第四十八話 ジャムールの攻防㊅
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ジャムールの街にある大きな屋敷の屋根に降り立ったアルビオンは、瓦を踏んで魔法の火を放つ。数軒ほど火を付けると、頭上から悲鳴のような叫び声が聞こえた。見上げれば翼竜がジャムールの上空を旋回している。鞍には青い鎧のレイヴァンが跨り、その左手には杖を持つクリートが掴まれ、宙ぶらりんとなっていた。
クリートは杖を振り回し何か叫んでいたが、レイヴァンは一顧だにしなかった。クリートは最後には諦め、下に杖を向ける。杖の先端には光が灯り、複雑な図形が浮かび上がった。そして次の瞬間、数十もの炎が一斉に放たれる。尾を引く炎は階段状に連なるジャムールの街に降り注ぎ、あちこちから火の手が上がる。
クリートの魔法を見て、アルビオンはやるものだなと感心した。普段から鼻持ちならない奴だが、魔法の腕だけは確かだ。一発の威力ならばアルビオンも負けていない自信はある。だが自分はあの様に細かく、広範囲に炎を撒き散らすことができない。さすが宮廷魔導士、魔法の分野では完全に負けていた。だが自分の仕事は、火をつけることではないと言い聞かせる。するとその時、甲高い鳥の様な声が聞こえてくる。魔族の声だ。
声のした方向に目を向ければ、魔王軍の兵士三体が走って来るのが見えた。黒い鎧に身を包み腰に剣を履き、槍を手に持っている。
やってきたうちの一体はレイヴァンが駆る翼竜を指差し、一体は槍で火を叩き消そうとしていた。そしてもう一体は桶を見つけ、屋敷の庭にある池から水を汲み消火しようとしていた。
アルビオンはすぐさま周りに目を配り、敵の数を確認する。辺りに他の魔族の姿はない。ジャムールに立て篭もる魔族の数は三千体。そのほとんどは南の城壁に配置されている。南に目を向ければ、魔族の部隊が登ってくるのが見える。だがまだ遥か下に位置しており、火元からは遠い。目の前にいる三体の魔族は、見張りとしてこの辺りに配置されていたのだろう。
消火しようとする魔族の妨害こそ、ロメリアから与えられたアルビオンの任務だった。アルビオンは敵を見定めると、屋根を蹴り、桶で火に水を掛ける魔族に飛び掛かる。空中で槍斧を繰り出すと、火を消そうとしていた魔族はアルビオンに気付き桶を捨てて腰の剣を抜く。
魔族の剣が跳ね上がり、アルビオンの槍斧を弾こうとする。しかしアルビオンの槍が一瞬早く、魔族の鎧を突き破った。
仲間がやられたのを見て、残った二体の魔族が並んで槍を構える。対するアルビオンは槍斧を突き殺した魔族から引き抜くと、頭上で旋回させた。
巨大な槍斧が勢いよく回転し、風を切り裂き唸り声を上げる。回転を止めたアルビオンは、振りかぶる形で槍斧を構えた。
アルビオンが巻き起こした風を受け、二体の魔族の腰が思わず引ける。
訓練された魔族は、人間の兵士二人分の力を持つと言われている。しかしアルビオンも歴戦の戦士だ。幾多の戦場をくぐり抜けたことで力を増し、並の兵士をはるかに超える力を持っている。例え二対一であっても、並みの魔族を相手に負ける要素はない。
アルビオンの隙のない構えに、二体の魔族は攻めあぐねる。しかし勇猛な魔王軍に、敵前逃亡はない。アルビオンを強敵と見た魔族は、互いに目配せをしたかと思うと右にいた魔族が突如槍を捨てた。
素手となった魔族の目は見開かれ、口は噛み締められていた。
魔族の行動に、アルビオンは目を細めた。魔族の戦術を即座に理解したからだ。
槍を捨てた魔族は、戦意を喪失したのではない。捨て身で突撃して槍斧を掴み、その隙に残りの一体がアルビオンを仕留めようと言うのだ。
不利と見るや、即座に決死の覚悟を固めて相討ちを狙いにいく。魔王軍の兵士は士気が高いと、アルビオンは改めて感心する。
素手となった魔族が、口から小刻みに息を吐く。体を小刻みに揺らして隙を伺い、目は慎重に間合いを図る。対するアルビオンはじっと動かず力を溜めた。
前に立つ魔族が息を吸ったと思った瞬間、勢いよく前に飛び出す。その動きは素早く、両手は広げられ左右に逃げ場はない。背後には槍を短く握った魔族が、体当たりをするような勢いで飛び込んでくる。
自らの命を弾としてでも、アルビオンを倒そうとする魔族の執念。左右や背後に逃げ場はない。前にしか活路はないと、アルビオンは踏み込みながら槍斧を振るう。
魔族は向かいくる刃を胸で止めようとする。だがその時アルビオンが放った槍斧の後ろから、勢いよく炎が噴き出した。アルビオンの魔法である。
槍斧は噴き出した炎により、爆発的に加速する。槍斧は先頭の魔族を鎧ごと両断、勢いは止まらず背後で突撃してくる魔族をも切り裂いた。
魔族の体が吹き飛び、腕や内臓が転がり投げ出される。一瞬にして周囲は血の海となり、臓物から放たれる臭気が辺りを覆い尽くす。
一振りで二体の魔族を倒したアルビオンは、槍斧を担いで息を吐く。アルビオンが呼吸を整えていると、一陣の風が吹く。ディーナ山から吹きおろす風が、炎に包まれた邸宅を煽り火の勢いが強まる。
アルビオンが周囲を見回せば、クリートが放った炎は燃え広がっていた。このまま放置すれば、吹きおろす風により炎はさらに南へと広がる。おそらく城壁にまで達するだろう。たった三千体しかいない魔王軍では、火災を止める術はない。
自分の仕事は終了したと、アルビオンは振り返った。背後にはかつては王が住んでいた、白亜の城が聳えている。こちらは風上であるため、火の手は上がっていない。城の塔にのぼり、レイヴァンに回収して貰えば、炎に包まれるジャムールからの脱出も容易だ。
空を見るとレイヴァンとクリートも、十分仕事は果たしたともう火を放っていなかった。
最後にもう一度ジャムールの街並みを見下ろせば、炎が燃えさかり街を飲み込もうとしていた。
「さて、命令通り燃やしましたが、本当にこれでよかったんですかねぇ、ロメ隊長」
アルビオンは炎に包まれた街を見て呟いた。




