第四十七話 ジャムールの攻防⑤
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アルビオンは翼竜と共に空高く舞い上がった。
気分は爽快である。ディーナ山と連なる山々が果てまで見え、遠く北には海すらも臨むことができた。眼下を見下ろせば人は麦粒ほどの大きさとなり、もはや誰が誰かも分からない。
鳥だけが見ることができる視点に、アルビオンは気分晴れ晴れとしていた。だが上から聞こえてくる悲鳴が、爽快な気分を台無しにしてくれる。
「止めろ! 離せ!」
翼竜の鞍の上で叫んでいるのは、うねるような髪にローブを身に纏った宮廷魔道士のクリートだ。クリートは青い鎧を着たレイヴァンに掴まれ、鞍の上でもがいている。
「本当に離そうか?」
レイヴァンが掴んでいる手を離そうとすると、クリートは慌ててレイヴァンの腕にしがみついた。
うるさいクリートにアルビオンは嘆息する。確かに真下を見れば遮るものが何もなく、もし翼竜が掴んでいる槍斧を手放せば、自分は真っ逆さまに落ちていく。そう思うと確かに少し怖いが、喚くほどではない。
アルビオンが眉を顰めていると、翼竜がジャムールの城壁の上に差し掛かった。城壁に並ぶ魔王軍はこちらに気づき弓を構えている。
「おい、矢がくるぞ!」
アルビオンが注意した直後、魔王軍が一斉に矢を放つ。百近い矢がこちらに向かって飛来してくる。そのほとんどは翼竜の高さまで届かない。しかし一部の矢は大きく弧を描きながら、アルビオン達を射殺そうとする。
「任せろ」
翼竜に跨るレイヴァンが矢を見る。すると風が巻き起こり飛来する矢を逸らしていく。風の魔法の使い手であるレイヴァンに矢は通じない。
眼下では魔王軍の兵士達が、弓を手に呆然と見上げていた。
空を飛べば壁を越えられるだけでなく、敵の陣容や動きも見て取れる。二年前のセメド荒野の戦いの後、ロメリアは生きている翼竜を保護して飼育と繁殖を命じた。あの時はどうかしていると思ったが、こうして空を飛んでみれば、翼竜は戦争を変える存在だと言うのがわかる。
レイヴァンの駆る翼竜はジャムールの城壁を軽々と超える。このまま敵の後方を攻撃すれば、いい陽動となるだろう。しかしレイヴァンは高度を下げない。いかに翼竜が容易く壁を越えられると言っても、現在は一頭しかいない。輸送できる兵員も三人がせいぜい。アルビオンは腕に自信はあったが、流石に三千体の魔族に囲まれれば、四方から押し潰されて死ぬしかない。それにロメリアが命じたのは、敵を倒すことではなかった。
翼竜は高度を下げず、まっすぐに北上する。視界にはディーナ山の斜面に建てられたジャムールの街並みと、その頂点に立つ白亜の城が迫ってくる。
「アル、降ろすぞ!」
レイヴァンが言うや否や、翼竜が翼を左へと傾け旋回しながら降下する。クリートが悲鳴をあげていたがアルビオンは気にせずただ下だけを見ると、ジャムールに建設された大きな邸宅の屋根が迫る。翼竜が鉤爪に掴んでいた槍斧を離すと、アルビオンが屋根へと落ちる。
落下するアルビオンは屋根に着地し、瓦を砕きながら屋根を駆け降りて速度を殺す。だが速度を殺しきれない、アルビオンは槍斧を屋根に突き刺した。
瓦が砕け屋根に裂傷のような跡が刻まれる。一気に速度が落ちていき、屋根の縁でアルビオンは停止した。
一息ついたアルビオンは周囲を見回した。斜面に建つジャムールの街並みは、上から見下ろせばよく見通せた。
「高そうな屋敷だ」
階段状に並ぶ邸宅を見て、アルビオンは右肩に槍斧を担いで息を吐く。
ジャムールは貴族の避暑地として使われていた。そのため並んで建つ邸宅は美しく、庭は手入れされ池まであった。この屋敷一軒で、庶民が持つ家が十軒は買えるだろう。
「もったいないが、これも命令だ」
アルビオンは左手を広げて掲げると、手の平に小さな火が生まれた。火は徐々に大きくなり、最後には広げた五指よりも大きな炎となる。
アルビオンは炎の魔法を使うことができた。ただし魔法に指向性や属性を付与する魔術式を覚えていないため、炎しか生み出すことができない。クリートなどの魔導士からは、真の魔法使いではないと言われる。最もアルビオンは魔導士になるつもりはないからどうでもいい。
アルビオンは手に生み出した炎を、目の前に建つ邸宅に投げるように放った。火炎弾が壮麗な屋敷に激突すると、炎が溢れ出し邸宅に火が燃え移る。
アルビオンはさらに炎を生み出し、他の邸宅にも火を放っていく。ジャムールの端正な街並みに、炎の色彩が加えられた。




