第五十二話 ジュジュ王女と花の人形
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ジャネット女王の演説を聞いた私は、ひとまずジャネット女王と話すことをあきらめた。
アルに目配せをすると、彼も頷き陣地に戻るべく踵を返す。歩いていると子供の笑い声が聞こえてきた。目を向ければ十数人の子供達が、思い思いに遊んでいた。おそらくジャムールから解放された人々の子供だ。奴隷の身ゆえこれまで思い切り遊ぶことができなかったのだろう。男の子達は走り回り、女の子達は集まって花を摘み花冠を作って遊んでいた。
何処であっても子供達が遊ぶ姿は変わらないなと眺めていると、子供達の輪から外れて、女の子が一人でいるのが見えた。その女の子は桃色のドレスを着ており、後ろには一人の侍女が控えている。私はその女の子に見覚えがあった。ジャネット女王の一人娘であるジュジュ王女だ。私は気になり、一人遊ぶジュジュ王女に歩み寄った。
ジュジュ王女はドレスの裾が汚れるのも厭わず、草むらに膝をついて花を摘んでいた。
「こんにちはジュジュ様」
私は膝を折り、ジュジュ王女の目線に合わせた。王女は私と一度目を合わせるも、言葉を返さず黙々と花を摘む。
「他の子と遊ばなくていいんですか?」
私が気にせず話を続けると、花を摘む王女の手が止まる。そして顔を上げ遠くで遊ぶ子供達に視線を注いだ。花冠を作って遊ぶ子供達を見て、ジュジュ王女の目は輝き口がわずかに開く。しかしすぐに口は固く結ばれ、視線は地面へと向いた。
初めて会う子供達なので、ジュジュ王女遊ぼうと言えないのだろう。ジュジュ王女は口を閉ざしながら花を摘み、寄り集めて結んでいく。おそらく遠くで遊ぶ女の子達のように、花冠を作ろうとしているのだろう。しかしジュジュ王女は作り方を知らないのか、上手く結べないでいる。
他の子に教えてと言えないジュジュ王女は、頬を膨らませて悔しがる。
「こうやるんですよ、ジュジュ王女」
子供らしい苛立ちが微笑ましく、私は膝をついて花を摘んだ。そして茎を撚り合わせ、花冠を作っていく。子供の頭に乗る花冠は小さく、簡単に出来上がった。
出来上がった花冠をジュジュ王女の頭に乗せてあげると、膨れていた頬が一瞬にして和らぐ。
笑うジュジュ王女を見て、私も自然と笑みが溢れた。
「へぇ、ロメ隊長も女の子みたいなことできるんですね」
後ろで見ていたアルが、意外そうな声を上げる。
「アル、私をなんだと思っているんです。花冠ぐらい、子供の時に作りましたよ」
「意外ですね、おままごととかに興味がなく、木の棒振り回す子供だと思っていました」
笑うアルを、私は睨み返しておく。
私にだって子供らしいとこはあったと、子供の頃の時を思い出す。しかし思い返してみれば、確かに私はおままごとがあまり好きではなかった。一番好きな遊びは木登りで、まさしくアルの指摘通りだと気づいた。この事実はアルには知られないようにしようと心に誓う。
「あっ、あの、ロメリア様」
アルとやりとりをする私の前で、ジュジュ王女が弾けるように声を上げた。
「あの……その、作ってくれてありがとうございます!」
ジュジュ王女は花冠を頭に乗せながら、私の目を見て話す。
私はよく言えましたねと、笑みを返した。そしてもう少し遊んであげようと思い、花を摘んで今度は花で編んだ人形を作ってあげる。
ジュジュ王女は目を輝かせ、私に作り方を教えてくれとせがんだ。花の人形の作り方を教えてあげると、私は魔大陸で出会ったトマスさん一家を思い出した。一家には一人娘であるセーラという少女がいて、歳もジュジュ王女に近かった。
トマスさん一家と会ったのは、もう何年も前の話だ。私は幼いセーラに人形を作ってあげた。しかしあの時は花が手に入らず、藁で人形を作るしかなかった。
茶色い人形は味気なく不細工だったが、それでもセーラは目を輝かせて喜んでくれた。
ジュジュ王女とセーラを重ねてしまい、私の胸に鈍い痛みが走る。
「できた!」
私が目を細めていると、ジュジュ王女が自分で編んだ花の人形を高らかに掲げる。すると私達の元に数人の女の子が歩み寄ってくる。
「ねぇ、それどうやって作ったの?」
女の子達は私やジュジュ王女が持つ花の人形を、不思議そうに見ていた。
ジュジュ王女は初めて話す子供達相手に不安になり、私の顔を伺うように見る。
「ジュジュ様。私はもう行かねばなりません。私の代わりに、作り方を教えてもらえますか?」
私は立ち上がり、足についた埃を払って提案する。ジュジュ王女は視線を彷徨わせるも、最後はうんと頷く。そして女の子達の輪に加わると、早速人形の作り方を教え始めた。
すぐに打ち解ける子供の素直さに、アルと共に微笑みを向ける。するとそこに歩み寄る足音が聞こえてきた。目を向けると喪服を着たジャネット女王が、ゾレル枢機卿を連れてこちらにやってくる。
「ジュジュと遊んでいただき、ありがとうございます。ロメリア様」
「いえ、これぐらい大したことでは」
やってきたジャネット女王と私は並び、遊ぶジュジュ王女と子供達を眺めた。遊ぶ子供達の光景は微笑ましく、戦場にいることを忘れさせてくれる。
「可愛らしいお子さんですね」
私は女の子の輪に加わり、人形の作り方を教えるジュジュ王女を見た。
ジュジュ王女はジャネット女王とよく似ており、特に目元と口元はそっくりだった。無邪気に笑う姿は天真爛漫を絵に描いたようであり、まさに天使の微笑みだった。
「ええ、まったく」
隣に立つジャネット女王が言葉を返す。だがその声にはなんの温かみもなく、私は声を聞いただけで背筋に寒気が走った。
私は驚きジャネット女王を見ると、女王の視線は笑う我が子に注がれていた。ヴェールの下にあるその瞳は、まるで穴でも開いたように暗かった。




