第八十六話 二人の女王 二人の王女
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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夜も更けたジュネブル王国の白鳥宮。その離宮の一室にジャネット女王の部屋はあった。
面会の約束を取り付けた私は、レットとシュローを伴いジャネット女王の部屋を訪ねた。
大きな寝台が据え付けられた部屋には、ヴェールを外した喪服姿のジャネット女王がいた。就寝前だったのか、すでに侍女も下がらせている。大きな窓からは月明かりが注ぎ込み、寝台にはジュジュ王女の姿があった。だがすでに眠っているらしく、か細い寝息が漏れる。
「このような夜更けに、お邪魔して申し訳ありません。ジャネット女王」
夜の訪問を詫びると、ジャネット女王は赤い唇を歪めるように笑った。
「とんでもない。ロメリア様にはディナビア半島奪還に、並々ならぬ骨を折っていただきました。こうしてジュネブル王国が再出発できるのも、全て貴方のおかげです」
「いえ、私は少しお手伝いしただけで、祖国を思う民の力ですよ」
「ありがとうございます。力を貸してくれた貴方や民の為にも、良い国を作ろうと思います」
ジャネット女王は軽く会釈をする。
私は儀礼的な会話を終えた後、寝台に目を向けた。そこにはジュジュ王女が眠りについている。
「申し訳ありません、ジュジュは眠ってしまいまして」
「いえ、子供には遅い時間ですので」
私は寝顔を見せるジュジュ王女に目を細めた。
「それで、ロメリア様。一体どのような御用でしょう?」
「はい。調印式も終わりましたので、最後にジャネット女王に確認しておきたいことが」
「さて、なんでしょう。私に答えられることなら良いのですが」
問い返すジャネット女王を見た後、私は息を吸い込んだ。
「ジャネット女王。貴方はジャネット女王の替え玉である、タリアですね?」
私の問いの後、一拍の間があった。しばらくして軽い鼻息と共に、ジャネット女王の口がゆがむ。
「何を言われるかと思えば、私はジャネットです」
「そうですね、ジャネット女王。今日は各国の代表が集い、ジュネブル王国の再興を認める調印式が行われました。世界中の国が貴方をジャネット女王であると、承認したわけです。私もこれに、異を唱えるつもりはありません」
私は自分の態度を明らかにした。
すでに調印式は終わったのだ。もしここでジャネット女王が偽物であったとなれば、大変面倒なことになってしまう。もはやジャネット女王が本物か偽物かなどどうでもよく、本物でいてもらわねばならないのだ。
「そのうえで問います。貴方はタリアですね」
私は再度問うと、また一拍の間があった。ジャネット女王の赤い唇がゆっくりと開かれる。
「……何故、そう思われるので? 貴方はタリアに会ったこともないでしょう?」
ジャネット女王の指摘する通り、私は捕虜交換で目の前の女性が戻ってくるまで、ジャネット女王にもタリアにも会ったことがない。見た目での真贋はつかない。だがその必要はないのだ。
「一番の理由は、デルー司祭の診察ですね」
私はジャムールを解放した後にあった、出来事を思い出した。
「王婿マーナンの侍医であったデルー司祭は、妊娠したタリアを診察したことがありました。その時、タリアの腹部に痣があることを知った」
「それが何だと? 貴方も見たではありませんか。私の腹部には傷があり、痣は確認出来なかったでしょう?」
ジャネット女王が反論する。確かにその後ジャネット女王がデルー司祭に診察を申し込み、腹部を露わにした。そこには深い傷があり、痣の有無は確認出来なかった。診察には私も同席したので、間違いない。
「それが理由です。貴方は自分がタリアではないと証明した。ですが、本物のジャネット女王なら、そんなことをする必要がないのです。証明してしまったことが証拠なのです」
私の指摘に、ジャネット女王は射貫かれた様に目を見開いた。
本物は自分を本物だと、証明する手段をあまり持たない。自分を本物だと証明しなくても、自分が本物だと自分で分っているからだ。そもそも疑われること自体が、心外だとなる。
一方で偽物は違う。自分を偽物だとわかっている以上、本物だと証明したくなるのだ。だがそれが本物との大きな違いだ。
「貴方はデルー司祭だけでなく、診察に私も同席させ、真偽はつかないことを証明しようとしました。あれを見て貴方がタリアであると確信しました」
私の言葉に、ジャネット女王は口を開き、何かを言おうとして閉じ、そして再度開いた。
