第六十三話 ジュネル攻略の秘策⑥
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海に浮かぶ石の船を見て、クリートが唾を飛ばした。
「いや、こんなのは無理だ、沈むぞ! 今は浮いていても、すぐに絶対に沈む!」
クリートは目で見ても信じられないらしく、絶対に沈むと石の船を指差す。
「沈まねーよ。二十人の兵士が乗っても沈まなかった。波の高い外洋に出たら危ないかもしれないが、向かう先はすぐそこだろ。十分もつよ」
ガンゼ親方は北を指差す。突き出た岬があるせいでジャムールは見えない。しかし距離はそれほど離れてはいない。小舟でも十分往復可能だ。
「ただ、流石に重いからな。櫂で漕いでもなかなか進まん」
「どうしようもない欠陥じゃないか!」
「だから帆柱があるだろ」
ガンゼ親方が作業員に指示すると、船に乗り込んでいる作業員が帆柱に白い布を張る。
「いや、帆を一枚張った程度でどうなる! 帆なんて風まかせだし、操作も難しい。下手をすれば沖に流されて死ぬぞ」
クリートが苛立たしげに問題点を指摘する。確かに我がライオネル王国の兵士は、海に慣れているとは言い難い。船の操作など出来ないだろう。だがありがたいことに、私の側にはレイがいる。
「それは問題ありませんよ。こちらで解決します」
私はクリートに微笑みを浮かべる。そして視線を側のレイへと向けた。私の視線を受けると、レイは心得たと頷く。
「お任せください! 風を操るのは得手分野!」
レイは額に手を当てて敬礼すると、海に向かって走り出した。そして波間で跳躍し石の船に飛び乗る。
突然飛び乗ってきたレイに、船に乗っていた作業員達が驚く。衝撃で船が揺れたが転覆することはなかったし、穴が空いて沈む様子もない。
船に乗り込んだレイが帆柱の前で念じる。するとレイの体から淡い緑色の光が放たれた。風の魔法を使用している時に見える光だ。そして一陣の風が吹き、私は髪を抑えた。海では帆が風を受けて膨らみ、石の船がゆっくりと動き出す。
「風を操っているのか!」
宮廷魔導士であるクリートは、レイのしていることを即座に理解した。
レイは風の魔法を得意とする。彼は自ら風を生み出し操り、翼竜の飛行を補助して自身もマントを広げて空を舞う。
「レイヴァン将軍は、船も操れるのか」
「レイは昔、船乗りに風の魔法を教わったことがあるのですよ」
驚くクリートに、私は少し解説してあげる。
もう何年も前のことだがカシュー地方で港を作っていた時、私達はメビュウム内海の船乗りと知り合った。彼らの中には風の魔法を得意とするものもおり、レイは彼らに魔法を教わり、船を操る術も覚えたのだ。
「レイ、腕は錆びついていないようですね」
「もちろんです。ロメリア様! この周辺は風がよく吹いています。風を操るだけでいいので、それほど魔力は消耗しません。五十艘の船団でも、風で押してやれます。たとえ逸れる船があっても、私なら空を飛んで回収に向かえます。船の輸送はお任せください!」
進む船の上から、レイが声を張り上げる。これで移動の問題は解決した。
「これで問題ありませんね」
私はクリートを見ると、クリートはこんなことはありえないと顔を歪めていた。彼は石の船というものを、受け入れがたいようだ。
「いや問題はあるぞ、嬢ちゃん」
声を上げたのは、船を作ったガンゼ親方だった。
「船は二十人が乗っても、耐えられるだけの強度がある。だが即席の急造品だ。全てが試作品通りの強度に作れるとは限らねぇ。物によっては船体がひび割れることもあり得る」
ガンゼ親方の言うことは、どうしようもない問題だった。
丁寧に作る時間がない以上、中には不良品も出て来るだろう。
「ひびが入ってもすぐに沈むことはないだろうが、船体修復のために、魔導士を一艘に一人乗せた方がいい。小さな損傷なら、水に浮かべた状態でも修復可能だ」
ガンゼ親方の進言に私は頷く。その方法なら、安全も確保出来る。
「ただ、連れてきた魔法兵は五十人もいない。ガンガルガ要塞で行っている工事に、残しておく必要があったからな」
続くガンゼ親方の説明にさらに頷く。ガンガルガ要塞では、周囲の円形丘陵を崩して平らにする土木工事が行われている。土木工事には土を柔らかくし、硬化させる土魔法が大活躍する。工期もあるので、全ての魔法兵を連れてくるわけにはいかなかったのだろう。
「魔法兵を遊ばせている余裕はない。全ての魔法兵を船に乗せるべきだ」
ガンゼ親方が顔を引き締めて私を見る。
