第三話 抜け駆け①
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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ラナル平原での戦いが始まる少し前。
ライオネル王国の北側に陣取るハメイル王国の陣地では、隼騎士団の隊長ゼータが、大地を踏み潰すように歩いていた。風を切る左肩には、三つの星を戴く隼の徽章が飾られている。
ゼータの行く先には、鈍色の鎧を身に纏った騎兵部隊の一団が見えた。騎兵部隊は隼の旗を掲げている。ハメイル王国が誇る精鋭部隊、隼騎士団の旗印である。
「ゼータ様。お戻りでしたか」
歩むゼータに気づき、一人の兵士が駆け寄ってくる。口に髭を生やしている男は、ベトレーであった。その左肩には、二つの星を戴く隼の徽章があった。これは隼騎士団の副隊長であることを示している。
「それで、軍議のほうは?」
ベトレーの問いに対し、ゼータは眉間に皺を走らせた。
「魔王軍が小川を越えぬ限り、待機せよとのことだ。全く、話にならぬ!」
ゼータは語気を荒らげた。思い返しても腹立たしい話だった。
「敵を前にしているというのに、ジスト将軍は一体何を考えておられるのか!」
「しかしゼータ様。戦闘を自重せよというのは連合軍の方針でもあります」
ベトレーは副官として、ゼータを諌めようとする。
「それが理解出来ん。連合軍は魔王軍を殲滅するために結成されたのだろう? 我が父であるゼブル将軍も、魔王軍と戦い命を落としたのだ。なぜ今になって戦ってはならんのだ!」
ゼータの憤慨に、ベトレーは答えない。すべては上官の決定である。
「ベトレー、こちらから仕掛けるぞ」
ゼータはベトレーに歩み寄り、顔を近づけ小声で話した。
「なっ、それは命令違反です。軍規に反します」
「ふん。敵将の首さえ取れば、どうということはない」
ゼータの頭には目算があった。戦場で軍規は絶対とされているが、手柄を立てればその限りではない。手柄を立てた者を罰すれば、誰も命がけで戦わなくなるからだ。
「しかしもうすぐガンガルガ要塞で、連合軍の代表者が集う六国会議が開かれます。会議には兄君様であらせられる、ゼファー様も出席されます。このことを知られればなんと言われるか」
ゼファーの名前が出た瞬間、ゼータの胸に怒りが湧き上がった。兄は子供の頃から天才の呼び声高く、ゼータは何かと比べられた。しかしゼータは、兄の本性を知っている。
「ふん、あんな臆病者! なんだというのだ」
ゼータは鼻の頭に皺を寄せた。ゼファーは天才と言われているが、その実は臆病で度胸がない。ガンガルガ要塞攻略戦では手柄を立てたと聞くが、運がよかっただけであろう。実際父であるゼブル将軍は討死しており、守れていないのがその証拠だ。
むしろ六国会議があるのは好都合であった。ここで手柄を立てれば、連合軍にも自分の名が知れ渡る。兄ではなく自分こそが英雄なのだと、世界に知らしめることが出来る。
「関係ない、やるぞ。お前は俺の命令に従っていればいいのだ」
「しかしゼータ様。我ら隼騎士団三千人だけでは、魔王軍二万体とは戦えません」
「戦いが始まれば、消極的なジスト将軍も軍を動かさざるを得まい。あわせてライオネル王国も動くはずだ。そうなれば最初に突撃した我らが一番槍よ」
「しかし魔王軍は歴戦です。罠があるかもしれません」
「罠があれば踏み潰すのみだ。そもそもどのような罠があるか、当たってみねば分かるまい」
「しかし……」
「くどいぞ、ベトレー! 臆したか! それ以上言うのなら、その徽章を取り上げるぞ!」
