第七十七話 ズオルムの謎
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白鳥宮。ジャネット女王の父であるジュドー王がその威信をかけて建設し、ジュネブル王国の宝石とまで謳われた宮殿の名である。
贅の限りが尽くされており、屋根には金箔が貼られ、あらゆる場所に彫刻が施されている。また遠くから見れば白い外観の宮殿が左右に伸び、その名の通り白鳥が翼を広げたごとき美しさを誇っていた。しかし今やその美しさはかけら残っておらず、黒く煤けた残骸が横たわっているだけであった。
魔王軍からジュネルを奪還して、既に丸一日が経過していた。
敗北を悟った魔王軍の兵士は降伏し、武装解除して捕虜となっている。ジュネルの制圧もほぼ完了し、奴隷となって捕えられていた人々も解放した。
炎上していた白鳥宮と造船所も、一晩であらかた燃え尽きて昼前には鎮火した。他の建物に燃え広がらなかったことが、不幸中の幸いである。これが天から与えられている奇跡の力『恩寵』のおかげなのか、それともただの偶然なのかは、私にもわからない。
残骸から白煙をあげる白鳥宮の跡を見ていると、炎の如き赤い鎧を身につけたアルが私のもとにやってくる。
「ロメ隊長。このようなことになってしまい、申し訳ありません」
アルは眉間に皺を寄せて頭を下げた。別動隊を指揮していたアルは、白鳥宮と造船所が燃えたことに責任を感じているらしい。
「報告は既に聞いています。どうしようもないことでしょう」
私はアルを責めなかった。そもそも責めても仕方ないことだった。
報告ではガリオスの息子であるガオンが、兵士と共に潜入し火をつけたと聞いている。また兵士の目撃情報の中には、ガリオスの四男ガダルダと五男のガストンの姿もあったという。三体とも現在の魔王軍では、最精鋭の連中だろう。
ガオンの潜入は私達がジュネルに到着する以前であり、私達がジュネルを攻撃すると同時に、ガオン達も行動を開始している。ガオン達は先手を取れ、アル達がどう動こうとも結果は変わらなかっただろう。しかしアルは後悔が強いらしく、眉間には皺が刻まれたままとなっている。
「それよりもよく魔族達を捕虜に取ってくれました。おかげで魔王軍の降伏も順調に進みました」
私はアルを労った。アル達は魔族の女性や子供を捕虜として捕えた。抵抗を続けていた魔族の中には、家族を守るために戦っていた者も多い。捕えられた家族が無事であると知り、魔族の一部は降伏勧告に応じてくれた。おかげで戦後処理が楽に進み、さらに多くの捕虜を取れた。良いことである。
「ただ捕虜となった魔族には、しっかりと警護をしてください。特に勝利に沸くジュネブル王国軍を、決して近づけさせないこと」
私は新たな仕事をアルに命じた。失敗したと思っている相手には、優しい言葉をかけるより仕事を与えるべきだろう。頑張って挽回してほしい。
それに命じた仕事は大事なものだった。ジュネブル王国軍の兵士が魔王軍の捕虜を殺せば、降伏した魔族が暴動を起こすかもしれない。ジュネブル王国軍の手綱は、しっかりと握っておくべきだ。
「はっ、お任せください」
アルは背筋を伸ばし敬礼した。そして踵を返し、自分の仕事に向かっていった。
入れ替わるように兵士がやってくる。レットだ。彼らには燃えた白鳥宮の確認を頼んでおいたのだ。どのあたりまで燃えたのか、被害の規模を概算でもいいので把握しておきたかった。
「ロメリア様、火災の被害状況を確認してきました。燃えたのは宮殿のみで、他に延焼はないようです。消火も念入りに確認しました」
レットの報告を聞き、私は胸を撫で下ろす。自分の国ではないが、被害が少ないのはいいことだ。するとそこにメリルもやってくる。彼には魔王軍を率いていた指揮官の情報を集めさせていた。
「ディナビア半島の魔王軍を率いていたのは、ズオルム総督と言う魔族のようです。執務室と住居は宮殿の内部にあった模様です。仕事の記録や書類は、おそらく……」
メリルが報告しながら、焼け落ちた白鳥宮に目を向ける。つまり、ズオルム総督と言う魔族が何のためにディナビア半島に残ったかの記録は、燃えてしまったと言うことだ。
あとはズオルム総督が生きている可能性だが……。
「死体もシュローが発見しました。捕らえた魔族に見せたところ、ズオルム総督に間違いないと」
続くメリルの報告に、私は目を瞑って天を仰いだ。
白鳥宮と造船所に火を放ったガリオスの息子達は、さすが手練れだ。きっちりと仕事をしていく。この分だと手掛かりは残っていないだろう。
私が小さくため息をついていると、メリルが報告の姿勢のまま動かなかった。開きかけた口は、何かを言いたそうにしている。
「どうかしましたか?」
「ロメリア様。実は……そのズオルムなのですが、少し妙なところが……」
報告するメリルの視線は彷徨っていた。私に報告すべきことかどうか、彼の中でまだ定まっていないのだろう。しかしメリルの言葉は聞くべきであった。
メリルは体つきが痩せており、兵士としての力量はロメ隊でも下位に属する。しかし彼はなかなかに思慮深い。
常に考えて行動するので、盤上遊戯ではロメ隊では敵ない。部隊運用に関しても敵の弱点や目的を見抜いた行動を取る。そのメリルが少しでも報告すべきだと思ったのなら、指揮官として聞いておくべきだった。
「ズオルムの死体に、何かおかしなところでもありましたか?」
「いえ、死体ではなく、死んでいる場所が少し……」
「場所?」
首を傾げる私に、メリルがこちらですと手を差し伸べる。私はそばにいたレットと目を見合わせた後、メリルに先導させ二人でついていく。
メリルに案内された場所は、白鳥宮の敷地内にある小さな教会だった。宮殿からは少し離れていたため、火災から免れたのだ。
教会の中に入ると、肉の焼けた匂いが鼻をついた。内部を見ると赤い絨毯がまっすぐに伸び、両脇には長椅子がいくつも並べられている。
絨毯の先には祭壇が築かれ、聖印を背にした癒しの御子の像が私を悲しげな顔で見下ろしていた。
教会の内部は無人ではなく、一人と一体がいた。長椅子の背もたれに腰をかけるのは、ロメ隊のシュローだ。彼の前には大きな鞄が三つと、そして一体の魔族が倒れている。
倒れている魔族は、金糸の刺繍が施された黒いローブを着ていた。その全身は焼けこげている。教会に入った時に感じた臭いは、彼のもののようだ。
「ああ、ロメリア様。この魔族がディナビア半島を支配していたズオルムです」
シュローが倒れている魔族を顎で指す。すでに絶命しているらしく、ピクリとも動かない。私はズオルムの死体を検分した。
うつ伏せに倒れるズオルムの死体は、電撃の魔法で殺されたらしく体中が焼けこげている。
武器や鎧を身につけていないが、黒いローブを着ていることから、魔法を使う魔族だったようだ。
ズオルムは背中に大きな鞄を背負っていた。私は手を伸ばして鞄を少し開けてみると、金貨や宝石が溢れるほど入っていた。
「こっちにも一杯ですよ、ロメリア様」
シュローが楽しそうに足元の鞄を叩く。財宝を手に入れたと喜んでいるようだが、これはジュネブル王国の宝物だ。あとで返さないといけないだろう。
私は鞄に詰まった財宝から目を離し、ズオルムを見た。そして最後に教会を見回した。
「……なるほど、確かにこれは妙ですね」
私は顎に手を当て頷いた。
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