「……なら、何故その時に指摘しなかったのです?」
「別に貴方が本物でも偽物でも、それはどうでもよかったからです。ジュネブル王国の民が多く残っている以上、ジュネブル王国を再興する方が理にかなっています。連合軍は分割統治をしたかったみたいですが、どう考えても後々の火種になります」
私に言わせれば、分割統治など非合理の極みだった。
大して仲が良くない連合各国が、国境を接する領地を得るのだ。いずれ問題が起きるに決まっている。そしてどこか一つがもめれば、それはディナビア半島全体に波及する。それに加え他国の人間に使われる、旧ジュネブル王国の民も面白くはない。いつか必ず独立運動が起きる。分割統治は将来の禍根にしかならない。
「貴方がタリアであることを公表するつもりはありません。ですが貴方はどこかこの国を憎んでいる。違いますか?」
私は燃え落ちるジャムールの街や、白鳥宮を見て笑っていたジャネット女王の顔を忘れることができなかった。
何があるのかは分からないが、ジャネット女王の心の奥には憎悪の炎が渦巻いている。
「貴方はこの国をどうするつもりです」
私の懸念はそこにあった。別に目の前の女性が本物でも偽物でもいい。そもそも本物のジャネット女王は、政治には無関心な人だったらしい。ならば偽物であっても、民を鼓舞してここまで連れて来た彼女の方が王座にふさわしいだろう。だが個人的な憎しみから、国を亡ぼすと言うのなら、たとえ彼女が本物の女王でも看過できない。
私が決意をもって問うと、ジャネット女王は笑みを浮かべた。その顔からは力が抜け、まるで別人の顔になったように見えた。
「ロメリア様。貴方は本当にお優しい方なのですね……」
女王の仮面が剥がれ落ちた女性の顔には、これまでにない優しさがあった。
「それはどういう?」
「確かに私はタリアです。ですが安心してください。私はこの国と、そして国民に恨みはありません。恨んでいるのは王家。いえ、マーナン王とジャネット女王だけです。彼と彼女の痕跡を消したかった。だから思い出のあるジャムールと白鳥宮を焼き払いたかったのです」
タリアは静かに目を伏せた。
「一体何があったと言うのです」
私が問うと、タリアは月明かりが注ぎ込む窓辺へと歩み寄り、背中を見せる。するとシュルシュルと紐をほどく音が聞こえ、まるで糸を切ったように、喪服が体を滑り足下へと落ちていく。
タリアが振り返った。
月明かりに照らされ、白い肌が浮かび上がる。肩から乳房が露わとなり、お腹から腰、そして下半身もすべてが隠されることなくさらけ出される。
タリアの裸体を見て私は息を呑んだ。護衛のレットとシュローも目をそらす。女性の裸を見るべきではないと言う振る舞いからではなく、その姿が痛ましいゆえだ。
タリアの体には、おびただしい数の傷あとが刻まれていた。それは全身余すことなく存在しており、傷がないのは顔と手だけと言うほどだった。
ただの事故ではこのような傷はつかない。明らかに拷問の後だった。
「それは、その傷は一体……」
私の声は震えていた。腹部に傷があることは知っていたが、あれだけではなかったのだ。
「魔族の拷問ではありません。これを行ったのはジャネット女王です」
タリアの告白に、私は息を呑んだ。
本物のジャネット女王は嫉妬深く、夫のマーナンに近づく女を許さなかった。しかし女癖の悪いマーナンは、替え玉のタリアに手を出して妊娠させた。もしこの事実をジャネット女王が知っていたとなれば……。
「ジャネット女王が全てを知ったのは、自分の出産を終え、そして私が子供を出産した直後でした。女王は私を地下牢に閉じ込め、思いつく限りの拷問を、自らの手で行いました」
ジャネット女王は自らの体に手を這わせて抱きしめた。想像を絶する苦痛が、彼女を苛んだことだろう。
「拷問は魔王軍が侵攻してきても続きました。魔王軍が国土を蹂躙し、王都を包囲してなお、女王は嫉妬に狂っていたのです。そしてマーナン王は、自分の欲望のために私に手を出しておきながら、助けようともしなかった」
タリアの声には、憎しみがあった。
マーナンがタリアに手を出したのは、ジャムールに居る時だろう。そして拷問を受けていたのが白鳥宮だとすれば、彼女がこの二つを焼き払いたかった気持ちも理解できる。だがまだ分からないことがあった。
「ジュジュ王女はどちらなのです? 貴方の子ですか、それともジャネット女王の子なのですか?」
私は寝台で眠るジュジュ王女を見た。
ジュジュ王女はジャネット女王、王婿マーナンと共に殺されたことになっている。ジャネット女王とマーナンが本物だとしても、ジュジュ王女はどちらだったのか?
