第四十一話 波乱の予兆
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北のディナビア半島からは魔族が続々と脱出していた。そして西のローバーンからは、奴隷だった人々が解放されてやって来る。
魔王軍に攻撃を仕掛けてくるような様子はなく、連合軍でも暴走する兵士や部隊の動きは見られない。
「問題なく終わりそうだな」
私の隣に居るヴェッリ先生は、交換が滞りなく進んでいるのを見て頷く。ローバーンから解放された人々と、ディナビア半島から脱出する魔族の列が少なくなり始めていた。
「となると、あの御仁ともこれでさよならか」
ヴェッリ先生が言う御仁とは、魔王軍の特務参謀であるギャミのことだ。魔王軍との交渉は今日で終了する。問題なく終わればギャミは魔王軍に帰っていくことになる。
「あいつとは、盤上遊戯で決着をつけたかったんだがなぁ」
ヴェッリ先生の声には、わずかだが寂しさが含まれていた。敵ではあるが、ギャミは面白い相手だった。私達とは妙に馬があい、ヴェッリ先生は盤上遊戯を楽しむまでになった。ちなみに戦績は四戦して二勝二敗の互角の結果だ。互いに勝ち越しはならず、決着はつかない形になった。
「次に会ったときに再戦をと言いたいところだが、もうそんな機会はないだろうな」
ため息と共にヴェッリ先生は言葉をこぼす。
どれほど気が合っても、私達は人間と魔族だ。殺し合う以外に道はない。もし次に会うことがあるとすれば、それはどちらかが負け、敵に捕まった時だろう。処刑される前ぐらいには、会って話ができるかもしれない。
「別れを惜しまれるのでしたら、もうすぐここに来られますよ」
私は南へと目を向けた。視線の先には、こちらに向かってやってくる一団が見えた。馬に乗るアルを先頭に、同じく馬に乗るギャミや装甲竜に跨るイザークの姿があった。
「おお、ロメリア様。それにヴェッリ様。最後にお会いできてよかった」
アルにつれられたギャミが、私達の元にまでやってくると馬を降りた。
「こっちもだ。時間があれば盤上遊戯で俺の方が上だと、見せつけてやれたのだがな」
「それはこちらの台詞だ。その方の手筋は既に見切った。次やれば勝つのはこちらよ」
不敵な笑みを見せるヴェッリ先生に対し、ギャミも同じ笑みを返す。
「とはいえ、再戦は叶わぬ。次に見えるとすれば戦場であろう」
ギャミも私達との別れを惜しんでくれるが、しかしどうしようもないと割り切る。
「ロメリアよ。此度の戦争ではその方に負けたが、次はこうはいかぬぞ」
「次があればお手柔らかに」
私はギャミを見て頷きながら微笑んだ。ギャミと私の視線が交わる。
ギャミとは敵ではあるが、妙な共感を覚えずにはいられなかった。ギャミは異形の魔族だった。常とは違う姿形をしている。そして常と違うということは、それだけで社会にとって悪といえた。
ギャミは魔族の中でも秀でた知性の持ち主だ。しかしその姿形ゆえ、信じてもらえず悔しい思いをしてきたはずだ。 私もギャミほどではないが、生きづらい道を歩いてきた。女であることの偏見、戦う力を持たないことの悔しさがある。
もし私が男であれば、今日までの苦労は半分ほどがなかったはずだ。もっと楽にこの場所に立てていただろう。もちろん同じことはギャミにも言える。彼の背が高く知性あふれる顔つきをしていれば、それだけで周りの態度が一変していたはずだ。今頃魔王軍を支える天才軍師として、人類最大の脅威となっていただろう。
しかし私は女に生まれ、ギャミは醜く生まれた。生まれる時代が違えば、こうはならなかったのかもしれない。だが私達は今この場に生まれたのだ。今の自分でやっていくしかない。
「ギャミ様、次に合間見える日を楽しみにしておきます」
私の言葉に、ギャミが頷く。そこに伝令の兵士が駆け寄り、ヴェッリ先生に手紙を手渡した。
手紙の内容を見るなり、ヴェッリ先生の表情が一変する。
「ロメリア。問題が発生したので行ってくる。詳細が分かり次第教える」
ヴェッリ先生は簡潔にいうと、問題を確かめるべく走っていく。先生の背中を視線で追いかけていると、そこにまた別の伝令がやってくる。今度は私にだ。
「ロメリア様。魔王軍の使者より、ギャミ様への手紙です」
伝令は手紙をギャミにではなく、私に手渡した。
「中を見させていただきます」
私はギャミの前で手紙の封を切る。魔王軍とギャミの手紙のやりとりは許可しているが、検閲はさせてもらう約束がある。
手紙の内容を確認したが、あまり意味はなかった。手紙は複雑な数字の暗号で書かれていたからだ。ご丁寧に毎回違う暗号が使われており、私は早々に暗号の解読を諦めた。
「どうぞ、ギャミ様」
私は仕方なくそのまま手紙をギャミに差し出した。ギャミは満面の笑みを浮かべながら受け取る。しかし中身を見るとその顔が歪んだ。どうしたのかと聞きたかったが、私は尋ねずヴェッリ先生が戻ってくるのを待った。しばらくすると、ヴェッリ先生が走って戻ってきた。
「ロメリア、問題発生だ。ディナビア半島から脱出するはずの魔王軍の数が少ない。兵士で七千体ほど。兵士ではない魔族が三千体ほど、予定より足りないんだ」
ヴェッリ先生の報告を聞き、私はギャミを見返した。先ほどギャミにもたらされた手紙は、このことが書かれていたのだろう。
「どういうことですか? ギャミ様」
「……どうやら現地の指揮官が、ディナビア半島からの撤退に反対しているようで、命令を無視して一部の軍とその家族が残っているようです」
ギャミが嘆息混じりに答える。答えを聞いた私は意味不明だった。領地を明け渡したくないという気持ちはわかるが、残っていても死を待つだけなのだ。生まれ故郷というわけでもなし、命をかけてまで残る理由がわからない。
「それで、どうしますか。一日か二日ぐらいなら、街道の封鎖を待ってもらうこともできますが」
「いえ、本人達が出ていかないのです。待っても無意味でしょう」
ギャミは首を横に振った。
「しかし、どうして彼らは残っているのです?」
「私にもわかりません。一体何故……」
ギャミがつぶやきながら目を細める。ギャミが思考をしている時の仕草だった。次の瞬間、ギャミの目が僅かに開かれ、すぐに元に戻る。その変化はかすかであり一瞬のことだった。だが私は見逃さなかった。
ギャミは今、何かに気づいたのだ。それが何かは分からない。だがギャミは間違いなく、一部の魔王軍がディナビア半島に居座った理由に見当がついたのだ。
ギャミの瞳が私を見る。私がギャミを見ていたことに、ギャミもまた気付いたのだ。
「やれやれ、また一波乱ありそうですな」
ギャミの言葉に、私は静かに頷く。別れを惜しむ間も無く、事態は動いていく。
「……さて、刻限のようですな」
ギャミが北を見ると、ディナビア半島から脱出する魔族の列が途切れた。私が西を見ると、西の森からも解放された人々の姿が途切れていた。
一部の魔族がディナビア半島に居残るという問題はあったが、魔王軍は約束通り奴隷となった人々を解放し、私たちは魔族を脱出させた。ならば今は笑顔で別れを告げるべきだろう。
「それではギャミ様。さよならでございます」
「うむ、次会うときは戦場で会おうぞ」
私が一礼すると、ギャミも頭を下げた。




