第五十三話 戦場の答えはかく示された
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私は天幕の中で、机に置かれた一枚の地図に目を落としていた。地図には白い石や黒い石がいくつも置かれている。地図を睨むように見ていると、外から入室を求める声がかけられた。許可すると黒髪にやや垂れた目をしたメリルと、活発な顔のシュローが入ってくる。メリルの手には小さな紙が握られていた。
「ロメリア様、第十七部隊から伝令が届きました。マルセルの街を解放したとのことです」
紙を見ながら報告するメリルに私は頷き、地図に置かれた黒い石を一つ取り除いた。そして代わりに白い石を置く。
「これで、ディナビア半島のほぼ全土を奪還できましたね」
私は頷いて地図を見た。北に突き出たディナビア半島のほぼ全てを、白い石が覆い尽くしている。この白い石はジュネブル王国軍と、彼らが解放した地域を示していた。
最初は魔王軍を示す黒い石で覆われていたが、残す黒い石はただ一つだ。
私は地図の上に目を向けると、ディナビア半島の北限に位置する場所に一つの黒い石が置かれていた。石の下にはジュネルと書かれている。
「まぁ奪還と言っても、撤退した魔王軍の後に到着しただけですけどね」
シュローが笑う。確かにディナビア半島に残った魔族は、二日前に攻略したジャムールと、ジュネブル王国の旧王都ジュネルに兵士を集中させていた。全ては戦力の分散を嫌ったためである。奪還と言えば聞こえはいいが、各地では戦いどころか敵の姿すら見ていない。敵がいなくなった空白地を進んだに過ぎない。
「しかし奪還は奪還です。ジュネブル王国軍にこのことを知らしめてください。ディナビア半島の全土を取り戻すのは、もう目の前だと」
「了解、まぁ、嘘でもあいつらには張り切ってもらわないといけませんからね」
シュローが笑いながら頷く。戦力の中核をなすジュネブル王国軍だが、練度は低く武装した民間人でしかない。歴戦の魔王軍と正面から戦えるような軍隊ではないのだ。
「戦いとは戦力ではなく勝機ですよ。勢いで押せば勝てます」
私は戦術を語った。戦いとは自分の強みの押し付け合いだ。自分の強いところで勝負し、相手に何もさせずに押し切る。単純だが最も効果的な方法と言えた。それに私には、神から与えられた奇跡の力『恩寵』というものがある。
味方には好調を、敵には不調をもたらすこの力は、普段は天秤のようにたゆたいさほど大きな力を発揮しない。しかし一度勝利へと傾き始めると、好調をもたらす力は大きくなる。好調は好調を呼び、抗えぬほど強大な力を発揮する。
勢いに乗るジュネブル王国軍ならば『恩寵』の効果は大きく発揮されるだろう。
「もちろんそういう勝ち方もありますが、ロメリア様はそういう戦い方はお嫌いでは?」
メリルに指摘され、私は口をつぐんだ。
確かに私は自身が持つ『恩寵』の力を、あまり当てにはしていなかった。奇跡的な力ではあるが、幸運頼みの戦いではいずれ行き詰まるからだ。
「メリル。知っていますか? 実戦とは、究極的な意味では答え合わせらしいですよ」
「答え合わせ?」
私の言葉に、メリルが首を傾げる。
「魔王軍のギャミの言葉です。入念に準備を整え必勝の策を練れば、戦う前にして勝敗はついている。実際の戦場は、ただの答え合わせであると」
私は魔王軍特務参謀の顔を思い出した。
小柄で魔族としては変わった姿形をしていたが、何よりも奇怪なのはその脳の中身であろう。卓越した頭脳を持つ魔族は、戦場を紙の上に書かれた問題と見ていたのだ。
「は〜、さすが魔王軍の参謀は言うことが違いますね。魔族にはあんなのがゴロゴロしているんですかね?」
メリルも息を吐いて感心する。だがさすがにギャミほどの魔族は二体といないだろう。もしいるとするならば、人類はすでに滅んでいてもおかしくはない。
「ロメリア様、今回の戦争のいいところは、行く手にはガリオスもギャミもいないことですね」
シュローの言葉に私も同意する。あの二体が必勝を期して待ち構えていれば、ちょっと勝てない。
「しかしガリオスはいないでしょうが、ギャミがいないとは限りませんよ?」
私はシュローを嗜めておいた。
今回のディナビア半島奪還作戦において、魔王軍のガリオスとギャミはすでにローバーンへと戻っている。あの二体が戦場に立つことはないだろう。しかし策謀をめぐらせるギャミは、戦場に立つことなく戦場を操ってくる。
それにディナビア半島に残った魔族達は、何か理由があって残っている。その理由はまだわからないが、ギャミは気づいている様子だった。ギャミが手をこまねいているとは思えず、なんらかの策を打ってくるだろう。
「気を引き締めておいてください」
私が注意すると、メリルとシュローは頷いた。