「分りません。私は生まれた我が子を抱いていないのです。顔を見る前に、ジャネット女王がやってきて私を捕らえました」
私の問いにタリアは首を横に振った。
「奪われた我が子がどうなったのか、私も手をやって調べました。ですが真相を知る者は一人残らず殺されており、分からないのです。魔王軍に殺されたのは私の子なのか、それともジャネット女王の子なのか……」
タリアは寝台に歩み寄り、ジュジュ王女の寝顔を見つめた。その眼差しは驚くほど冷たい。
「貴方はその子を、ジュジュ王女を愛しているのですか?」
問いながらも私は、タリアに愛していると言ってほしかった。
たとえ誰の子であったとしても、ジュジュ王女に罪はない。
この子は私の子供だと、愛していると言ってほしかった。しかし……。
「わかりません」
タリアは笑った。だがその目は穴でも空いているように、暗く底が見えなかった。
「私もこの子を自分の子だと、愛したいと思っているのです」
タリアが眠るジュジュ王女を見下ろす。
「ああ、でもこの子は似ている。この目元も、この口元も、私に鞭打ち笑ったあの女にそっくりだ」
タリアの声には、底知れない憎しみが込められていた。だがそもそもタリアとジャネット女王は、瓜二つと言っていいほど顔が似ているのだ。その面影を我が子の顔に見つけると言うことは、自分の面影でもあるのだ。
私は手を握り締めた。タリアにジュジュ王女を愛することは出来ない。残念だがこれはもう仕方がなかった。だが私にやれることはまだあった。
「タリア、ジャネット女王。私は貴方が何者でもかまいません。しかし貴方がジュジュ王女を愛せなくなり、手をかけようとするならば、私は貴方が何者であっても許しません」
私は宣言した。
子を愛せない親もいる。私の母もそうだったし、それは仕方がない。だが手をかけることは絶対にさせない。
「その時は、貴方の命を奪ってでも、ジュジュ王女を守ります」
私の宣言に、タリアは救われたような笑みを見せた。
「ええ、その時はお願いします」
タリアはゆっくりと頭を下げた。
ライオネル王国歴七十二年
連合軍はディナビア半島を魔王軍から奪還し、ジュネブル王国の再興を認めた。
同年、ジュネブル王国で戴冠式が行われ、ジャネット女王は正式に女王の座に付いた。
奪還の立役者であったロメリアは軍を引き払い、ガンガルガ要塞に帰投した。その時何度もディナビア半島に振り返る、ロメリアの姿が目撃されたと言う。
この話数を持って、ディナビア半島編を終了とします
来週からは、ガガガブックスから電子書籍限定で発売されている『ロメリア戦記外伝Ⅰ』を連載する予定です。
ただ時系列がep38とep39の間のエピソードであり、このまま掲載すると時系列が少々おかしくなります。
そのため別シリーズとして『ロメリア戦記外伝集』に掲載していこうと考えております。
作者名をクリックしていただけると、ホーム画面に移動できますので、そちらからご覧ください。
お手数をお掛けしておりますが、これからもよろしくお願いします。




