第七十五話 盤外戦の戦場
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ジュネブル王国の旧王都ジュネルを望む丘の上で、私は鈴蘭の旗の下で戦争の行く末を眺めていた。
南に向かって扇形に広がるジュネルの城壁に、ジュネブル王国軍の兵士が果敢に挑んでいる。
兵士達は矢を放ち、雄叫びをあげて突撃し、梯子を登って壁を登ろうとする。対する魔王軍も応戦の矢を放ち、壁を登る兵士には槍で突き、石を落とし必死に防戦していた。
これまでいくつかの戦場を見てきた私の目から見て、ジュネブル王国軍の動きは悪かった。無闇に突撃を繰り返しているだけで、相互の連携が取れていない。そのため突撃の威力も十分に発揮されておらず、互いに足を引っ張りあっている状況だ。だがそれでも、ジュネブル王国軍は押していた。
ディナビア半島に残っている魔王軍は、ジュネルに残る者達で最後だ。この一戦に勝てば祖国を取り戻せると、全員の士気が高い。
魔王軍は練度が高く見事な戦いぶりだが、ジュネブル王国軍の士気の高さに徐々に押されていた。この分ならあと数時間もすれば、壁を上り切る兵士が出てくるかもしれなかった。
「魔王軍は追加の増援を出してきませんな」
右から声が聞こえて視線を向けると、五つの星が煌めく旗の下に、髭を生やした男性がいた。ホヴォス連邦のディモス将軍だ。
ディモス将軍の言う通り、魔王軍はまだ予備兵力を手元に残しているはずだった。押されている場所に増援として送り込めば、盛り返せるはずだった。しかし魔王軍の後方に動きはない。
「これは、ロメリア様の策がうまくいきましたかな」
ディモス将軍の蛇のように細い目は、ジュネルの北側にある港のある場所に向けられていた。
ジュネルはディナビア半島の北端に位置し、北に突き出た岬に造られている。港には三本の大きな桟橋が見え、巨大な港町であることがわかる。
私は海の防備が弱いと見て、ライオネル王国軍の兵士千人を小舟で海から上陸させたのだ。
「上手くやっている、と思いたいですね」
私は声を落として答えた。
すこし前に桟橋から港に上陸する兵士達の姿が見えたので、上陸作戦が成功したのは間違いない。だがここからでは桟橋の一部が見えるだけで、現在兵士達がどうなっているのかはわからない。
兵士達の指揮官には、将軍のアルとレイをつけている。彼らならば大丈夫と思いたい。だが見えない場所での兵士の動きというのは、本当に心配になる。十分な勝算のもとに送り出しているが、戦争である。何が起きるかわからない。
私には味方に幸運を、そして敵に不運を呼び起こす奇跡の力『恩寵』を天から授けられている。だが私は普段、この力をあまり当てにしないようにしている。運頼みではいずれ行き詰まるからだ。しかし兵士達に別行動をとらせている時は、不確かな運でもなんでもいいから、とにかく生きて戻ってきてほしいと都合のいいことを思ってしまう。
「別動隊が心配ですか? まぁ魔王軍の動きを見る限り、うまくやっておるでしょう。ただ翼竜、貴国の蒼穹騎士団でしたか? あれがもうあと二頭か三頭いれば戦況の把握も楽でしょうな」
ディモス将軍が今度は私に目を向ける。
我がライオネル王国は、魔王軍から奪った翼竜で構成された、蒼穹騎士団を現在創設中だ。
私の部下では風の騎士とも呼ばれるレイが、翼竜を巧みに操る。しかしレイは船の移動を指揮しており、翼竜は現在お休みだ。ディモス将軍の言う通り翼竜がもう少しいれば、敵軍の動きを具に見ることができただろうし、別動隊との連携も密にできる。
「蒼穹騎士団には五十頭の翼竜がいると聞きますが、訓練は順調ですか?」
問うディモス将軍の目は鋭い。私は柔和な笑みを返した。
「さて、どうでしょう。蒼穹騎士団の設立と運営はアラタ王が主導されています。私にはなんとも」
「はははっ、ご冗談を。セメド荒野での戦いのおり、手に入れた翼竜を保護し、飼育と調教、そして繁殖を命じたのは貴方だと聞いておりますぞ。そのロメリア様が、蒼穹騎士団の設立に関わっていないはずがないではありませんか」
ディモス将軍は高い声で笑う。確かに将軍の言うことは事実だった。しかし認めるわけにはいかない。
「いえいえ、私は捕獲された翼竜が哀れで、保護を命じただけです。その翼竜を利用して、騎士団の創設を考えられたのは全てアラタ王です。王の先見性と慧眼には恐れ入るばかりです」
私は首を横に振って息を吐く。
白々しい私の態度に、ディモス将軍は白い目を向ける。しかしそれ以上追求はしなかった。
人類に列強や大国は数あれど、翼竜を部隊として運用しているのは我がライオネル王国のみだ。
翼竜を運用する蒼穹騎士団は、我が国の最重要軍事機密。その数や構成の一端すら、明かすことは許されないのだ。
ディモス将軍が視線を目の前の戦場へと戻す。私は心の中でため息をついた。
現在人類の連合軍は、魔王軍に対して優位を誇っている。しかしその内実は一枚岩ではなく、常に相手より優位に立とうと熾烈な競争が繰り広げられている。
私達は敵の矢も届かぬ場所で、戦場を眺めている。しかし安全な場所では、言葉が弓矢や刃のように飛び交い、探り合いや読み合いの応酬が起きているのだ。
実際の戦場では兵士達には矢が降り注ぎ、命懸けで戦っている。だと言うのに、こんなことをしていていいのかと思う。しかし私には戦う力がない。ここが私の戦場だと思うしかないのだ。
別シリーズとして、外伝作品を掲載する『ロメリア戦記外伝集』がございます。
時系列が本編に合わないので、本編ではなく別シリーズとして掲載することにしました。
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またこれは今後の展開ですが、現在連載中のディナビア半島編の連載が終われば、小学館ガガガブックスから電子書籍限定で発売している『ロメリア戦記外伝①』の掲載を『ロメリア戦記外伝集』で掲載していこうと思っております。これからもよろしくお願いします。




