第四十三話 ジャムールの攻防①
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日が傾く前に、私達は丘の上に到達した。
私が馬を降りて丘の上に立つと、向かい風が私の髪を撫でる。髪を抑えながら前を見ると、幾つもの稜線が連なる山が見えた。ディナビア半島の屋根と呼ばれるディーナ山系だ。
山の頂は春を過ぎてなお雪解けを拒み、純白の冠を戴いていた。万年雪の下には灰色の岩が絶壁を築き、孤高の佇まいを見せている。視線を下げるとゴツゴツとした岩肌が二股の稜線に分かれる。その尾根と尾根の谷間には、壮麗なる都市が築かれていた。
色とりどりの邸宅が山の斜面に連なり、遠目には美しい紋様となって陽の光を反射している。美しい街の頂点には、山を背にした白亜の城が聳えていた。
百年前に遷都されるまで、王都として世に知られていたジャムールの姿だった。だがかつては王が座していた城には、現在は竜の旗が翻り、魔王軍の存在を知らしめている。
私は視線を転じて山の麓を見ると、稜線の間に横線を引くように城壁が築かれている。城壁の上には黒い鎧を着た魔族達が、弓を持ち並んでいた。
私の右から軽薄な口笛が聞こえ、アルが右隣に立っていた。その背後にはレイやクリート、セイ、タース、メリル、レット、シュローもいる。
「こりゃなかなか守りが堅そうですね。ロメ隊長」
アルの軽い言葉に、私は頷くしかなかった。
ジャムールの街は北にディーナ山系を背負い、東西は峻険な尾根に囲まれている。どちらも急な斜面がここからでも見てとれた。唯一平野部と繋がっている南には、城壁が築かれている。
三方を山に囲まれているジャムールは、南側からしか攻める手立てがない。守る方は一点にだけ戦力を集中すれば良く、壮麗な見た目とは裏腹に、ジャムールは天然の要害と言えた。
「風もきついですね」
ディーナ山系から吹きおろす風は強く、私の髪をさらおうとする。
季節風なのか北風は止みそうにない。南から攻めれば向かい風となり、矢の飛距離は望めない。逆に城壁にいる魔王軍からは、矢が風に乗り遠くまで届くということだ。
「さて、どう攻めますかね。南から攻めつつ、東西の斜面を無理してでも進軍する。東西を本命と思わせながら、実は北の絶壁を兵士に登らせる。というのがロメ隊長好みですかね?」
アルの言葉を聞いていたクリートが、地獄だとつぶやく。
「兵士がたくさんいればそれもいいですが、手元にいるのは五千人だけです。主力となるジュネブル王国軍には、今の作戦は実行できないでしょう」
「ロメリア様。都市の内部には、まだ奴隷となった人がいるんですよね?」
「ええ、レイ。多分いるでしょうね」
レイの問いに私は頷く。多くの奴隷を抱えていたのは西のローバーンだが。このディナビア半島でも魔王軍は捕らえた人々を奴隷として使役していた。
魔王軍がこの地を去るに当たり、奴隷となっていた人々はディナビア半島の各地に残された。現在別動隊としてジュネブル王国軍が部隊を派遣し、魔王軍の残党の有無を確かめながら元奴隷だった人々と合流している。
魔王軍が残るジャムールや王都ジュネルには、まだ多くの人々が奴隷として囚われているはずだ。
「なら中にいる人達と連絡をとって、蜂起してもらいましょう。内と外から攻めれば、どんな城でも落とせます」
レイがなかなかいい案を出す。魔王軍の数はたったの三千体だ。武器を持っていないとはいえ、数千人もの奴隷が蜂起すれば魔王軍にとっては脅威となるだろう。
採用しようと頷きかけたそのとき、ジャムールの街から突如太鼓の音が響きわたった。
私を含め兵士の誰もが注目していると、城壁にある大きな門がゆっくりと開いた。
兵士達がざわつき、そばにいたアルが腰の剣に手をかける。だがジャムールから私達のいる丘まではまだ距離があり、敵が出てきたとしてもすぐに攻撃はできない。それは魔王軍にもわかっているはずだ。門を注視していると、開かれた門からは何人もの人影が出てきた。魔族ではない人間だ。ぼろぼろの服を纏っており女子供も混じっている。
「あれは……」
「奴隷となっていた人達でしょうね」
呟くアルに私が答えた。魔王軍は奴隷を抱えている危険性に気づいており、戦いの前に解放したのだ。
ジャムールを見ると、数千人の人々が門から排出される。列が途切れると門が再度動き出し、固く閉じられた。
「奴隷を解放したか……。奴隷を抱えるのは危険としても、どうして連中は殺さなかったんですかね?」
アルが首を傾げる。奴隷達を城壁に並べて、私達の目の前で殺して戦意を削ぐという手段もあり得た。
「理由はいろいろあるでしょうね。まず考えられるのは、私達の食料を削るためでしょう」
「ああ、そりゃそうですね。見捨てるわけにもいかないですから」
頷くアルの隣で、私は解放された人々を目算で数えた。数千人分の食料が余計に消費されるとなれば、作戦行動がかなり縛られる。
「ですが、一番の理由は、自分達が降伏した時のことを考えているんだと思いますよ」
「降伏? 魔王軍がですか?」
アルが首を傾げる。勇猛果敢な魔王軍が、降伏することを考えて作戦を決めるとは思えないのだろう。だがこれが一番効率的なのだ。
「魔王軍の目的は、時間稼ぎなのですよ。粘るだけ粘って戦い、最後には降伏するつもりなのでしょう」
私は魔王軍の狙いを予想した。
時間稼ぎが目的なら、このやり方が一番現実的だ。そして一番安全でもある。
「奴隷を処刑したとなれば、ジュネブル王国軍が許しはしません。ですが先に奴隷を解放したとなれば、魔王軍が降伏した時は、こちらも誠意を見せねばならなくなる」
私の言葉にアルが頷く。おそらく魔王軍は降伏交渉でも時間稼ぎをしてくるだろう。さらに降伏した魔王軍の食料も提供せねばならない。魔王軍は出来得る限り、私達から時間と食料を奪うつもりなのだ。
「しかしそんな手までを使って、何故時間稼ぎをしたいんだ?」
クリートが首を傾げる。私もその答えを知りたかった。




