第七話 港造り⑦
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記が発売中です。
BLADEコミックス様より、上戸先生の手によるコミカライズ版ロメリア戦記も発売中です。
マグコミ様で連載中ですよ。
「そういえば母さん。ポーラは?」
ボレルが母であるポーラさんに尋ねた。
「さっきまでそこに居たけれど、ああ、あそこに居るわよ」
ポリセラさんが指を向ける。指の先には若い女性がいた。ボレル達よりも少し若く、明るい金髪をしており柿色のワンピースに紺色の胴衣を締めている。
「あいつ何やっているんだ?」
ボレルが首をかしげる。ポーラと呼ばれた女性は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら足音を殺してゆっくりと歩いている。向かう先には書類を手にしたガットがいた。ガットはガシガシと頭を掻きながら、書類とにらめっこをしている。
「えーっと、これはなんて読むんだ?」
眉間に皺を寄せるガットの後ろから、ポーラさんが忍び寄り肩越しに書類を覗く。
「それは足場用木材ね」
「おう、あんがと……って、ポーラ?」
背後からの声にガットが答えた後、ポーラさんを二度見する。
ポーラさんとガットは、どうやら知り合いらしい。そういえばガットとボレルは同じ村の出身で仲もいい。家族ぐるみで遊ぶこともあったのだろう。
「久しぶりね、ガット。兄さんからの手紙で、頑張っているって聞いていたけれど」
「おっ、応よ。ロメリア様の下で働き、俺も一人前の男よ」
ガットは胸を張る。その顔は赤みを帯び、声は僅かに上擦っていた。
「ふ~ん。とてもそうは見えないんだけど?」
ポーラさんは眉を上げ、ガットの頭からつま先までを値踏みする。
「そんなことはない。こう見えてもロメリア様直属のロメ隊の一人だ」
「その話は兄さんから手紙で聞いているけれど、それ本当なの?」
「ああ、本当だ。五十人隊の副隊長だ。出世頭なんだぞ」
目を細めるポーラさんに対し、ガットは自分の胸を叩く。確かにガットは、ボレル率いる五十人隊の副隊長だ。出世頭といっても嘘ではない。
「その割には、まだ字は読めないのね」
ポーラさんが冷たい視線で、ガットが持っている書類を見る。
「ロメ隊ってすごい人の集まりなんでしょ、字も読めない人に務まるの?」
ポーラさんの的確な指摘に、ガットが顔を凍り付かせる。
「おい、ポーラ。あまりいじめてやるな」
ボレルが見かねて声をかける。二人に歩み寄るボレルに、私もついて行く。
「あっ、ボレル兄さん。久しぶり。でも仕方ないじゃない。あのガットがロメリア様直属のロメ隊で、ボレル兄さんと共に五十人の兵士を率いているなんて、信じられないし」
ポーラさんがガットに白い目を向ける。
「本当だよ、ポーラ。ガットはロメ隊の一員だ。ねぇロメリア様」
「えっ、ロメリア様って、あのロメリア様ですか?」
ボレルが私を見ると、ポーラさんは目を見開き手に口を当てる。
「ロメリア様。こいつは俺の妹のポーラです」
「初めまして、ポーラさん。ロメリアといいます」
ボレルに紹介され、私は会釈した。
「し、失礼しました。ポーラと申します」
ポーラさんはスカートの端を摘んで軽く持ち上げ、丁寧なお辞儀を見せる。
「ね、ねぇロメリア様。俺はロメ隊の一人で、五十人隊の副隊長ですよね。ポーラに言ってやってくれませんか?」
ガットがすがるような目で私を見る。こんな目で見つめられると、つい悪戯心が芽生えて知らないと嘘を言いたくなった。だがガットのためにも稚気を抑える。
「ええ、そうですね。ガットは間違いなくロメ隊の一員で、五十人隊の副隊長ですよ」
私が頷くとガットは安堵の息を漏らす。
「ほら、どうだ! ポーラ! ロメリア様もこう言ってる!」
ガットは晴れ晴れと胸を張る。
「このまま手柄を立てていけば、騎士に叙任されることだって夢じゃない。そうしたら故郷に戻って、俺は、その、お前と……」
ガットは顔を赤らめ、視線を彷徨わせる。意を決して告白しようとするも、ポーラさんはガットの話を聞いていなかった。
「あ、あの、ロメリア様」
ガットを無視するポーラさんは、両手を祈るように組んで一心に私を見ていた。
「こちらでは仕事も募集しているという話ですが、本当ですか⁈」
ポーラさんの問いに私は頷く。建設中の港では、あらゆる人手が不足している。工事に従事する作業員だけでなく、料理に炊事に洗濯、女性の働き手も必要としていた。
「私、以前いた村では役場で働いていまして、記入係の補助をしていたんです」
ポーラさんが自分の職歴を語ると、ガットが目を剥く。
「何それ、初耳」
「私も成長しているのよ」
ポーラさんは鼻を鳴らす。
「簡単な読み書きや計算なら出来ます。ここでも経験と特技を生かした仕事がしたくて、記入係の補助として雇っていただけないでしょうか?」
一歩を踏み出すポーラさんに、私は驚いた。
ライオネル王国では女性の識字率は高くない。私やクインズ先生が少数派だ。
「いいでしょう。では明日から、私の側で簡単な雑務を行ってもらいます。仕事ぶりを見て採用を決めましょう。働き次第では補助ではなく、記入係として雇うことも検討します」
ポーラさんがどれだけ仕事が出来るか分からないが、自分を売り込む熱意には好感が持てる。
「本当ですか! ありがとうございます! 一生懸命頑張ります! 見ていなさい、ガット! 私のほうが出世してみせるんだから!」
ポーラさんはガットに向けて指を突きつける。
「待て、ポーラ。俺は……」
ガットが手を伸ばして止めようとしたが、ポーラさんはまたもガットを無視した。
「あっ、母さん。駄目よ、そんな重い物を持ったら」
ポーラさんの視線は、馬車から荷物を運び出そうとしているポリセラさんに向けられていた。身重の母を助けるべく、ポーラさんは駆け寄って行く。
取り残されたガットは茫然と硬直していた。しばらくすると、伸ばされた手が萎れたように落ちる。隣に居たボレルが肩を叩いた。
「確かに、うかうかしていられませんね。せめて字を読めるようにならないと」
私も項垂れるガットに声をかける。
ガットの力量は並の兵士を超えており、私も信頼している。しかし副隊長以上に出世するとなれば、ただ強いだけでは駄目だ。部隊長として兵士を纏め上げ、命令書を読み戦術を理解する頭脳が必要となってくる。出世に読み書きは必須の技能だった。
「……はい。頑張ります……」
力ないガットの声が、地面へと落ちていった。




