第五十八話 ジュネル攻略の秘策①
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ジャムールを陥落させた私は、そのままディナビア半島を北上した。そしてジュネブル王国のかつての王都である、ジュネルにまで軍を進めた。
海に突き出たジュネルの南東には、見晴らしのいい丘があった。私はここに本陣を構えるように命じると、兵士達が旗を並べて号令と共に天幕の布を広げる。
陣営が整う間、私は周辺の地図を片手に東を見た。丘の東は急な下り坂となっており、麓は海と繋がっていた。かなり急な坂道を下ると、小さな浜辺が見える。手に持っている地図にも、同様の浜辺が記されていた。地図に間違いがないことを確認していると、空のように青い鎧を身につけたレイが私の元にやってきた。
「ロメリア様。天幕の用意はもう直ぐ完了します。またジャネット女王とディモス将軍にも使いを出しました。お二方が到着次第、いつでも軍議を開くことができます」
レイはニコニコと笑顔を浮かべながら報告する。
普通将軍の位を持つ者が、この程度の報告をすることはない。もっと下の兵士に任せるものだ。しかしレイは私に対する報告は、できるだけ自分でやろうとする。何年も前に知り合った新兵の時から、変わらない癖だ。
将軍たる者そんなことではいけませんよと思う反面、可愛らしくもあった。
「燃やしてしまったジャムールも綺麗な街でしたが、ここも負けず劣らずですね」
レイが北に広がる、ジュネルに目を向ける。確かにジュネルは美しい街並みであった。特に街の中央に聳える、白亜の宮殿が何より目を引く。
金色の屋根が陽光を反射し、純白の外壁を持つ宮殿が翼を広げるように左右に伸びている。
「噂に名高き白鳥宮ですね。ジャネット女王の父である先代の国王が建設したそうです」
私は贅を凝らした宮殿を見た。確かに美しいが、別に住みたいとは思わない。それよりも目が行くのは、王宮のさらに奥に見える港だった。
岬に突き出たジュネルは、宮殿の美しさもさることながら、機能美も兼ね備えた都である。
北に広がる海には石造りの桟橋が三本も伸び、大きな港となっている。波止場には赤い煉瓦の倉庫が連なり、灰色の石で組み上げられた大きな造船所も見ることができた。
ディナビア半島を支配していたジュネブル王国は、北の荒波を乗りこなしてきた海洋国家だ。何隻もの軍船や商船を持ち、操船技術だけでなく造船技術も卓越していたのだ
「さて、どうやって攻めます? ジャムールのように翼竜で後方に移動し、街に火をつけますか?」
レイが提案するが、私は首を横に振った。
「少数での潜入は危険すぎます。前回は敵の数が少なく、兵力が一箇所に集中していることがわかっていました。ですが今回は敵の数も多く、兵力も分散して配置しているでしょう」
岬に突き出た都は、街を覆うように扇状の城壁で守られている。
城壁の上には魔王軍が守備についているが、その数は三千体程だ。ディナビア半島に残ったとされる魔族達の全兵力ではない。
「城壁が横に広く、守備すべき場所は大きい。魔王軍も私達が攻撃する場所を絞りきれず、後方に予備兵力を配置しているのでしょう」
私がジュネルを指差して教えると、レイが頷く。
「少数の兵力では魔王軍に対応されます。後方を突くとしても、せめて千人は送り込まないといけないでしょう。貴方が持つ一頭の翼竜では、そこまで往復できないでしょう」
「蒼穹騎士団の全軍を連れてくることができていたら、また変わっていたのでしょうね」
レイがぼやくがその通りだ。
蒼穹騎士団は、飼い慣らした翼竜に乗る航空部隊だ。まだ数が少ないので大規模な運用はできない。しかし数が揃うようになれば、戦争は一変するだろう。もはや高い城壁は何の役にも立たず、好きな場所に兵士を輸送できる。
「しかし、ないものを強請っても仕方ありません。今の自分にできることでやりくりしないと」
私の言葉にレイが頷く。軍隊は実在主義だ。わかりやすく確実な方法が良いとされる。
「まず今回は火攻めをしません。理由は三つ。まず一つ目は火を付けても消火されてしまうこと」
私は右の人差し指を立てた。
ジャムールの攻防では、魔王軍は全兵力を南の壁に集中していた。そのためアル達が後方で火を点けると、すぐに駆け付けられずに初期消火が出来なかった。さらに風向きもあって炎は一気に広がってくれた。しかしジュネルには兵力が分散配置されているし、兵士ではない民間の魔族も多数存在する。彼らも消火活動に加わるだろうから、ジャムールのような大きな効果は望めない。
「それにジュネルには奴隷となっている人達がいます。彼らを焼き殺すわけにはいきません。これが二つ目です」
私は右の中指を、人差し指の横に加えた。
ジャムールの攻防では、魔王軍が事前に奴隷となっていた人々を解放してくれた。このおかげで火計という方法にも踏み切れたのだ。相手の行動に救われたとも言える。
「今回も連中が奴隷を解放してくれたりしませんかね?」
「それはないでしょう。彼らもここを最後の拠点と考えているはずです」
ジャムールを守っていた魔王軍は、時間稼ぎとして街に立て籠っていた。彼らは降伏する前提があり、だから先に奴隷を解放するという人道的な行動に出たのだ。しかし今回は敵も引く場所がない。追い詰めれば、奴隷を盾にするという事態も起きうるだろう。
「そして三つ目の理由が造船所です」
私は右の薬指を立てながら、視線をジュネルの奥に広がる港と造船所に向けた。
「あの造船所は何としてでも、無傷で手に入れなければいけません。その結果、兵士に損害が出たとしてもです」
声と共にため息を私は吐いた。
ジャムールの街を燃やした時、ジャネット女王は都市よりも民の命の方が大事だと言っていた。確かに私も命は尊いと思う。しかし時に金は、命を超える価値を持つ。軍隊や国家を維持するには、何をおいても資金がなければ始まらないからだ。
「確かに、お金は大事ですからね。それにジュネブル王国の台所事情を考えれば、造船所のあるなしで変わってくるでしょうからね」
レイは仕方がないと顎を引く。
ジャネット女王はディナビア半島を買い取ると約束したが、国一つを現金でやりとりすることはできない。収穫した食料や鉱山でとれた鉱石、そして造船所で建造された船などで収めてもらうことになる。
これは孫の代までかかる借金であり、造船所が焼失すれば年単位で返済期間が変わってくる。兵士には悪いが、血を流してでも造船所を手に入れてもらわねばならない。
「それに、これは我がライオネル王国の未来にも関わってくる問題です」
「ああ、船は欲しいですからね」
私がつぶやくと、レイが顎を引く。
我がライオネル王国は数年前まで、海に面した港を持っていなかった。そのため船の数が少なく、造船技術も遅れている。海洋国家であるジュネブル王国から船を買い取り、技術を手に入れる必要があるのだ。




