第四十九話 炎上するジャムール①
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炎に包まれるジャムールの姿を、私達は丘の上に築かれた本陣で眺めていた。
ディーナ山から吹き下す風に煽られ、炎は南へと燃え移っていく。ジャムールに立て篭もる魔王軍には、もはや消火の手立てはない。
炎に飲み込まれていくジャムールの街並みを見て、私は嘆息した。ジャムールが火災に弱いことは、ここに来てすぐに分かった。
狭い場所に家屋が密集しているため、火がつけば燃え移りやすい。さらに吹きおろす風が、火災を広げてしまう。ジャネット女王に聞いてみたが、実際過去に何度も大火事が起きていたらしい。
街に人が住んでいれば、まだ火災を止めることが出来ただろう。だが魔王軍は奴隷を解放してしまった。時間稼ぎの防衛には三千体の兵士だけで十分と判断したためだ。作戦としては正しいが、最小限の数では火災を止めることは出来ない。いずれ魔王軍は火を逃れるため、門を開けて出てくるだろう。
城壁という防衛設備がなければ、三千体の兵力では戦いようがない。おそらく魔王軍は降伏を選ぶはずだ。私達は一兵も損なうことなく、ジャムールを攻略したことになる。しかし炎に包まれるジャムールを見ると、思うところがあった。
ジャムールは、ジュネブル王国のかつての王都だ。美しい景観でも知られており、ジュネブル王国の民にとっては、思い入れもあるだろう。
ジュネブル王国軍の感情を考えれば、効果的であっても私は火計を提案出来なかった。しかし……。
私が陣地の中に目を向けると、そこには喪服を着た女性が佇んでいた。ジュネブル王国の正当後継者を名乗る、ジャネット女王だ。側にはゾレル枢機卿も控えている。
ジャネット女王は、炎が広がるジャムールの街を見つめていた。
火計を提案できない私に、火攻めを主張したのは他の誰でもないジャネット女王だった。ジュネブル王国の歴史に詳しい彼女は、ジャムールが火災に弱いことを知っていた。そして火攻めを言い出せない私の心理にも。
私の視線に気づきジャネット女王が、ヴェール越しに会釈する。
「これで良いのです、ロメリア様。都市などいくらでも再建出来ます。しかし失われた命は戻りません。今は生き残った民こそが宝。そのためならば美しいだけの街を燃やすことに、何の躊躇いがありましょう」
ジャネット女王の言葉は、頷くべきところがある。一度滅ぼされたジュネブル王国にとっては、国を再興しようとする国民は何よりも大事だからだ。
都市よりも国民を優先するジャネット女王に、側で聞いていたゾレル枢機卿は感激の涙を流していた。
確かに建物よりも人命を優先する決断は悪くはない。だが私は素直に同意することが出来なかった。何故なら燃えるジャムールを見つめるジャネット女王の横顔が、どこか恍惚としているように見えたからだ。
もし目の前にいるのが本物のジャネット女王であれば、ジャムールは先祖が残した場所だ。燃やすなどあり得ない。一方で替え玉のタリアだったとすれば、なお疑問が残る。ジャムールはタリアの生まれ故郷という話だ。故郷を燃やして喜ぶ者などいないだろう。
目の前にいる女性が本物か偽物かと言う以前に、彼女が何を考えているのかが分からない。
「ロメリア様。ジャムールの門が開きましたぞ」
背後から声がかけられ、振り向くとディモス将軍がジャムールを指差していた。首を返して見ると確かに門が開き、中から魔王軍の兵士が出てくる。先頭に立つ魔王軍の兵士は手に降伏を示す旗を持っていた。
「降伏を受け入れましょう。ジャネット女王、ジュネブル王国軍には決して攻撃せぬように伝えてください」
私が頼むと、ジャネット女王は頷く。
魔王軍との交渉により、ローバーンから多くの奴隷を解放することが出来た。だが全てを助け出せたわけではない。これからは多くの魔族を捕虜に取り、交渉により取り返していかねばならないのだ。
「降伏交渉と武装解除は、我がライオネル王国が行いましょう」
私はジャネット女王に対する疑問をひとまず忘れ、目の前の事態に集中することにした。




