第七十四話 ガオンの狙い
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突如現れたガリオスの三男ガオンが、督戦隊を指揮する隊長を切り裂いた。更に二十体の兵士が現れ、督戦隊を皆殺しにする。それを見ていたアルビオンはあっけにとられた。
『ガ、ガオン……何故……』
最初に切られた督戦隊の隊長が、鳥の鳴き声の如きエノルク語で問う。ガオンは息を吐き、右の手の剣を逆手に持ち変えた。
『魔王軍の兵士であれば、先頭で戦え』
逆手にもつ剣を振り下ろし、ガオンはまだ生きていた隊長に止めを刺した。
ガオンを見てアルビオンは唸る。
ガリオスの息子であるガオンと、アルビオンは戦ったことがない。しかし勇猛な将軍であるとは聞いている。実際双剣の腕前はなかなかのもので、引き連れている兵士も精鋭である。
戦うとなれば容易な相手ではない。兵士の数は二十体ほどだが、まだ隠れていないとも限らない。
「そうか。街中の門で魔族が死んでいたのは、あいつらの仕業か」
背後でメリルが呟く。
そう言えばアルビオンがここに来る途中、魔王軍の兵士が殺されていた。あれはガオン達がやったのだと気づく。
同じ魔族で不意打ちが可能とはいえ、同数かそれ以上でなければ突破は難しい。
敵の戦力を想定し、アルビオンは顔を引き締める。アルビオンとは逆に安堵の声を漏らすのは、女子供の魔族達であった。
『ガオン様! ガオン様が助けに来てくれた!』
『嗚呼、ガオン様。どうか我らをお助けください』
『よかった、助かった……』
女性魔族の一体が歓声を上げ、子供連れの母親が涙を流す。気を張っていた女性魔族は腰が抜けたのか、その場に崩れ落ちる。
ガリオスの息子であるガオンは、魔族の間でもその名を知られているのであろう。だが喜ぶ魔族達に、冷や水をかけるように鋭い声が飛ぶ。
『黙れ! 勘違いをするな! 俺はお前達を助けに来たのではない。お前達のことなんぞ知らん!』
切り捨てるようなガオンの言葉に、側にいた女性魔族が膝をつき懇願する。
『な、我々を助けに来てくれたのではないのですか? 何故我らを見捨てるのです』
『何故だと? 何故救ってもらえると思える? お前達は魔王軍の命を聞かず、ここに残ったではないか。命令違反。つまり謀反を起こした裏切り者だ。お前達は我らの敵。助けるいわれなどない!』
ガオンは大鉈の如く言葉を振るい、女子供達の希望を断ち切る。
『ち、違うのです。私達はズオルムに騙されて』
『ではその対価を払うのだな。魔王軍の命令を聞くか、それともズオルムにつくか。お前達もこの選択が生死を分けることぐらいわかっていたはずだ。賭ける相手を間違えた以上、死ぬしかあるまい』
言い訳を口にした女魔族だが、ガオンは容赦しなかった。
通りに集まる二千体の魔族達は、天国から一気に地獄へと落とされたように絶望する。
ある女性魔族はその場にへたり込んで嘆き、子供の母親は我が子を抱きしめる。通りはメソメソとした泣き声で埋め尽くされた。
女達の涙や子を抱く母親を見て、ガオンが目を細める。そしてため息と共に声を出した。
『そもそもお前達は、縋る相手を間違えている。慈悲を乞うのであれば、あいつらに乞うべきだろう』
ガオンは右に持つ剣をアルビオンに向けた。
『そんな! ガオン様は我らに敵に降れというのですか!』
『好きにしろ。だが先ほどこの男が言っていたことは事実だ。炎の騎士アルビオンは我が父ガリオスと一騎討ちを演じ、見事生き残った。そして父の酒宴にも招かれた。その宴には私も出席したので、間違いない』
ガオンがエノルク語で保証する。
『この人間の言うことは信用できるのですか?』
『さあな。こいつが約束を守るかどうかなど知らん。だが、女子供に武器を向けるやつよりは、信じられるのではないか?』
ガオンの言葉に、女子供が項垂れる。そしてどこからか金属音が鳴り響いた。握っていた包丁が手放され、地面に捨てられたのだ。
武器を捨てる音はさらに続き、女子供達が武装解除していく。
アルビオンは内心で安堵の息を漏らした。少なくとも女子供を殺さずに済んだ。だがまだ戦いが終わったわけではない。まだここにはガオンがいる。
ガンガルガ要塞攻略のおりには、魔王軍とは一時休戦状態にあった。しかしその休戦もすでに失効している。つまりアルビオンとガオンは現在も敵同士。会すれば戦うほかない。
アルビオンはガオンを睨んだ。すると視線に気づいたガオンが笑う。
「まさかここで、お前達と会うことになるとは思わなかった」
ガオンは流暢に人間の言葉を操った。魔族の中には人間の言葉を勉強し、喋れる者がいるのは知っていた。だが鰐や蜥蜴のような口で、人間の言葉を器用に発音できるなといつも思う。
「はからずも相見えることになったが、どうやら互いに目的の半分は同じだったようだな」
「半分だと?」
意味がわからず問い返すアルビオンに、ガオンは左の剣を右へと向ける。その切っ先はジュネルの中心に建つ白鳥宮に向けられていた。
何のことかわからずアルビオンが目を凝らすと、突然白鳥宮に火の手が上がった。火は一気に燃え広がり、白鳥宮を飲み込んでいく。
アルビオンは驚きに目を見開く。同時にガオンがここにいる理由を悟った。
ディナビア半島に残った魔族は、命令を聞かず離反した裏切り者。女子供は見逃すにしても、離反を決定した者は野放しに出来ない。そんなことをすれば魔王軍の威信に関わり、次なる離反者が出るかもしれないからだ。
ガオンは裏切り者を誅しに来たのだ。
「そして残り半分も、ある意味同じだったようだな。もっとも、やることは違うが」
ガオンが今度は右の剣を左へと向ける。ガオンの左後方には大きな四角い外壁の造船所が見えた。造船所からも火の手が上がり、轟々と燃える。
燃え盛る造船所を見て、アルビオンは歯噛みした。
アルビオン達がジュネルに乗り込んだのは、一つは魔王軍の司令部を叩くため。そしてもう一つが重要な施設である造船所の確保にある。魔王軍の司令部はガオン達が代わりに叩いてくれたが、一方で造船所を燃やされてしまった。
そもそも白鳥宮も燃やすなと厳命されており、アルビオンの任務は失敗が確定した。
「ではアルビオンよ、さらばだ」
ガオンは踵を返して背を見せる。追いかけようにも、アルビオンとガオンの間には二千体の女子供の魔族達が通りを塞いでいた。すぐに追いかけることはできない。
「待て! 逃げるのか!」
アルビオンが制止するが、ガオンは向きを変えなかった。ただ首だけを返して睨む。
「我らの目的は達成した。そしてここは私とお前が戦うべき舞台ではない。いずれ相応しい戦場があろう。その時までこの勝負、預ける」
ガオンは言葉だけを残し去っていった。
アルビオンは燃える白鳥宮と造船所を見て、ただ唸ることしかできなかった。




