第六十九話 ジュネル攻略戦⑥
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アルビオンは立ちはだかる女や子供の魔族を前に、眉間に皺を走らせた。
ディナビア半島に残った魔族達は、完全に追い詰められ逃げ場がない。戦える者は老人や怪我人も動員し、それでもなお足りないと、女子供まで戦いに駆り出したのだ。
「ど、どうするよ?」
「どうもこうもあるか! 戦うしかないだろ!」
迷いの声を見せるレットに、シュローが怒鳴る。
シュローは子供の頃に、貧民街で生活していた過去がある。生死がかかった状態では甘さがない。だが全ての兵士がシュローのように割り切れているわけでもない。魔族とはいえ、女子供と戦うことに抵抗があるのだ。
戸惑う兵士達四百人の心理を感じ取ったアルビオンは、前を見据えた。
行く手を阻む魔族の数は二千体。戦闘訓練を受けていないとはいえ、油断できる数ではない。こちらも全力でかからねば死の可能性がある。
一方で立ちはだかる魔族達も必死だ。おそらく初めての戦場に立つのだろう。先頭で包丁を握りしめる女魔族は、目を血走らせ呼吸も荒い。しかしその隣にいる女魔族は手が震え、今にも気を失いそうだ。
アルビオンに憐憫の情が湧いた。それに味方である兵士達の心も定まっていない。このまま戦闘となれば、不測の事態も起きかねない。
アルビオンは構えた槍斧を半回転させ、穂先を地面に向けた。そして勢いよく振り下ろし、石畳に槍斧を突き立てる。
アルビオンは槍斧から手を離し、左手を伸ばして魔族達を止めた。そして声帯を震わせ、甲高い鳥の鳴き声のような音を発した。すると魔族達は目を丸める。
当然だろう。今アルビオンが発したのは、魔族の言語エノルク語であるからだ。
アルビオンの主人であるロメリアは、敵である魔族を知るために、言語を勉強しエノルク語を話せた。アルビオンも主人に習い、エノルク語を勉強していたのだ。
『ああっと、通じているな?』
アルビオンは魔族達の反応を見ながら話しかけた。
『俺達は連合軍の兵士だ。お前達が兵士でないことは見ればわかる。兵士でない者と戦いたくはない。降伏してほしい。悪いようにはしない』
アルビオンは降伏勧告を行ったが、魔族の集団に変化はなかった。突然現れた敵の言うことを、鵜呑みになどできないだろう。
『知っていると思うが、我ら連合軍は魔王軍と交渉した。そしてディナビア半島の封鎖を解く代わりに、ローバーンで奴隷となっていた人々を解放してもらった。連合軍と魔王軍は、互いに約束を守った実績がある』
続くアルビオンの言葉に、何体かの魔族が探るように周囲の魔族を見る。だがまだ数は少ない。
『そしてこちらは知らないだろうが、この時に降伏や停戦、捕虜の交換などの戦時条約も締結された。捕虜には食事を与え、負傷者には治療を施す約束がなされている。魔王軍との交渉にもよるが、生きてローバーンに戻れる可能性はある』
アルビオンが魔王軍と結ばれている条約を説明すると、半分ほどの魔族の目が揺らいだ。
ここに集まっている魔族達は、追い詰められたが故に決死の覚悟を決めたのだ。逃げ道があるとなれば揺らぐのも当然である。しかし残り半分は揺らがない。
『し、信用出来るか!』
立ちはだかる魔族の集団から、弾けるように声が上がった。そして同調する者が現れる。
『そうだ! 敵の言うことなんて信じられるか! こいつは嘘をついている。降伏すれば殺されるだけだぞ!』
声をあげる魔族は、アルビオンに指を突きつける。
『俺を信用出来ないのは分かる。だが聞いてほしい、俺の名はアルビオン。ガンガルガ要塞の戦いでは、ガリオスとも戦ったことがある』
アルビオンがガリオスの名を出すと、魔族達の間でざわめきが起きる。魔王の実弟の名は、魔族の間では大きな存在なのだ。
