第十二話 不可解な撤退③
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対峙するアルビオンとガリオス見て、ゼータは生唾を吞み込んだ。もし両者が激突すれば、この場にあるものは全て破壊し尽くされる。そばにいる自分など、木の葉のように吹き飛ばされるだろう。だがゼータの予想に反して、アルビオンはそれ以上馬を進めず、ガリオスもまた前進しなかった。
ガリオスが牙の並ぶ口を開き笑う。対するアルビオンも口の端に笑みを見せる。
笑う両者を遮るように、不協和音が響き渡った。音の発生源であるグラナの長城に目を向ければ、巨大な門がゆっくりと開いていく。
開かれた門から、巨大な影が姿を現す。竜だ。ごつごつした鱗に大きな口、巨体を二本の後ろ脚で支えて進む姿は、伝説に語られる暴君竜の姿だった。
数ある竜の中でも最強と呼ばれる暴君竜だが、ガリオスの前では霞んで見えた。
暴君竜の口元には鎖の手綱が取り付けられ、十体の魔族が力を合わせて引いていた。暴君竜が嫌そうに首を振ると、それだけで十体の魔族が引きずられそうになる。魔族達は何とか暴君竜をガリオスのもとへと連れていく。ガリオスは鎖の手綱を左手で受け取ると、手綱を引き寄せた。何気ない動作だが、ただそれだけで暴君竜の巨大な頭がガクンと下がった。十体の魔族が必死に引いていた竜を、ガリオスは片手で操るのだ。
前かがみとなった暴君竜をガリオスが見上げたかと思うと、ひょいと身を翻してその背に跨る。最強の暴君竜も、ガリオスにとっては馬扱いらしい。
開かれた門の中へ、魔王軍の兵士達が整然と並んで入っていく。どうやらガリオスが出てきたのは、殿となって兵士の収容を守るためらしい。
グラナの長城を守る兵士と兵器に加え、ガリオスが最後尾で守りにつくとなれば、これは鉄壁の守りといえた。もはやゼータは色気を出して、攻撃をする気すら起きなくなった。
魔王軍の兵士は続々とグラナの長城へと撤退していく。だが魔王軍の軍勢が半分以上収容された頃だった。グラナの長城の門が、音を立てて閉まっていく。
門の前には、まだ一万体近くの魔王軍が残っていた。彼らは閉まりゆく門を前にしても動かず、中に入ろうともしない。そして巨大な門は完全に閉まった。
門の前にはガリオスをはじめとして、一万体程の魔族が残っている。その軍勢の中には装甲竜に跨るイザークに三本角竜に乗るガダルダ、剣竜に騎乗するガストンと怪腕竜とガオンの姿もあった。
何故かグラナの長城に入城しなかった魔王軍は、暴君竜に跨るガリオスを先頭にして、南に進路を向けて進み始めた。
「なんだ?」
魔王軍の不可解な行動に、アルビオンが片眉を上げる。ゼータやアルビオンがいる西ではなく、南下する魔王軍の行動は意味不明であった。
アルビオンは兵士を呼びつけ、すぐさま後方の本陣に伝令を送った。
「ベトレー、我らもジスト将軍に伝令を送れ。魔王軍に不可解な動きあり、我々は警戒しながら追跡すると伝えろ」
ゼータが命じるとベトレーも頷き、隼騎士団の騎兵を一人呼びつけて伝令に走らせる。
「よし、いくか」
声をかけてきたのはアルビオンであった。彼もまた南下する魔王軍を追跡するつもりらしい。
「何をしてくるか分からん。偵察を出し、十分距離をとって追いかけよう」
アルビオンの提案に、ゼータも頷く。そして轡を並べ魔王軍を追跡した。
馬を進めながら、ゼータは周辺の地形を頭に思い浮かべた。
この地にはかつて、ローエンデ王国という国が存在していた。魔王軍が最初に侵略した国であり、もう十年以上前に滅ぼされている。ここより南へと下れば、川が流れている。川に沿ってさらに南に行くと、平原があり中ほどに岩山があったはずだ。以前ゼータが平原に馬を走らせたとき、岩山の上に廃棄された山砦を見た覚えがある。その平原より南は険しい山や深い森が広がり、大規模な軍隊が侵入するのが難しい場所だったと記憶している。
魔王軍が何をしたいのか、ゼータはわけが分からずとにかく馬を進めた。
しばらくすると記憶どおり川が見えてくる。南からまっすぐ伸びる川は、ゼータ達の前で東へと大きく曲がっていた。
魔王軍はそのまま川沿いを南下していく。ゼータ達の前は川で遮られているが、川の水量は一番深いところで兵士の膝程であった。川幅は馬五頭分から、七頭分といったところ。十分に渡河が可能であった。
ゼータ達は魔王軍の襲撃を警戒しながら渡河を行う。だが渡河の最中に魔王軍に攻撃されることはなく、川を渡ることが出来た。上流に向かって進むと、川の右手側を進む魔王軍が見える。川を挟んで、ゼータ達は川の左手側を進んだ。
連合軍と魔王軍が、川を挟んで並走する形となった。
魔王軍から雄叫びがあがる。しかし飛んでくるのは声だけだ、決して攻撃しては来ない。
「挑発に乗るなよ。この地形じゃぁ、先に手を出したほうが不利だ」
アルビオンがゼータに注意する。だが言われずとも分かっている。水量の少ない川であるため、対岸に渡ることは容易だ。しかし川を渡るとなれば、水に足を取られるためどうしても遅くなる。その間に魔王軍に好きなだけ攻撃されるだろう。
もっともそれは魔王軍も同じである。連合軍と魔王軍は共に先手を取る愚を犯さず、互いに威嚇し合いながらも並走した。しばらく南下を続けると、偵察に出した隼騎士団の斥候が戻ってくる。
「ゼータ様! こ、この先に砦が築かれています!」
「砦だと⁉︎」
ゼータと共に報告を聞いていたアルビオンが眉間に皺を寄せた。
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