第五十九話 ジュネル攻略の秘策➁
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魔王軍に支配されたジュネルの街を見下ろしながら、私はレイと話をした。
「魔王軍の妨害、造船所と港を無傷で手に入れるという目的から、今回火攻めを行うことはできません。そして文化的な意味からも、ジュネブル王国はここで血を流さねばならないでしょう」
「血を流す文化、ですか?」
レイがギョッと目を丸める。
驚くのも無理はない。文化と流血は、一見すると真逆の存在にも見える。しかし文化の基礎に、流血は不可欠なのだ。
「ジュネブル王国は一度魔王軍に滅ぼされ、その民は奴隷となりました。連合軍の勝利で奴隷の身分からは脱し、今まさに王国を再興しようとしています。しかし彼等は、まだ一度も勝利していない」
「でも、ジャムールでは勝ちましたよ?」
レイが前回の勝利を言及するが、私は首を横に振った。
「確かに勝ちはしましたが、彼等は戦っていません。勝利の要因は貴方とアル、そしてクリートの手柄です」
私はジャムールでの勝利を思い返した。
あの戦いは完璧な勝利だった。何せ味方は無血で勝利し、損害は出ていない。敵となった魔王軍にすら死者は少なく、ジュネブル王国軍に至っては矢の一本も受けていないのだ。
我ながら華麗な勝利であったが、状況が良かっただけだ。それにジュネブル王国にとっては、ある意味いい勝ち方ではなかった。
「これらは与えられた勝利です。連合軍に奴隷から解放してもらい、貴方達に勝利をもらう。それでは駄目なのです。これから国を再興してやって行くには、与えられてばかりではいけません。自ら戦い血を流し、勝利を勝ち取る。それが出来て初めて、ジュネブル王国が再興する一歩となるのです」
私は右の拳を固めながら、ジュネルの壮麗な街並みに目を向けた。
美しい白鳥宮と街を守る城壁には、魔王軍を示す黒い竜の旗が翻っている。ジュネブル王国軍にはなんとしてでも自分達で敵を打ち破り、自らが誇る国の旗を自らの手で掲げてもらわねばならない。
「なるほど。確かに、流血は必要かもしれませんね」
レイが納得して頷く。世界中に国家や帝国は数あれど、その最初の一ページ目は流血沙汰だ。
戦争か暗殺か革命か、誰かが危険を覚悟で戦った結果が王国なのだ。国という文化は、流血なしには語れないのだ。
「ジュネブル王国軍にはジュネルを正面から攻めてもらいましょう。数の有利を生かせば、綻びを突けるはずです」
私は基本的な戦術で攻めると決めていた。というよりも、ジュネブル王国軍には正面攻撃しかできない。
「では我らは見ているだけですか?」
「いえ、しっかりと働いてもらうつもりですよ。被害は少ないほうがいいので」
私はレイを見て笑った。せっかく助けた命だ。無駄に散らせるつもりはない。ジュネブル王国の民に必要なのは、自分達が命懸けで戦い、祖国を取り戻したという事実だけ。見えないところで手を貸してやろう。
「貴方達にはジュネルの後方を突き、敵の指揮官を叩いてもらいます。後方が脅かされ指揮官が討たれれば、城壁を守る魔王軍にも隙が出来るでしょう」
「ああっと、後方を突くのはいいのですが……どうやって? 少数の兵士では不可能だと、先程おっしゃいましたが?」
レイが声を詰まらせる。確かに少数で破壊工作は不可能だと、さっき話したばかりだ。
「少数でなら無理でしょうが、千人ほど兵士を送り込めれば可能でしょう」
私はレイを見ながら簡単に言ってのけた。
魔王軍の予備兵力はそれほど多くない。まとまった数で後方を突けば防げないだろう。
「でも、どうやって輸送するのです? 私の翼竜は一頭しかいませんよ?」
レイが慌てる。千人の兵士を輸送するとなれば、大変な労力になる。それに時間がいくらあっても足りない。
「翼竜は使いませんよ、別の方法で兵員を輸送します」
「どうやって?」
「それはまぁ、船しかないでしょうね」
私はレイからジュネルに目を移す。海に突き出たジュネルは三方が海に囲まれている。船があれば上陸は簡単だ。
「でもロメリア様。船と言われても、我々は一艘も持っていませんよ?」
レイが首を傾げる。
確かに私達は船を一艘も持っていない。解放した街や村にも、小船すら残されていなかった。
ガンガルガ要塞が連合軍の手に落ちたあと、ディナビア半島に残っていた魔族達はこぞって半島からの脱出を図った。しかし陸路は要塞を抑えた連合軍が封鎖している。安全な脱出路は海路しかない。魔族達は船という船を使って半島から脱出した。
「確かに我々は船を一艘も持っていません。ですがレイ。なければ作ればいいではありませんか」
私は笑って答えた。