ゼータはベトレーの左肩に目を向けた。そこには銀色の隼の徽章があった。
隼騎士団では所属と階級を示すため、左肩に隼の徽章を飾ることが習わしとなっている。この徽章を奪われるということは、もはや隼騎士団でなくなるという意味だ。
ゼータの言葉に、ベトレーは息を呑む。
「分かりました……ご命令に従います」
「よし、兵士達に指示を出せ。準備が整い次第突撃するぞ」
ゼータの命令に、ベトレーが頷く。そして第九次ラナル平原の戦いが開始されると、ゼータは麾下の騎士団と共に突撃を開始した。
槍を片手に馬を駆るゼータは、意気揚々と笑い声を上げた。自分の前に遮るものは何もなく、真っ直ぐにラナル平原を駆けることが出来た。
ゼータがちらと後ろを振り向けば、麾下の隼騎士団三千人が自分の後を追従している。そしてそのさらに背後には、自軍であるハメイル王国軍とライオネル王国軍が見えた。両軍共に、突撃している隼騎士団を驚きの目で見ている。
臆病者共め、俺達の尻でも眺めていろ。
ゼータは心の中で吐き捨て、前に視線を戻した。するとラナル平原を中央で分断する小川が見えてくる。川の水深は浅く、馬の足首ほどしかない。水飛沫をあげて渡り切ると、魔王軍はもう目の前であった。
「速度を緩めるな、敵はすぐそこだぞ!」
ゼータは左手に手綱を持ちつつ、右手で槍を掲げて兵を叱咤する。
「ゼータ様! 魔王軍の弓兵が我らを狙っております!」
ゼータの左後方から声が飛ぶ。副隊長であるベトレーの声だ。言われずとも魔王軍の後方で、弓兵部隊が動いていることには気づいている。
「分かっている! 魔法兵!」
ゼータは右へと首を返した。そこには馬に乗る三人の隼騎士団の兵士がいた。右手には緑の宝玉が飾られた杖を持っている。彼らはただの騎士ではない。魔法を使う魔法兵であり、その手に持っている杖は魔道具だった。魔法兵が前に出たのを見て、ゼータは槍を掲げる。
「風の壁を作るぞ! 俺に合わせろ!」
ゼータは声と同時に魔力を練る。するとゼータの体が淡く緑色に輝いた。僅かに遅れて魔法兵の持つ杖も緑色に輝く。魔王軍から矢が放たれ、ゼータ達に降り注ぐ。だがその時突風が吹き荒れ、風は向かいくる矢を薙ぎ払い逸らしていく。ゼータ達が生み出した風の壁だ。
矢を防ぐのに、風の魔法は効果的であった。しかし隼騎士団に魔法兵が配備されているのは、矢を防ぐためだけではない。
「魔法兵! そのまま追い風を作れ! 隼の陣を使う! 総員突撃! 乗るぞ!」
ゼータは魔法を使いながら馬足を速める。後方から強い風が吹き、ゼータと隼騎士団の背中を押す。追い風を受けての突撃こそ、隼騎士団の真骨頂。この突撃で敵を食い破る。
先頭を駆けるゼータは、手綱と共に右手で槍を構える。兜の間から見据えるのは、盾を構える魔王軍の戦列。灰色の鱗を持つ魔族が、黒い盾の間から槍を突き出している。
風に押されるゼータが、一気に距離をつめる。魔族が盾の隙間から槍を繰り出し、迫るゼータを突き殺そうとする。同時にゼータも槍を放った。
空中で槍が激突して火花を散らす。
魔族の力は人間よりも強い。だが馬に乗るゼータの槍には、馬の速度と質量が加わっている。ゼータの槍は魔族の槍を打ち払った。
槍を払われた魔族の腕が外に逸れ、盾の列に隙間が出来る。ゼータは獲物を狙う猛禽の如くその隙を見逃さず、盾の間に向けて槍を突き出した。
ゼータの槍が、鱗に覆われた魔族の腕に突き刺さる。刃は鱗を突き破り、肉を切り裂く。太い二の腕が切断され、腕を失った魔族は血を流しながら後ろへと倒れた。
ゼータの愛馬は倒れた魔族にのしかかりながら、魔王軍の戦列に侵入した。