第八十話 届いた!
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クリートの生み出した光が、隠されていた扉の奥を照らす。その光景を見て、私達は絶句した。
扉の向こうは予想通り、海の洞窟と繋がっているようだった。
天井からは滴るように鍾乳石が伸びているが、床と壁は切り出された灰色の石で覆われていた。洞窟には海から海水が流れ込んでいるが、石の床は海辺まで伸び船がつけられるようになっている。ジュネブル王国はこんな洞窟の中に、港とも言えるものを作っていたのだ。
だが私達が驚いたのは、この設備ではない。地底の港に停留している一隻の船であった
それは小さな船だった。どれほど詰めても五十人は乗れないだろう。また、船と言って良いのかもわからなかった。何故ならばその船には帆柱がなかった。帆を掛ける場所がどこにもなく、櫂も無いため漕ぐことも出来ない。
代わりに本来は帆柱がある場所に、奇妙な物体が置かれていた。
金属でできた箱のようなもので、中央からは煙突状の筒が上に突き出ている。また船体を横切る形で、車軸のように太い金属の棒が船の外にまで伸びていた。棒の両端には水車の車輪が備わっている。
奇妙、あまりにも奇妙な形の船だった。人類に多くの国はあれど、このような船を持っている国はどこにも無いだろう。
しかし私はこの船を知っている。かつて二度だけだが、これと同じような形の船に乗ったことがある!
「こ、これは……」
私の隣にいるクリートが声を震わせる。
「まさか、魔法で動く船か!」
宮廷魔導士であるクリートは、一目でこの船の動力を理解した。
魔王ゼルギスは魔法の力で動く船、魔導船を作り上げた。
私は魔王ゼルギスを倒すために魔導船に密航し、魔族が住む魔大陸ゴルディアへと渡ったことがある。
ここに置かれている船は規模こそ違うが、ゼルギスが建造した魔導船と同じ外観をしていた。
私は全てを理解した。
ガンガルガ要塞が陥落したおり、私は魔王軍と交渉してディナビア半島に残る魔王軍が脱出できるようにした。しかしズオルムをはじめ一万体の魔族が何故かディナビア半島に残り、頑なに抵抗した。
何故彼らがディナビア半島に残ったのかがわからなかったが、全てはこれが、この船が原因だったのだ。
ディナビア半島に残った魔族達は故郷を想い、再び魔大陸の大地を踏もうと魔導船を建造していたのだ。
私はクリートを見た。彼は魔導船を前に呆然としていた。
「クリート、クリート! 宮廷魔導士クリート!」
私が三度名を呼ぶと、クリートはようやく我に帰り私を見た。着ているローブの胸には膨らみがあり、手紙の上部がのぞいていた。ライオネル王国への帰国を許可する書類だった。
私は手を伸ばし、クリートの上着から手紙を奪い取った。
「先ほどの命令は撤回します。貴方の帰国を許可しません」
私は手紙を握りつぶした。
「貴方はこれから、この装置の研究をしてもらいます。この仕事が終わるまで、貴方を決して国には帰しません。いいですね」
私は小型の魔導船を指差して命じた。普段こう言った強権を振るうようなことはしないが、今だけは特別だった。
ズオルムが作った魔導船。これを理解するには最高の魔導士がいる。優秀な魔導士であるクリートを国に返している場合ではなくなった。
クリートは私の命令を聞き、呆然としながらも顎を引いた
「わかった、やる。やってみせる」
クリートはフラフラとした足取りで、小型の魔導船に近づく。そして奇声をあげて笑った。
「ハハッ、すげぇ! なんだこれ。どうなっているんだ! この外の外輪と車軸は単純な原理だな! だがどうやってこれを回しているんだ? なんで煙突がある?」
クリートは浮かれた子供のようにはしゃぎながら、小型の魔導船に乗り込もうとする。船には細い渡し板があるが、クリートは足を踏み外し落ちそうになる。メリルが慌てて支えようとするが、クリートは自分で板にしがみつき、這うようにして船に乗り込む。
「どう言う装置だ? どんな仕掛けがある? ああ、ぜんぜんわからん!」
半笑いの笑顔を浮かべながら、クリートは船の内部を調べて回る。そして一冊の本を見つけた。
「おい、ここに本があったぞ! 多分作ってたやつの研究資料だ! ああクソ! 魔族の言語で書かれてやがる。おい、ロメリア! 通訳を呼べ、すぐに翻訳させろ! あとガンゼのジジイを呼べ。この船の構造を調べるにはあいつの力がいる。というか兵士もだ。この船を陸にあげるぞ! おい! ロメリア! 聞いているのか! ロメリア!」
クリートが船の上で早口で捲し立てる。もちろん聞いていた、ただ私も興奮していたのだ。全身が震え、体中の毛が逆立つのを感じる。
私の最終目標は、魔大陸に囚われている人々を助けて解放することにあった。だがこれを公言したことはない。あまりにも荒唐無稽すぎるからだ。
魔大陸に渡るには魔導船が必要であり、作り方すらわかっていなかった。一から研究するとなれば途方もない時間がかかり、私の一生を掛けても、実現可能かどうかわからなかった。
正直に言えば、心が折れ掛けるところもあった。魔大陸は余りに遠く、とても届きそうになかった。
だが今は違う!
目の前にある魔導船は、恐らく未完成だろう。もし完成しているのなら、ズオルムはとうの昔に逃げ出しているはずだ。しかし未完成でも研究の足掛かりにはなる。人類が総力を結集すれば、船の再現は可能なはず。
遥か遠くの魔大陸が、見えるほどに近くに感じた。
届いた!
私は拳を握りしめた。
次週は緒とお休みします、次回更新は九月一日を予定します




