第五十一話 女王の演説
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炎上するジャムールを背に、ジャネット女王が民衆を前に語りはじめた。
「皆さん、損害もなく魔王軍を打倒出来たことを、嬉しく思います」
ジャネット女王のよく通る声が響き渡る。労いの言葉を聞き、兵士達の間からも再度歓声が湧き上がる。喜ぶ人々を見て女王は頷きながら、視線をジャムールから解放された人々に向ける。
「ジャムールの皆様。勝利のためとはいえ、故郷に火をかけるように提案したのは私です。どうかお許しください」
ジャネット女王は、腰を曲げ深々と頭を垂れた。頭を下げる女王を見て、私をはじめ多くの人々は動揺した。
王は自分の過ちを認める必要がなく、謝罪をする必要もまたない。国によっては、王は謝らなくてもいいとする法律まで存在する。決して誰にも頭を下げない。それが王たる者の振る舞いなのだ。しかし今、ジャネット女王は名もなき民衆に向けて謝罪した。
「そんな、やめてください。ジャネット女王」
「そうです、女王が謝る必要なんてない」
頭を下げるジャネット女王を前に、人々が声を上げる。女王はわずかに顔を上げるも、首を横に振った。
「いいえ、すべては私の責任です。ジャムールを燃やすことなく、普通に戦うこともできました。しかし私は生き残った皆様を、もう一人も失いたくなかったのです」
ジャネット女王の言葉を聞き、人々は驚き目を見合わせる。雲の上の存在とも言える王が、自分達と歴史ある都市とを比べて、自分達の命を優先してくれたことが信じられなかったのだ。
「ジャムールは燃えてしまいましたが、故郷を思う皆様がいれば、必ず復興できると私は信じています。どうか皆様、ジャムール復興のため、ジュネブル王国再興のため、どうか私にお力をお貸しください」
ジャネット女王は再度深々と頭を下げる。女王の演説を聞き、周囲にいた人々は唖然として静まり返る。
静寂の中、何処からか手を叩く音が上がった。拍手の音は二つ三つと増えていき、最後には割れんばかりの音の波濤となる。
手を叩き、歓声をあげていたのはジュネブル王国軍の兵士達だけではなかった。故郷を失ったジャムールの人々も手を叩いていた。
「なかなかやり手ですね」
隣にいたアルが大歓声を眺めながら呟き、私は頷き返す。
ジャムールに火をつける。これは魔王軍を簡単に倒せる方法だった。しかしジャムールに住む人々からは、信頼を失いかねない行動だった。だがジャネット女王は、焼失したジャムールの復興をジュネブル王国の再興にすり替えた。これにより人々の心は一つになり、強い結束が生まれる。
本来失点となる行動を、自分の利点と変える。なかなかにうまい一手だった。
拍手は鳴り止まず、ジャネット女王とジュネブル王家を讃える声があちこちから上がる。ジャムールの人々もジャネット女王に歩み寄る。男達は膝をついて忠誠を誓い、女達は女王と手を握り抱擁する。
ジャネット女王は厭うことなく、ジャムールの人々一人一人に声をかけ、抱擁を交わしていく。その中には赤子を抱いた老女もいた。ジャネット女王が赤子を抱く老女を軽く抱擁すると、腕の中にいた赤子が突如泣き出した。
老女はジャネット女王に失礼だと感じたらしく、頭を何度も下げて謝罪する。女王はかまわないと笑って答えると、赤子を抱かせてほしいと手を差し出した。
老女は困惑したものの、泣く赤子をおずおずと差し出す。ジャネット女王は両手で掬い上げるように赤子を受け取ると、胸に抱き寄せて泣く赤子をあやした。しっかりと赤子をだきつつも、優しい手つきは慈愛に満ち溢れており、見る者を安心させた。泣く赤子にもそれは伝わったのか、赤子は泣き止み笑った。
赤子をあやすジャネット女王を見て、周囲で見ていたジュネブル王国の人々も嬉しそうに頷く。女王は赤子にも愛される国母なのだと分かったからだ。
私も赤子を抱くジャネット女王を見て、感じるものがあった。言葉や表情は嘘で取り繕うことができる。しかし仕草や微妙な表情まで偽ることはできない。もしジャネット女王が過酷な体験ゆえに、他者の不幸を望むような人間であれば、あのような振る舞いはできないだろう。
「これは、思い過ごしでしたかね」
隣にいるアルも、ジャネット女王を見て呟く。まだ答えを出すには早いが、子供を大事にする人物であるというのはいいことだった。
ジャネット女王は赤子を老女に返すと、他の人々にも声をかけていく。とても女王に話をする雰囲気ではないので、今は諦めるしかなさそうだった。