「なるほど、確かにそうですね。土硬化魔法が使える魔法兵は、一人残らず船に乗せましょう」
私もガンゼ親方に倣って、顔を引き締め頷く。
「ん? 一人残らずって、連れてきた者達以外に、魔法兵なんていないだろ」
無駄に顔を引き締め合う私達の間で、クリートが何を言っているんだと呆れた顔をする。だがそんなクリートを、私達が呆れた顔で見た。
魔法の才能を持つ者は貴重であり、魔力を持つ者はほとんどが魔法兵となる。私は数万の兵士を預かっているが、その中で魔法の力を持っているのはアルとレイだけだ。だがアルとレイは土硬化魔法が使えない。それにアルは兵士を率い、レイは風で船を押す仕事がある。
しかしここにはもう一人、卓越した魔法の使い手であり土硬化魔法が使える者がいる。
私とガンゼ親方は、クリートから視線を外さなかった。次の瞬間、視線の意味に気づいたクリートが、落雷に打たれたように表情を一変させる。
「嫌だ! 絶対に乗らんぞ、こんな泥舟! 沈むに決まっている!」
「そう言うわけにもいかんだろう。お前の兵士である、魔法兵が全員乗るんだぞ。お前が乗らんでどうする」
唾を飛ばして拒否するクリートに、ガンゼ親方が至極真っ当な反論をする。指揮すべき魔法兵が船に乗る以上、指揮官も同行せねば示しがつかない。
「よかったな、宮廷魔導士。大活躍じゃないか」
「クリート。アラタ王には貴方の活躍を、しっかりと伝えておきますよ」
ガンゼ親方が豪快に笑い、私も笑顔で頷く
「くそぉ! やはりついてくるべきではなかった! 要塞に残っていれば!」
クリートは地面に膝を付いて後悔する。
「ほれ、しっかりしろ。船を作るのを手伝え」
ガンゼ親方は落ち込むクリートの肩を叩き、砂浜を親指で刺す。石の船はあと四十九艘も作らねばならない。人手は多い方がいい。
「何故私が! そんなことをしなければならない!」
「別に手伝わなくてもいいが、自分が乗る船は自分の手で頑丈に作っておいたほうがいいと思うが?」
ガンゼ親方が半笑いの顔で忠告すると、クリートはさらに顔を歪めた。
「ええい! 手伝ってやる! そこを退け! 魔法の使い方というものを教えてやる!」
クリートは肩を怒らせ、作業が行われている砂浜に入っていく。そんなクリートを見て、ガンゼ親方が笑う。
「面白い奴だ。からかいがいがある」
「ええ、まったくです。しかし彼は天才でもあります」
「ああ、そうだな。あいつは確かに天才だ」
私の言葉を、ガンゼ親方は否定しなかった。
「あいつが作った土硬化魔法。あれは使える。世に広まれば世界の土木工事が一変するだろうな」
ガンゼ親方は、笑っていた顔を引き締めて目を細めた。
「ただの土が石と同等の強度を持つ。さっきのように木型に流し込めば、形も自由自在だ。住居の建材をあれで作れば、強度がかなり上がるだろう。しかも耐水性までありやがる。橋や堤防、港造りにも使える」
「彼のこの魔法がなければ、私も船を土で作ろうなんて考えませんでした。用途は他にもあるでしょうね」
ガンゼ親方に続き私も頷く。土硬化魔法を作ったクリート自身は、まだこの魔法の有用性に気づいていない。だが先ほどもガンゼ親方が言ったように、世界を一変させる可能性を秘めている。
「歴史に名を残す発明をしたかもしれないってのに、あんな調子だからな」
肩を振るわせるガンゼ親方の視線の先には、作業員と魔法兵を叱りつけるクリートがいた。
確かに後年の歴史家は、偉大な発明を成した魔導士が、このような扱いを受けているとは思いもしないだろう。
「ところで親方。船を揃えるのには、どれだけ時間が必要です?」
私は話を本題に戻した。ガンゼ親方は、船を作るためにここにきているのだ。
「木型は使い回しができるから、制作にそれほど時間はかからねぇ。夜を徹して作業すれば、明日の朝には五十艘を揃えることは可能だ」
ガンゼ親方の言葉に私は頷く。二十人乗りの船が五十艘。一往復で千人の兵士を輸送可能だ。敵の後方を突くには十分な数と言える。
私は海に浮かぶ石の船に目を向ける。船の上では青い鎧を着たレイが、風を操って船を動かしていた。決して早いとは言えないが、あれだけ速度が出ていれば十分だ。
「レイ! 戻ってください。軍議を開きますよ!」
手招きをしてレイに戻るよう指示する。明日の夕方には、ジュネルを落としたかった。忙しくなりそうだ。
なお、レイが船の操作を教えてもらうのは、ガガガブックスより発売しているロメリア戦記外伝に書かれています
電子書籍限定で、なろうでは未収録のエピソードですが、そのうちこっちでも掲載する予定です




