは否定しないが、度重なる徴税により、全体的に経済が冷え込んでいることも理由の一つだろうと私は予想する。
特に領地の特産品である、磁器の売り上げが落ちているのが何よりの証拠だ。
曽祖父の代に領地で磁器が発明され、この売り上げが我がグラハム家の隆盛を支えた。
我が家の食器は世界各国の王家や貴族の愛用品として親しまれているが、時は乱世だ。贅沢品の需要は低下している。商品がだぶつき、商人に買いたたかれているようだった。
ほかにもお父様が熱心に進めていた、ワインを蒸留したブランデーやガラス製品など、産業部門の売り上げがよくない。
食料よりも産業の方がもうかると考えて舵を切った政策が、戦時下では裏目に出てしまっている。
お父様も何とか頑張っているが、立て直せないでいるのが現状だ。
他にも領地の書類を丹念に調べる。目当ての場所を見つけ、こちらの書類を精査する。するとなかなか面白いことになっているようだった。
僻地ゆえ、お父様はろくに目を通していないし、経理担当も重要な領地でないため、報告をそのまま鵜呑みにして印を押しているが、よく見ればわかる。これは叩けばいろいろ問題がありそうだ。
まとめられた書類を全てもらい、さらに書庫に行き、過去の書類も探す。
さすが我がグラハム家、書庫の整理も万全で探しやすい。
必要な書類をもって部屋に戻ると、出入り商人の間をカイロ婆やが右往左往していた。
「どうしたの、婆や?」
「お嬢様、本当にこれらを売ってしまわれるおつもりですか?」
運び出されていく服や宝飾品などを、婆やは残念そうに見ている。
「仕方ないじゃないの、着られない服なんて持っていても仕方がないでしょ」
それに思い出の品は取ってあるから、売るのはどうでもいいものばかりだ。
「ですが、グラハム家が物売りをするなど」
体面の問題があると婆やは悲しんでいた。
確かに、貴族が家財を処分するのは、あまり外聞がよろしくない行為だ。
「まぁね、でもこれには考えがあるの」
もしかしたら大きな利益になるかもしれない。
「これはこれはお嬢様、この度はどうも我が商会とお取引いただきまして、ありがとうございます」
婆やと話していると、今回の取引相手である、セッラ商会のミネボーがやってきて恭しく頭を下げる。
「当然です。いつも取引させていただいているセッラ商会に来ていただくのは当然のことです」
セッラ商会は出入り商人の一つだ。王国一との呼び声も高く、王都を中心に手広く店を開いている。確かミネボーは商会の跡取り息子だ。今回私のためにわざわざ出向いてくれたらしい。
「どうも、それで、いくらぐらいになりますか?」
早速値段を尋ねてみる。
「これぐらいでしょうか?」
ミネボーは値段を紙に書いて提示してくれるが、それは相場よりもずっと低い値段だった。
足元を見られることはわかっていたが、こちらが想定していた値段の半値以下とは吹っ掛けてくれる。
もちろん彼らは商人だ。利益を唯一の神と信奉し、最大化のために努力するのはわかるし、否定しない。
しかし相手が落ち目と見て侮り、この程度の小さな取引でこの態度はいただけない。
「そうですか、わかりました」
私は相場もわからない馬鹿のふりをして紙を受け取り、サインをした。これで取引は成立だ。
「ところで、もう一つ引き取ってほしいものがあったのです。これはいくらになりましょうや?」
私は机の引き出しから箱を取り出し、中のものを見せる。
それは灰色っぽい石のようなものだった。
今回は短めですがキリがいいのでこれぐらいで