第五十話 炎上するジャムール②
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太陽が傾き始めた頃、ジャムールから竜の旗が降ろされた。魔族は武装解除に同意し、兵士達も大人しく従い武器を手放していく。
魔王軍はやはり初めから降伏するつもりだったのだろう。交渉は問題なく進んだ。
ジャムールの門の前では、魔王軍から武器が集められ、武装を解除した兵士達が列をなす。その合間でライオネル王国軍が奔走し、捕虜として捕らえていく。
粛々と行われる降伏を見て、私は深い感慨に包まれた。
以前であれば勝ち目がないと分かっていても、魔王軍は抵抗を止めることはなかった。しかし戦時条約を結んだことにより、人類と両者の間では降伏が可能となったのだ。
私は捕虜となった魔王軍の兵士を見た。鱗に覆われた体は背筋が伸び、爬虫類のような瞳には力があった。
彼らは降伏して捕虜の身となった。しかしまだ戦う力と意思は残している。礼儀は尽くした方がよさそうである。
「セイ、タース。捕虜となった魔族の扱いには気をつけるように」
私は黒髪のセイとやや垂れ目なタースに、しっかりと命じておく。
魔王軍は武を尊ぶ。敵を前にして命を惜しむことはない。しかし武人であればこそ、無益な戦いを好まない。今回魔王軍は降伏したが、戦略的に降伏の判断をしただけだ。
捕虜と思って侮り、侮辱などをすれば彼らは素手でも挑んでくるだろう。
「特にジュネブル王国軍とは近づけないこと。いいですね」
私はしっかりと念押しをする。
ジュネブル王国軍の兵士達は、以前は奴隷として虐げられていた。ならば今度はその仕返しにと、魔王軍の捕虜をいたぶるかもしれない。
気持ちはわかるが、弱者を痛ぶる光景は醜悪だ。しかもその相手が力を残した魔族であれば、余計な問題になりかねない。だがその辺りのことはセイとタースも心得ており、頷き兵士達に指示を出していく。
「いろいろ大変ですね、ロメ隊長」
背後から声がかけられ振り向くと、赤い鎧に槍斧を担いだアルがいた。
「ご苦労様です。危険な仕事を押し付けてしまいましたね。大丈夫ですか?」
「いえ、楽な仕事でしたよ。クリートのやつはぼやいていましたが」
アルは笑って答える。確かに怪我をしているようには見えない。だが少数での作戦は事故が怖い。いくらアルやレイが強いとはいえ、今回のような作戦は多用すべきではない。
「それよりも、本当にこれでよかったんですかね?」
アルは顎を北に向ける。ジャムールの城壁の奥では、もうもうと煙が上がっていた。城壁があるため火はそこで止まるだろが、ジャムールの都市はそのほとんどが燃え尽きる。
歴史ある都市を燃やしてしまったことに、後悔の念が出てくる。
「今回の火攻めはジャネット女王も後押ししたらしいですが、自分の国を燃やすような真似、普通じゃありませんよ。ジュネブル王国を任せてもいいんですかね?」
アルの言葉に私は何も言えなかった。
今回私が立てた火攻めは、いわば焦土作戦ともいえる戦法だ。人的被害は少ないが、国土は燃える。並みの統治者であれば、効果的と分かっていても採用できないだろう。しかしジャネット女王は、躊躇なく国土を燃やすことを選んだ。
聡明かつ大胆な頭脳の持ち主と評価することも出来るだろうが、私は素直にそう思えなかった。ジャネット女王がどういう人物なのか、私自身が図りかねているからだ。
目の前にいるジャネット女王が、本物か偽物かも分からない。聡明な人物であることは間違い無いが、善人とは言えないかもしれない。
ジャネット女王は国を滅ぼされ、夫を殺されて奴隷となっていた。過酷な経験をした人間は、心が壊れてしまい非道なことをする場合がある。もちろん辛い体験ゆえのこと、それは仕方がないことだ。だが心が壊れた人物を、為政者にしてはいけない。より大きな不幸を生んでしまう。
「……ジャネット女王と話をしてみましょう」
私は見定めるべく、ジャネット女王と話をすることを決めた。その時にわかにジュネブル王国軍の陣地が騒がしくなる。ジャムールより解放された人々が、ジュネブル王国軍に迎え入れられ、自由と王国の復活を喜んでいるのだ。
夕暮れの空に唱和する歌声が響く。行軍の途中にもジュネブル王国軍が歌っていたものだ。拳を振り上げて歌う兵士達の顔には、喜びと自信に満ち溢れていた。
「やれやれ、浮かれていますね」
「彼らからしてみれば、自分たちの接近に魔王軍は恐れ慄き、奴隷を解放して降伏したように見えるでしょうからね」
呆れ顔のアルに、私は答えておく。
もちろん事実は異なり、魔王軍は戦略的な目的があり、達成不可能と判断したので降伏しただけだ。しかし戦うことなく降伏した魔王軍を、ジュネブル王国軍は弱兵だと笑っていた。
「やれやれ、魔王軍が降伏してくれなかったら、どれだけ被害が出たと思っているんだか」
アルが白い目を向ける。確かに魔王軍が弱兵などと、微笑ましい勘違いだ。長く奴隷として魔族の側にいても、魔王軍の恐ろしさを、彼らは理解していないのだ。
「まぁいいではありませんか、自信がないよりはマシです」
私は水を差さないように注意しておく。ジュネブル王国軍の考えは、勘違いもいいところだった。しかし見当外れであっても、自信があるのはいいことだった。今のジュネブル王国軍に期待できるのは、勢いしかないからだ。
ジュネブル王国の人々を眺めていると、喜び歌う兵士達とは別に呆然とたたずむ人々もいた。彼らは炎に包まれるジャムールの街並みをじっと見つめている。
ジャムールを見つめる人々は、ボロボロの服を着ており、痩せ細っている。おそらくジャムールから解放された人々だろう。ついさっきまで住んでいた場所が燃えているのだ。勝利を喜ぶ気にはなれないだろう。
故郷を焼かれた人々を見ていると、私の胸に鈍い痛みが走った。
ジャムールを燃やすように、アル達に命じたのはこの私だ。彼らの苦しみに対して、なんと言えばいいのかわからない。
項垂れる私の頭上を、大きな声が駆け抜けた。驚いて顔を上げれば、先ほどまで歌っていたジュネブル王国軍の兵士達が一点を見つめ歓声を上げていた。彼らが声援を送る先には、喪服を着た女性がいた。
黒いヴェールをかぶるのは、ジュネブル王国のジャネット女王だ。隣にはゾレル枢機卿が重臣のように侍っている。
ジャネット女王の登場に、ジュネブル王国軍の兵士達は湧き上がる。人々の歓声に、女王は手を掲げて会釈を返す。声援を受けていた女王はしばらく手を振っていたが、手を軽く下げ、静まるようにと仕草をする。何かお言葉があるのだと、人々は声を上げるのをやめて女王を注視する。
静まった人々を見て、ジャネット女王は頷き口を開いた。




