第四十二話 半島の行軍
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記が発売中です。
BLADEコミックス様より、上戸先生の手によるコミカライズ版ロメリア戦記も発売中です。
マグコミ様で連載中ですよ。
獅子と鈴蘭の旗を掲げながら、私は馬に揺られていた。行く先には険しい山々がそびえ、針葉樹が天を突くように並んでいた。空は青く春の風が吹き、黄色い羽根の蝶が踊るように飛ぶ。
「いやぁ、のどかですねぇ。とても魔王軍がいるように見えない」
私の隣で馬に跨ったアルが、のんきな声をあげる。
「それはそうでしょう。魔王軍がいるのは、ディナビア半島でももっと北ですよ」
私は北へと目を向けた。魔王軍との交渉により、ディナビア半島からはほとんどの魔王軍と魔族が脱出した。しかしなぜか一部の兵士と魔族が、脱出を良しとせず残っている。私はヴェッリ先生にガンガルガ要塞の守備を任せ、一部の兵士を引き連れてディナビア半島へと進軍していた。
「残っているのは魔王軍の兵士が七千体に、その家族が三千体でしたっけ? まぁ、俺らでもなんとか倒せる数ですね」
アルが首を返して後ろを見ると、そこには五千人の兵士が列をなして進んでいた。彼らはヴェッリ先生が連れてきた補充の兵士達だ。怪我のない彼らなら存分に戦えるだろう。とはいえ、私は彼らを前線に出すつもりはなかった。
「この侵攻の主力は私達ではありません。戦うのは彼らですよ」
私は列をなすライオネル王国軍のさらに後ろを見た。そこには操舵輪の旗が翻り、武装した男達が続く。
操舵輪の旗は滅ぼされたジュネブル王国のもの、そして武装した男達は、解放された元ジュネブル王国の民だ。
ディナビア半島に居残った魔王軍をどうするかで、連合軍の軍議は紛糾した。どこの国も討伐の軍隊を出したくなかったからだ。
連合軍はどの国も大きな損害が出ていた。何よりディナビア半島の分割統治という当初の案が消えたことで、連合各国は目に見えてやる気がなくなっていた。だがそこで存在感を示したのがジャネット女王だった。彼女は祖国の土地は自分達で取り戻すと宣言したのだ。
連合軍はこれを受け入れ、ジュネブル王国の民に武具と食料を与えた。現在二万人の男達が、私達と共にジュネブル王国軍を名乗りディナビア半島を北上している。
「しかし連中、昨日まで奴隷だったんでしょ? 戦えるんですか?」
アルはジュネブル王国軍を見て首をかしげる。
連合軍から提供された武具を身に着けているので、それなりに見栄えはする。しかし行軍の隊列は乱れていた。
兵士の練度は行軍に現れる。行進する姿を見れば、どれほどの軍勢か一目瞭然だ。そして私の目から見て、ジュネブル王国軍の練度は最低だった。しかし歩く彼らの足には力がある。
「祖国を取り戻すために燃えていますからね、勢いで押せるでしょう」
ジュネブル王国軍を見ていると、兵士の一人が歌いだした。すると一人二人と歌声が加わり、最後は兵士全員の大合唱になる。歌の名は知らないが、歌詞の中にジュネブル王国の名が入っているので、ジュネブル王国の国歌だろう。
故郷を取り戻そうとする彼らの思いは強い。
「ね?」
「なら、なんで俺達はついてきたんで?」
アルが私を見て首を傾げる。本来ならディナビア半島奪還は彼らに任せていいのだが、私は軍勢を率いて同行することを申し出た。
「それはまぁ……、彼らを解放したのは私ですからね。最後まで面倒を見る責任があります」
「建前はそうでしょうね。で、本音は?」
アルは目だけ動かして私を見る。たしかに同行を申し出た目的は別にある。
「なぜ一部の魔族達がディナビア半島に残ったのか。その理由が知りたい」
私は本心を語った。一部の魔族が居残っていると知った時、ギャミはわずかに表情を変えた。ギャミには魔族が残った理由に、何か思い当たる節があるのだ。
「ロメ隊長の理由はそれとして、あいつらがついてきた理由は何です」
アルはくるりと首を返して、行軍する兵士の最後尾を指さす。アルの指の先には、ホヴォス連邦の旗を掲げた兵士千人が殿を務めていた。旗の下にはディモス将軍の姿も見える。
「さて、なんでしょうね?」
「あれですか? 以前やらかした失態の穴埋めですか?」
アルが尋ねるが、それは私にもわからなかった。確かにホヴォス連邦はスート大橋を爆破し、連合軍の一部を置き去りにするという失態を犯した。ディモス将軍は失点を挽回しようと必死である。だがディナビア半島奪還の手柄を主張するつもりなら、もっと兵士を連れてくるだろう。千人はディモス将軍の護衛と見るべきだ。
「まぁ、彼らのことは放っておきましょう。それよりアル。今回の戦いはジュネブル王国軍が主力と言いましたが、鍵はあなたの働きにかかっています。頑張ってくださいね」
「俺ですか?」
「あなたとレイを中心に、少数精鋭の特殊部隊を作って使うつもりです」
