第七十六話 燃える白鳥
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記が発売中です。
BLADEコミックス様より、上戸先生の手によるコミカライズ版ロメリア戦記も発売中です。
マグコミ様で連載中ですよ。
私はディモス将軍との会話を中断し、戦場へと視線を戻した。前を見ると同じく戦場を見つめる女性の姿があった。
黒いつばひろの帽子の下、日向にあっても光を返さぬ漆黒のドレスを身につけている。網目の大きなヴェールの下には、浮かび上がるほど白い肌と赤い唇がのぞいている。
喪服がやけに似合うこの女性こそ、ジュネブル王国の正当なる後継者ジャネット女王その人である。左後方には、僧衣を着たゾレル枢機卿が侍っている。そして女王の右下には、桃色のドレスを着たジュジュ王女が母親の右袖を掴んでいた。しかし母を求める子の手が、握り返されることはない。
私はジャネット女王の横顔を見ると、女王は食い入るように戦場を見つめていた。しかし時折女王は目を見開いた後目を閉じて瞑目する。おそらく戦場で倒れた兵士を目撃したのだろう。
末端の名もなき兵士、その死を悼む心がジャネット女王にはある。王族には稀有な素質だ。女王を優しい人だと思えればいいのだが、私はそうだと言い切ることが出来ないでいた。
戦場に目を向けると、押していたジュネブル王国軍が押し返されていた。ジュネルの城壁の上を見れば、守備につく魔王軍の数が増えていた。後方に備えていた増援が投入されたのだ。しかし妙である。
「今頃増援を投入してきましたか。魔王軍にしては中途半端な対応ですな」
私の隣で、ディモス将軍が顎に指を当てながら評する。
同感だった。増援を送るのであれば、もう少し早く投入すべきだ。そして今というのも妙だ。少し前にはアルとレイの別動隊が、ジュネルの北から上陸を果たしている。
当然魔王軍は、別動隊の動きに気付いていたはずだ。では何故そちらに、増援を回さなかったのかという疑問が出てくる。
もちろん増援を送り出した後に、別働隊の存在に気付いた可能性もある。だがそれだと増援の到着が遅すぎる。歴戦の魔王軍であれば、兵士の動きは迅速だ。今頃到着というのはあまりに妙だ。
魔王軍も混乱しているのだろうか? それとも何か罠が……。
私が魔王軍の動きの意味を読み解こうと、視線を下げ思索した。その時だった。隣にいたディモス将軍が声を上げた。
「ロメリア様、あれを!」
ディモス将軍が指差す先は、ジュネルの中心に位置する白鳥宮だった。翼を広げた白鳥の如き白い宮殿からは、黒い煙が上がったかと思うと赤い炎が燃え広がる。さらに海に面した造船所でも火の手が上がりはじめていた。
「なっ、どうして!」
私は続く言葉を失った。私は北から上陸させた別動隊に、白鳥宮と造船所の攻撃を命じていた。しかし同時に、この二つを決して燃やしてはならないとも厳命していたのだ
白鳥宮は美しい宮殿であり、ジュネブル王国にとっては象徴となる建物だった。また造船所は大きな富を生み出し、今後のジュネブル王国には必要な施設だ。
アルやレイが私の命に反したとは思えない。では何故? 一体何があったのか?
私の頭には大きな混乱が渦巻いた。しかし答えは出ない。そして遠く離れた場所にいる私達には、白鳥宮と造船所の炎を消すことも出来なかった。ただ目の前の現実を受け入れるしかないのだ。
私は大きく息を吐いた。
全ては私の責任だった。別動隊として派遣したのはライオネル王国の兵士であるし、この戦場の指揮権は私が持っている。全責任は指揮官に帰結するのだ。
私はジャネット女王と、その側に立つジュジュ王女に歩み寄った。伝統ある白鳥宮と大切な造船所を燃やしてしまったことを、まずは謝罪せねばならない。
「ジャネット女王。申し訳……」
私は謝罪の言葉を口にしたが、ジャネット女王はこちらを見なかった。母親の右袖を掴むジュジュ王女も、大きな瞳で見上げる。
「ジャネット女王?」
声をかけてもジャネット女王はこちらを見ず、じっと燃える白鳥宮を見つめていた。ヴェールの奥にある目は開かれ、口角は緩み口が開かれている。
ジャネット女王は故郷が燃える様を見て、笑っていたのだ。女王の赤い唇が動く。
「燃えろ、燃えろ、白鳥宮よ。忌まわしき都と共に、燃え尽きてしまえ」
ジャネット女王が小声で紡ぐのは、呪いの言葉であった。
驚愕に息を呑むと、ジャネット女王が私に気付いた。女王は見られたと目を見開いたが、すぐにその顔を笑みに変える。その瞳の奥は暗く、何も見えないほど真っ暗だった。
私の背筋に悪寒が走り、体が震えて一歩下がる。だが娘であるジュジュ王女は、袖から手を離しジャネット女王の右手を掴んだ。
ジャネット女王が娘を見下ろす。目は細められ、鼻の上には皺が刻まれた。
女王は娘の手を振り払い、蔑みの瞳を向ける。母親が娘に向けていい視線ではない。
「貴方という人は!」
私の中に怒りが湧き上がった。他人の親子関係に口出しは出来ないが、今の態度はあまりにひどかった。
私はジャネット女王を睨んだが、女王は意にも介さず、視線を燃える白鳥宮へと向けた。私の怒りはすぐには治らなかったが、相手は一国の女王である。飲み込むしかない。
視線を下に下げると、ジュジュ王女がいた。娘は邪険にされても、母の元を離れなかった。
ジュジュ王女には慰めの言葉をかけたいが、私が何を言っても意味はない。彼女が求めているのは、母の愛だけだからだ。
私は小さく唸った後、思考を切り変えた。白鳥宮と造船所が炎上していることは、城壁で戦う魔王軍も気づきはじめている。後方が脅かされたとなれば、魔王軍も指揮が乱れ統率を欠く。攻勢に転じるなら今だ。
手元にはまだ三千人の、ジュネブル王国の兵士を残している。
私は全戦力の投入を命じた。そしてその日の夕方には、ジュネルに翻っていた魔王軍の旗が下ろされた。
別シリーズとして、外伝作品を掲載する『ロメリア戦記外伝集』がございます。
時系列が本編に合わないので、本編ではなく別シリーズとして掲載することにしました。
作者名をクリックしていただけると、ホーム画面に移動できますので、そちらからご覧ください。
またこれは今後の展開ですが、現在連載中のディナビア半島編の連載が終われば、小学館ガガガブックスから電子書籍限定で発売している『ロメリア戦記外伝①』の掲載を『ロメリア戦記外伝集』で掲載していこうと思っております。これからもよろしくお願いします。




