第四十五話 ジャムールの攻防③
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ゾレル枢機卿を伴い、喪服を着たジャネット女王がやって来る。そして薄いヴェール越しに赤い唇を動かす。
「ロメリア様にディモス将軍。何をお話ですか?」
「いえ、素晴らしい景観であると見惚れておりまして」
ディモス将軍はジャムールの姿を一瞥して頷く。その場しのぎの嘘ではあるが、雄大なディーナ山系を背景に、階段状に連なる古都ジャムールは名勝地として名高い。
「ジュネルに遷都されて以来、止まってしまった都市ですよ。貴族達の避暑地として別荘が建てられて見た目はいいですが、それだけです」
「しかしお懐かしいでしょう。確かジャネット様はこちらのお生まれだとか?」
「いえ、ディモス将軍。私の生まれは王都ジュネルですよ。父の生まれはここですが」
ジャネット女王はヴェール越しにディモス将軍を見る。
「おや、そうでしたか。これは失礼を」
ディモス将軍はシレっと答える。彼女の正体が替え玉のタリアだった場合、引っかかってこの街の生まれだと言うことを期待していたのだろう。だがそうはならなかった。果たして女王は本物か偽物か、それはディモス将軍に任せよう。
「しかし懐かしいのは本当です。ここには毎年避暑に来ておりました。そう言えばジュジュを授かったのもここです。私の懐妊を知り、マーナンがとても喜んでくれたのを覚えています」
ジャネット女王が、目を細めてジャムールを見つめる。そして一度目を瞑り、一息吐いて目を開いた。
「ではロメリア様、軍議を行いましょう」
ジャネット女王の言葉に頷き、私は兵士達が建てた天幕に目を向けた。すでに天幕の設営は完了している。ジャネット女王達を先導して天幕の中に入ると、内部には机や椅子が置かれていた。机の上にはジャムールを中心にした周辺の地図が置かれている。
「ロメリア様、ディモス将軍。私は軍を率いた経験がありません。また、我が国に生き残った将軍はおらず、指揮する者がおりません。軍略に関してはお二人に考えていただき、それを私が採用する。という形でどうでしょうか?」
ジャネット女王の提案に、私とディモス将軍は目を見合わせる。指揮権を譲っていただけるのはありがたい話である。問題はどちらが指揮を執るかだが、ディモス将軍の目的は魔王軍を倒すことではなく、ジャネット女王の正体だ。ディモス将軍は私に譲るように手を差し出した。
「では私が一時指揮をとらせていただきます」
私は二人に対し会釈して居住まいを正した。
指揮権をもらえたのはいいことだが、他国の軍隊の行動を考えるというのはなんともやりづらいものがあった。自分の軍隊ではないから無理をさせるのは気がひけるし、戦場となるのも他国の土地だ。思い切った手は打てない。
私は地図を指差しながら口を開いた。
「魔王軍がジャムールに立て篭っているので攻城戦となります。攻城戦の基本は包囲しての兵糧攻めですが、今回それは行いません」
「立て篭もる魔王軍の数が少ないからですね」
頷きながら答えるジャネット女王を見て、私とディモス将軍は互いに目を見合わせた。
「その通りです。よくお分かりですね」
私はちょっと驚いた。
ジャムールに残る魔王軍は三千体しかいない。魔王軍がどれほど食料を蓄えているか不明だが、そもそもジャムールは数万人が居住可能な都市だ。食料もそれなりに備蓄されているだろう。兵糧攻めは相手に時間を与えるだけだろう。
「そうなると正面から攻撃を仕掛けねばなりません」
私は机に置かれた地図を見た。地形を生かしたジャムールのつくりは堅牢だ。魔王軍の数が少ないことを差し引いても、練度の低いジュネブル王国軍には勝てそうにない。しかし私は、簡単にジャムールを攻略する方法を思いついていた。この方法ならば、一日でジャムールを攻略可能。さらにほとんど損害を出さずに済むだろう。しかしこの手段を使うわけにはいかなかった。
私は頭で考えていた方法とは、別の作戦を口にした。
「まずジュネブル王国軍には南から攻めてもらいます。そして圧力をかけているところに、我が国の騎士のアルビオンとレイヴァンを突撃させましょう。壁の一点を打ち崩し、そこを突破口とする。というのはどうでしょう?」
私はジャムールの南の壁の一点を指さした。
とんでもない力技だが、ジュネブル王国軍と連動してジャムールを攻略するとなれば、これぐらいしか取れる手がない。私はジャネット女王を見ると、喪に服する女王は黒いヴェールの下で赤い唇を緩ませた。
「駄目です。賛成できません」
ジャネット女王の硬い声に、私とディモス将軍が目を丸める。
「私の策に従っていただけるのでは?」
「もちろん従います。ロメリア様、私はあなたを尊敬しています。女の身でありながら軍隊を率い、あのガリオスをも撃退した。さらにガンガルガ要塞攻略戦においても、決定的な働きをされたと聞きます。その軍才は疑いようがありません。ロメリア様の策に、私が異を唱えるなどありえません」
ジャネット女王は私の戦歴を語り持ち上げる。
「ですがそれもロメリア様が本心で、これだと言う策である時だけです。ロメリア様。本当はもっと良い方法を思いついているのではありませんか? 我らを気にして、それを言えないのではないですか?」
ヴェールの下からジャネット女王の黒い瞳が私を見つめる。
「しかし……」
私は言いよどんだ。確かに私には必勝の策があった。しかしこの作戦を他国で行うわけにはいかない。
言葉に詰まる私に、ジャネット女王が微笑みかける。
「よいのです、ロメリア様。よいのですよ」
諭すように話すジャネット女王の目を見て、私は背筋に寒気を覚えた。
その目があまりにも暗く、まるで深い穴を覗いたようだったからだ。
今年最後の更新です。皆様よいお年を