私は考えている戦術の一端を明かした。
ジュネブル王国兵は勢いがあるが、勢いだけで勝てるほど戦争も甘くない。相手は歴戦の魔王軍だ、粘り強く戦ってジュネブル王国軍の突撃を受け止めてしまうかもしれない。勢いだけの軍隊は、止まってしまうと脆い。勝つためには勢いを止めずに勝たねばならない。
「あなた達には一点だけ、魔王軍の戦列に穴をあけてもらいます。そこにジュネブル王国軍を突撃させる。そうすれば後は勢いで押せます」
私は簡潔な戦術をとるつもりだった。というかジュネブル王国軍は、練度低さから突撃以外の行動がとれない。これ以外の選択肢がなかった。
「ちょっと待て、そのあなた達の中には、私は入っていないだろうな!」
叫ぶような声をあげたのは、うねるような髪を持つ宮廷魔導士のクリートだった。
「言っておくが、私はもう働かないからな! もう一生分の働きをした!」
私にこき使われた経験のあるクリートは、敵意のこもった目をしていた。語気の激しいクリートを見て、アルが咎めるような目を向ける。
「クリート、なんでついてきたんだよ?」
「あっ、それは……アルビオン将軍……」
クリートはアルに対して言葉を濁らせた。アルは将軍として名高く国王の覚えもめでたい。爵位も持ち、領地も与えられている。その地位は宮廷魔導士のクリートを凌ぐ。権威に弱いクリートはアルの前で強く出られないのだ。
「宮廷魔導士クリート、残ってもらってもよかったのですよ? ガンガルガ要塞の工事には、あなたの仕事はたくさんあるのですから」
私が指摘してやると、クリートは顔を歪めた。
現在ガンガルガ要塞の周辺では、大規模な工事が行われている。周囲を取り囲むように連なる、円形丘陵を撤去しているのだ。
私は以前円形丘陵を利用して、ガンガルガ要塞を水攻めにするという策を用いた。しかし連合軍が要塞を手に入れた今、今度は魔王軍が同じ手を使ってくるかもしれない。その対策として円形丘陵の一部を掘り返し、平らにする工事が行われている。
クリートは泥臭い工事を手伝うのが嫌で、こちらに逃げて来たのだ。
「宮廷魔導士クリート。本当に、今からでも帰ってもらってもかまいませんよ? ただガンガルガ要塞の仕事は工期が決まっていますので、毎日遅くまで働くことになるでしょう。一方こちらは一度か二度、戦闘を行うだけで終わるでしょう。好きな方を選んでいただいていいんですよ?」
私は笑みをクリートに見せると、彼は顔をしかめた。
「くそっ、こちらに来たのは失敗だったか。しかしあっちに残れば……」
クリートはぶつくさと愚痴をこぼすが、私は無視して前を向くと、先を歩く兵士の数人が空を指さすのが見えた。私も視線を上に向けると、青い空に黒い点のようなものが見えた。点は次第に大きくなり、羽のない翼を持つ翼竜の姿が見えてきた。翼竜の背には青い鎧を着たレイが跨り、私達を見ると上空で旋回する。
私達が見上げる中、レイは空中で竜の背を蹴って飛び降りる。空中に躍り出たレイは、重力に従い落下する。だが地面に激突すると思った瞬間、背中のマントが翼のように広がったかと思うと、突如風が巻き起こった。広がったマントが風を受けて膨らみ、落下するレイの速度を一気に減速する。地面についた瞬間に速度はほぼなくなっており、レイは羽毛のごとく静かに着地した。
レイは私の馬に駆け寄り、額に手を当て敬礼しながら報告する。
「ロメリア様。戻りました。ここから北に半日ほど進んだ場所に、城壁に囲まれた都市を発見しました。魔王軍が守備についています。数は三千体程です」
偵察として出していたレイの報告に私は頷き、懐から地図を取り出した。
レイが発見した都市とは、ジャムールという街だろう。ジュネブル王国でも二番目の大きさを誇り、比較的高い城壁を持っている。ジュネブル王国では大きな防衛設備が少なく、ジャムールを超える施設と言えば、後は王都ジュネルぐらいだ。
「ジュネルにも行ってくれましたか?」
「はい、ここからさらに三日ほどの距離に、海に面した都市がございました。魔王軍の存在も確認でき、五千体の魔族を確認しました」
レイの報告を聞いて私は再度頷く。残存した魔王軍の兵士は七千体と聞いていたが、その家族が三千体程残っている。兵士の数が増えているのは、民間の魔族を兵士として徴用したのだろう。
「兵を二つに分けましたか。まぁ、時間稼ぎをするならこの一手しかありませんが……」
私達の目的はディナビア半島に残る魔王軍の殲滅にある。そのため出会う敵はすべて倒していかねばならない。時間稼ぎをするならば、高い壁のあるジャムールと王都ジェネルに籠城するしかない。しかしわからないのは、時間稼ぎをして何になるのかという事だ。
「なんにしても、ジャムールが見えるところまで進みましょう。そこで軍議を開いて、どう攻撃するかを決めましょうか」
私が話すと、アルとレイの二人が頷いた。