『嘘だ、信じられない。ガリオス閣下と戦って、生きていられる人間がいるものか!』
『本当だ、休戦中はガリオスと盃を交わしたこともある。だがここで信じてほしいのは、俺ではなくガリオスだ』
アルビオンの言葉に、魔族達は目を見合わせる。確かにここにいないガリオスを、信じろと言う話は一見意味不明だ。
『ガリオスは約束を守る男だ。一方で約束を破った者を許さない。もし俺がお前達を騙して虐殺したとなれば、ガリオスは激怒するだろう。地の果てまで追いかけ、あの大棍棒で俺を挽肉にする』
今度はアルビオンの言葉を否定する声は上がらなかった。ガリオスならば必ず自分達の仇を取ってくれると、誰もが信じているのだ。
『俺を信用しろとは言わん。だがガリオスのことは信じてもいいんじゃないか? ガリオスなら必ずお前達をローバーンに受け入れる。俺もガリオスに嘘をつきたくはない』
アルビオンは手を広げて説得した。これに対し多くの魔族が互いに顔を見合わせ、迷いを見せていた。
降伏してくれるかと、アルビオンは期待した。しかしそのとき、一体の女魔族が集団の前に飛び出した。右手に小さな包丁を持つ魔族は、振り返って同胞を見る。
『待て! 本当に降伏していいのか! 私の夫と息子は、男達は今も戦っているんだぞ! なのに私達が命惜しさに、我先にと降伏していいのか!』
女魔族の訴えに、聞いていた魔族達はハッと表情を一変させる。
『私は戦う、夫と息子が戦っているんだ! 私にだって出来るはずだ!』
女魔族は振り返り、アルビオンの前に対峙する。そして小さな包丁を突きつけた。
包丁の切っ先は震えていた。呼吸も荒い。しかしその目には決意があった。
女魔族の言葉と行動は、魔族達の雰囲気を一変させた。
『そうだ! 男達が戦っているんだ!』
『私達も戦うぞ!』
『皆で戦うんだ!』
魔族達は次々に叫ぶ。気炎を上げる魔族を前に、アルビオンは目を瞑りながら大きく息を吐いた。そして胸を膨らませて息を吸い込み、カッと目を見開く。
『よ〜し!!!!』
アルビオンの発した大音声が、二千体の魔族を貫く。気を吐いていた魔族達は、この一声で意気消沈した。
『見事である! さすが魔族だ! お前達は勇敢な戦士だ!』
アルビオンは敵を高らかに称えた。そして肩越しに四百人の兵士を見る。
「聞いたな! お前達! ここに居るのは女子供であっても、皆が覚悟を決めた戦士だ! 戦士には戦士の礼儀で答えろ!」
アルビオンの声に四百人の兵士は顔色を一変させた。顔が引き締まり、目に力が宿る。槍を構える姿にも気迫がこもる。
「立ちはだかる者は一人も逃すな! 皆殺しにしろ!」
アルビオンの声に、兵士達が応、応、応と三度吼える。四百人の兵士からなる掛け声は、二千体の魔族を音の稲妻となって撃ち抜いた。
アルビオンはよしと、内心頷く。
魔族に対して降伏を促していたアルビオンだが、これは味方に覚悟を決めさせる時間でもあったのだ。
目の前の魔族達を敵と認識した兵士達は、顔から迷いが消えていた。女子供であっても、立ち塞がる者を切ることができるだろう。
対する魔族達は兵士の勢いに呑まれていた。先ほど声を上げた女魔族も顔色をなくしている。
これが訓練された兵士と、そうでない者の違いだ。
厳しい戦闘訓練に加え、実戦を潜り抜けた兵士は上官の命令一つで覚悟を決めることができる。一方で戦闘訓練を受けていない者は、勢いで奮い立つことがあってもそれは一瞬のこと。決して持続はしない。
アルビオンは地面に突き刺した槍斧を抜き、魔族の集団にエノルク語で話しかけた。
『お前達の覚悟は見せてもらった! 武器を持ち、立ちはだかるというのなら容赦はせん! 皆殺しだ!』
アルビオンの声が二千体の魔族を貫いた。




