第七十三話 アルビオンの苦悩
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旧ジュネブル王国の王都ジュネルの街中で、炎の騎士アルビオンは槍斧を掲げて時を数えていた。アルビオンの背後には、ライオネル王国の兵士四百人が裂帛の気迫と共に槍を構えている。
一方アルビオンの目前には、通りを塞ぐように二千体の魔族が立ちはだかっていた。
魔族の多くは、体に丸みを帯び胸が膨らんでいる。女性の魔族だった。女性以外の者は背丈が小さく、子供であることは一目瞭然。更にどの魔族も鎧を着ておらず平服で、手に握られているのも包丁や鎌に犂といった日用品だった。
彼女達は本来ならば非戦闘員だが、ジュネルを攻撃したアルビオン達を迎え打つためにここに集まったのだ。
勇ましい限りだが、彼女達の手は震え、目は恐怖に揺れていた。
いかに決意を固めようと、所詮は非戦闘員。戦闘訓練を受け、完全武装しているアルビオン達には勝てないと悟っている。しかし逃げることはできない。女子供のさらに後ろには、武装した四十体の魔王軍の兵士がいる。
盾の列から槍を突き出し、さらに弓を構える彼らの矛先は、味方であるはずの女子供の魔族に向けられている。
最後尾の魔王軍は、女子供達が逃げ出さないように見張る督戦隊だ。
通りには一体の女性魔族が倒れている。体に何本も矢を受け絶命していた。彼女はアルビオン達を恐れて逃げ出したところを、督戦隊によって射殺されたのだ。
女子供の魔族達は、前にも進めず後ろにも逃げられず、行き場がない。そんな彼女達を前に、アルビオンは魔族の言語エノルク語で『九つ』と数えた。
アルビオンは十数える間に逃げなければ、敵として討つと宣言してしまった。時を数えている間に逃げることを期待してのことだが、督戦隊が後方を塞いでいる今、女子供は逃げられない。
アルビオンは赤い眉の下、最後尾にいる魔王軍を睨んだ。
赤い鎧を着た指揮官は、手に指揮棒を持ち酷薄な笑みを浮かべている。何よりもあいつを殺してやりたいが、それまでに二千体の女子供を殺さねばならない。
アルビオンは女子供の魔族を見た。これまでアルビオンは、魔族を敵と信じ何体も殺してきる。だがこれまで倒してきたのは、全て武装した兵士だった。非戦闘員を虐殺するなど、騎士の、兵士の、男の、人のすることではない。
だがアルビオンは人間で相手は魔族だ。どれほど哀れであっても、アルビオンは人間の立場にしか立てない。
アルビオンは目を閉じ、絞り出すように息を吐きだした。そして肺を大きく膨らませ、いっぱいに息を吸いこむ。
目を見開いたアルビオンは、空に向かって『十』と宣言した。
数えた、数え終わってしまった。もうやるしかない。
アルビオンは目を見開き、歯を食いしばり、槍斧を構える。その時だった。大きな悲鳴が空を貫く。
決意を込めたアルビオンの瞳がわずかに揺らぐ。悲鳴がしたのはアルビオンの前に立つ女子供達の列ではない。遥か最後尾で弓を構える督戦隊からだった。
アルビオンが目を向けると、指揮棒を持つ魔族が倒れていた。その背後には双剣を持つ巨大な魔族が佇んでいる。
「お前は! ガオンか!」
アルビオンは突然現れた魔族を知っていた。魔王の実弟ガリオスが三男ガオンである。両手に持つ双剣のうち、右の刃は血に濡れて赤い雫を滴らせている。
突然のガオンの登場。そして倒れている指揮官を見て、周囲にいた督戦隊の兵士は驚きつつも武器を向ける。対するガオンは鼻を鳴らして双剣を煌めかせる。瞬く間に四つの首が切り落とされ宙を舞う。そしてその首が落ちるより前に、通りの影から二十体の魔王軍の兵士が現れ、督戦隊に襲いかかった。
突然の襲撃に督戦隊はまるで抵抗できず、ガオンが切り落とした首が地面に落ちて転がりを止めた頃には、督戦隊は全滅していた。




