第七十一話 ズオルム総督①
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時は少し遡る。
アルビオン達がジュネルの港に上陸を果たした頃、ジュネル中央に聳える白鳥宮、その中庭を走る魔族がいた。
金糸の刺繍が施され黒いローブを身に纏う魔族は、地方の総督を示す冠を被っていた。
ジュネーバ総督のズオルムである。
ズオルムは脱げ落ちそうな冠の下、息を切り走っていた。背には大きな背嚢を背負い、両手とさらに左脇にもパンパンに膨らんだ鞄を抱えていた。
背嚢と鞄からは、走るたびにジャリジャリと金属音が漏れ出る
幾つもある大きな鞄は、魔族の力を持ってしても重かった。だがズオルムは決して離すことなく、持ち手を強く握りしめた。
荒い息を吐くズオルムは、白鳥宮の離れにある教会へと向かっていた。
王家の者だけが参ることを許される小さな教会に、ズオルムは扉を蹴り破って内に入った。
教会の内部は青い絨毯が敷かれ、出入り口からまっすぐ奥へと通路が伸びている。通路の左右には参列のための長椅子が波のように連なっていた。
まっすぐ伸びる通路の終点には祭壇が築かれ、奥の壁には磔刑にされた聖人の像が置かれている。
ズオルムは両手と左脇に抱えた鞄を床に下ろし、右膝をついた。しかしズオルムがここにきたのは、祈りを捧げるためではない。
「クソッ、何故こんなことに! 間抜けの能無し共め! 時間稼ぎ一つ出来ぬとは!」
俯いたズオルムの口から、悪態が怨嗟のように漏れる。
ズオルムにとって、今の状況はあまりにも計算外だった。
難攻不落に思えたガンガルガ要塞は陥落し、自分の王国であったジュネーバは孤立してしまった。
ズオルムは自分の王国を維持するため、兵士や住人に逃げることを許さなかった。だが兵士や住人の魔族達は、船で我先にと脱出した。
船に乗り損ねた大半の魔族達は、逃げ場がないためズオルムの指示に従うかに思われた。だが魔王軍はあろうことか敵である人間達と交渉し、人間の奴隷と引き換えにディナビア半島の封鎖を解かせた。これによりディナビア半島に残っていた魔族は、ほとんどが脱出を決めてしまった。
ズオルムとしても命は惜しいが、今ここで逃げ出すわけにはいかなかった。ズオルムは仕方なく、ジュネルにいた魔族達に自分の『計画』の一部を明かした。ズオルムの話を聞いた魔族達は、ディナビア半島に残ることを決めてくれた。
手駒を手に入れたズオルムは時間を稼ぐため、ジャムールに軍勢を配置した。ジャムールを任せた指揮官は、最低でも十日。長ければ半年は時間を稼いでみせると豪語した。しかし蓋を開けてみれば、ジャムールはたった一日で陥落してしまった。人間達の軍勢は驚くべき速度で進軍し、あっという間にズオルムがいるジュネルに到達した。
追い詰められたズオルムだが、まだ少し余裕があった。ジュネルならば最低でも数日は持ち堪えられる。それにジュネルには兵士達の家族が住んでいる。兵士達も家族を守るため、命懸けで戦うはずだからだ。しかしここでも誤算が起きた。人間共はどこからか船を調達し、海から攻撃を仕掛けてきたのだ。
白鳥宮で海から侵攻する敵を見た時、ズオルムはジュネルの陥落を悟った。海からの攻撃はないと、港には備えを全くしていなかったからだ。
もはや敗北は避けられないと、ズオルムは残っていた女子供達を防戦に送り出した。おそらく相手にはならないだろうが、逃げられぬように督戦隊も付けた。皆殺しにされるだろうが、その間は時間を稼いでくれるだろう。
「何がなんでも生き延びる。俺はこんなところで終わる男ではない!」
ズオルムは目を剥き立ち上がった。その時、突如背後から声が飛ぶ。
「いや、お前はその程度の男だと思うがな?」
声に気づいたズオルムは、即座に床を蹴って前に飛んだ。直後紫電が迸り、ズオルムが飛び退いた空間を焼く。
「何者だ!」
祭壇の前に着地したズオルムは、振り返りながら声を飛ばす。逆光となった入り口には、白い衣を着た魔族が姿を現す。その手には三色の宝玉が取り付けられた、大きな杖を携えていた。
「お前はガダルダか!」
ズオルムは現れた魔族を知っていた。
ガダルダは魔王の実弟ガリオスの息子だ。ズオルムとは魔法を学ぶ魔道院で、机を並べた仲である。しかし旧交を暖め合う関係ではなかった。
ズオルムは魔導院を首席で卒業した優等生だった。一方ガダルダは落第ギリギリのところを、家柄だけで卒業させてもらったような奴だ。ズオルムは在学中からガダルダを馬鹿にしていた。それにそもそもズオルムは、魔王軍の命令を無視してディナビア半島に居座っている。魔王軍からしてみれば、反旗を翻した謀反人だ。
「よぉ、裏切り者」
ガダルダは肩に杖を担ぎながら、教会の中に入った。




