第七話 蟻人掃討戦⑤
意識を取り戻したオットーはまるで草でも刈るかのように戦槌を振り回し、迫りくる蟻人をなぎ倒している。
「オットー! そのままそこで支えて!」
私の命令に、オットーは槌を振るって答えた。
巨大な鉄塊である槌がうなり声をあげて振り抜かれると、華奢な蟻人など人形の様に蹴散らされていく。
見ていて気持ちがいいほどの快進撃だ。
大振りの一撃をかいくぐろうとする蟻がいたが、カイルが投げナイフを投擲してその隙をふさぐ。
二人は正面に置かれた岩とそれを支える柱だ。戦力の主軸が出来ればやりやすい。
「先生!」
「そこの七人。オットー達を補佐しろ。穴をふさぐんだ」
さすが先生。私が言うまでもなく準備を整え、的確な指示を下してくれる。
後方に目を向ければ、さっき出した指示が通り、兵たちが集結している。しかしまだか細い。戦線と呼ぶには不安定すぎる。ここからさらに押し返す。
「グレイブズ! こちらに戻りなさい。途中で三人味方がいるので回収して。ミーチャとセイもベン・ハンス隊と合流しながらこちらに戻りなさい。ボレル・ガット隊は戻りましたね。ここで戦線を支えなさい。いいですか皆さん、いまから十数えます。数え終わった瞬間にそれぞれ前に一歩前進。いいですね、一歩前進ですよ! いきますよ! 十! 九!」
私はゆっくりと数字を数えた。戦線では集結した私たちを突き崩そうと、蟻人が押し寄せる。だが防御に徹する兵士たちに阻まれ、勢いが徐々に弱まっていく。
今ならわかるが、戦場とは波のようなものだ。一人一人の力は弱いが、集まることで勢いが生まれる。しかしその勢いは決して永続しない。力を合わせて強く高まるが、潮の満ち引きの様に増減を繰り返す。いま蟻人の勢いは強いが、徐々に弱まりあと数秒で最低にまで落ち込む。
三、二、一!
「今です、一歩前進!」
「「「はっ!!!」」」
私の声とともに、兵士たちが一斉に槍を繰り出し一歩だけ前進する。
ただの一歩である。しかしその一歩は蟻人の群れを押し返し、入り乱れあやふやだった戦線に、まるで定規で引いたかのような、綺麗な防衛線が築かれた。
「ははははっ、信じられん」
自分もその一部を担っていながら、ヴェッリ先生は自らが成し遂げたことが信じられない様子だった。私も今の自分に現実味が持てない。夢でも見ている気がするが、だが夢なら夢でも構わない。常に今やるべきことをやるだけだ。
「ミーチャ、セイ。ベン・ハンス隊は戻りましたね。グレイブズ隊もここに集結。先生、ここを頼みます。私は孤立しているグレン・ゼゼ隊を救助に向かいます」
グレン・ゼゼ隊は戦場にあえて残し、近衛蟻で構成された敵主力にぶつけている。あの敵を止めておかなければ、集結がうまく行かなかったからだ。だが敵の猛攻に会い危険な状況だ。すぐに救援に向かわないといけない。
「おい、ロメリア危険すぎる」
「ミーチャたちがいれば大丈夫です。それよりも爆裂魔石に注意してください。まだ隠し持っているかもしれません」
おそらく使い切っていると思いたいが、確実とは言えない。
「ミーチャ行けますか? 行きますよ!」
聞いておいて返事を待たずに剣を振るう。指揮官が前線に出るのは悪手だと思うが、兵をついてこさせるのには都合がいい。ロメ隊の面々も、私を守るために仕方なく前に出て敵を薙ぎ払ってくれる。
「急ぎますよ、駆け足!」
戦線から一歩を踏み出すと、そこは津波のごとき蟻人の群れだ。
私が戦線を回復するために味方を集めたため、周囲は混乱の渦から濁流へと変化を遂げている。
グレン・ゼゼ隊を救援に行くには、これをかき分ける必要がある。
「こっちです!」
濁流のごとき敵の群れだが、臆することなく私は進む。
今の私には、それぞれの流れが俯瞰して見えた。
勢いの強い所や弱いところ、意識が集中し、束となって突き進もうとしている部分もあれば、意識が向いていない個所も手に取るようにわかる。
「ミーチャ、セイは先頭に、私の指示通りに進みなさい。ベン・ハンス隊は左右を固めて」
部隊を矢のように固めて、剣で進路を指示する。
「右に進んで敵の切れ目を突破、左に折れてそのまま直進。蟻人の側面をつけますから力押しで押し切ってください。敵を倒す必要はありません駆け抜けることだけを考えて!」
意識の向いていないところや、勢いの弱いところ。部隊のつなぎ目を選んで突き進む。
戦いは勢いだ。数で劣っていても、弱いところに強い勢いをぶつけてやれば簡単に突破できる。
「グレン・ゼゼ隊! 助けに来ましたよ」
戦場に取り残されていた二人の隊は、もはや満身創痍と言えた。仲間をかばいあいながらもなんとか立っている。
当然だろう。相対するは鎧を着込んだ近衛蟻を主軸に据えた部隊だ。彼らがここで敵を止めていてくれたからこそ、後方を再編することできた。
「かかれ!」
ミーチャたちが襲い掛かり、近衛蟻とぶつかる。
近衛蟻は精鋭だが、こちらも精鋭で固めてきている。
「ロメリア様! どうしてここに? おい、お前たち、ロメリア様を守れ」
グレンとゼゼは自分たちの怪我も忘れて、私の周囲を守ってくれる。
「さっさと死ね!」
セイが気炎を上げ、ベンやハンスも敵をなぎ倒していく。最後の一匹をグレイブズが倒し近衛蟻の部隊を殲滅する。
しのぎ切った!
私は後ろを振り返り、はるか前線の向こう、蟻人を指揮する王蟻に向かって刃を突きつける。
遠い戦場の端から端だ、王蟻など文字通り蟻ほどにしか見えない。しかし間違いなく私たちは互いの視線を感じた。王蟻は刃を突きつける私を見据え、私は王蟻の複眼に怒りの炎が宿るのを確かに見た。
王蟻が昆虫の指先で王杓を握り、怒りと共に前に振るうと、周囲を守護していた近衛蟻を中心とした部隊が前進を開始する。
俯瞰した私の視界が、敵の意識が動いたのをはっきりと感じた。
本陣を守っていた兵士たちが前のめりとなり、周囲への警戒が解かれる。
今です! アル、レイ!
戦場にいる最高の切り札たちに向かって、声ならぬ合図を送った。