第二十六話 帰郷③
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「ヴェッリ特別顧問のお屋敷に向かって」
実家を出た私は、馬車に乗り込みながら御者に次の目的地を伝えた。私が座席に着くと、御者は鞭を振るい馬車が動き出す。ただ目的地はそれほど離れていない。しばらく道を進むと、行く手に古い屋敷が見えてきた。
灰色の石が積み重ねられ、ごつごつとした外観に蔦が絡みついる。
古臭い造りの屋敷は、遠目には廃墟にすら見える。実際に廃墟だった家を買い取ったものであり、夕暮れ時には不気味に見えた。しかしこれぞヴェッリ特別顧問の家であり、ニッコロ子爵家の別館でもある。
私の教師でもあったヴェッリ先生は、ニッコロ子爵家の次男だ。ニッコロ子爵家は名家と知られており、別の場所には我が家と比べても遜色のない屋敷を構えている。だがヴェッリ先生は実家と折り合いが悪いらしく、古い屋敷を買い取り住み着いていた。
一見するとお化けが住んでいそうな外観だが、馬車が屋敷に近づくと美しい庭が見えてきた。
小さな庭の芝生は綺麗に刈り込まれ、花壇には色とりどりの花が咲いている。手入れが行き届いた庭は、管理する人物の心根が表れているようであった。
馬車を止めて屋敷の前に降りる。屋敷に門番は居らず、私は来訪を知らせる呼び鈴に手をかけた。だが鳴らす前に屋敷の扉が開き、一人の女性が出てくる。
「ロメリアお嬢様」
出てきたのは眼鏡を掛け、栗色の髪を頭の後ろでまとめた女性だった。彼女は私の教師でもあったクインズ先生だ。レイから伝言があったのだろうが、私の到着を玄関で待ってくれていたらしい。
「突然押しかけてすみません。先生」
「いえ、よく来てくださいました。さぁ、あばら家ですがどうぞおあがりください」
クインズ先生は手を差し述べて屋敷に誘い、私は言われるままに中に入った。
あばら家などと言っていたが、屋敷の中はとても素敵だった。部屋は暖かい光に包まれ、磨き上げられた床には埃一つ落ちていない。品のいい調度品が並び、快適で居心地のいい空間となっていた。
「あいにく主人はまだ戻っておりません。レイ様が捕まえて、こちらに向かっていると思うのですが……」
クインズ先生が、ヴェッリ先生の不在を告げた。仕方がないし、待っていれば会えるだろう。それよりも私は笑みを浮かべ、クインズ先生を見た。
「どうかされましたか、お嬢様?」
「いえ、別に。ただ、奥さんしているんだなと思いまして」
私は先程の『主人』という言葉を思い返した。
「なんです、急に」
クインズ先生は顔を赤らめながら背を向ける。先生を揶揄って悪いが、私にはこれぐらい言う権利があるはずだった。
「いや、お二人が仲睦まじく、教え子として喜ばしく」
私がいやらしい笑みを浮かべると、クインズ先生は恥ずかしそうに頬を染めた。
クインズ先生とヴェッリ先生は、私の子供時代の教師だった。二人は若いころ机を並べて学んだ仲であり、また互いの才能を認め合っていた。私は二人が一緒になればいいと思っていたが、二人は喧嘩ばかりで付き合うそぶりを見せなかった。
クインズ先生をさらに揶揄おうとすると、部屋の奥から火のついたような泣き声が上がった。
「あらあら、いけない。お嬢様、失礼します」
クインズ先生はパタパタと急ぎ足で奥の部屋に向かう。私もついていくと、囲いがされた小さな寝台の上に、一歳程の女の子が横になっていた。女の子は顔を真っ赤にして泣き叫んでいる。
「あらあら、フィー。どうしました?」
クインズ先生は両手を伸ばし、女の子を抱き上げる。お母さんに抱かれて安心したのか、フィーは泣き止み、瞼を閉じて寝息を立て始めた。
よしよしとフィーを抱きながら、クインズ先生は鼻歌を唄う。
我が子を抱くクインズ先生と、母に抱かれて眠るフィーを見て私は目を細めた。
クインズ先生とヴェッリ先生は、私の知らないところで付き合っていた。どうも教え子である私の前で、ふしだらなところは見せられないと思っていたらしい。そして二人の間には子供ができ、妊娠を機に結婚した。
先生達の言い分も分かるが、私は二人の関係にやきもきしていた時期もあり、ちゃんと伝えてほしかった。揶揄って仕返しの一つもしたくなる。だがフィーの寝顔を見ていると、全てが帳消しになってしまう。
「お嬢様、抱いてみますか?」
眠るフィーをあやしながら、クインズ先生が僅かにフィーを持ち上げる。
「え? いえ、いいですよ」
私は一歩下がると、両手を前にして振った。
クインズ先生のお子さんであるフィーとは、これまで何度か会ったことがある。しかし抱いたことはない。いろいろと理由をつけて断ってきた。
「お願いします、抱いてやってください」
クインズ先生は譲らず私に抱かせようとする。
「でも……」
私は手袋に包まれた、自分の手を見た。私は死に触れ過ぎた。人々を救うという名目のため、兵士を戦場に駆り立てた。そして多くの兵士の死を看取った。
私の手の中で、死んだ兵士は数え切れない。看取ることなく死んでいった兵士達はさらに多い。その私が子供に触れていいはずがない。
「お嬢様。抱いてください」
クインズ先生は三度私に勧めた。私は視線をさまよわせる。一方クインズ先生の瞳は揺るがない。これは断れなかった。
「わ、分かりました」
私が頷くと、クインズ先生は私の手を包む手袋に目を向ける。
「手袋をお預かりしましょうか?」
全てを分かっているといった顔で、クインズ先生は会釈した。
私はある時期から、手袋を欠かさないようにしていた。淑女のたしなみではなく、人の死に触れ過ぎた私が、不吉な存在であると自分でも思うようになったからだ。
「いえ、大丈夫です」
私は自分で手袋を外しそばの棚に置いた。そしておずおずとクインズ先生に両手を伸ばす。
クインズ先生はニッコリと笑顔を浮かべて、フィーを渡した。
眠るフィーを抱いた瞬間、想像以上の重さに驚いた。そして手袋を外した手から、温もりと柔らかな感触が伝わってくる。
産着越しに伝わる柔らかな熱は私をじんわりと温め、壊れそうなほど柔らかいフィーは、何の不安もなく眠っている。
フィーを抱いて、私はたまらなくなった。顔がくしゃくしゃになり、何故か目から涙が零れてくる。
「温か……、柔らかい、ですね」
涙を零してフィーを起こしてはいけないと分かっていたが、それでも涙を止められなかった。涙ながら、私は今更ながらに気づいた。
自分がどれほど疲弊していたのかを。
私は辛かったのだ。多くの兵士の死を見届け、増え続ける戦死者名簿を綴るのが。
心の奥底では、これほど人を死なせて、何故戦わなければいけないのかと、疑問が浮かんでいたのだ。
だがもはや悩みはない。答えは私の腕の中にある。
この子のためだ。この子達に私のような苦しみを背負わせぬために、私はこの戦いを終わらせなければいけないのだ。
涙を零す私の肩を、クインズ先生がそっと手をかけ抱擁してくれる。
そして私はそのまま少し泣いた。
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