第三十九話 女王の演説
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元ジュネブル王国のジャネット女王とジュジュ王女が、軍議の席に召喚されることとなった。
二人はヒルド砦に部屋が用意されていたため、出席しようと思えばすぐにできる。問題は二人の体調と疲労であった。
奴隷から解放され、戻ってきたその日に会議に出席させるのは少々酷である。しかしジャネット女王は快諾し、ジュジュ王女とゾレル枢機卿を伴い軍議が行われる部屋にやってきた。おそらく呼ばれることを想定していたのだろう。
喪服を着たジャネット女王は、連合軍の代表が集まる軍議においても、背筋を伸ばして堂々と立っていた。その背後に控えるゾレル枢機卿も、この程度の注目には慣れていると動揺はない。ただしジュジュ王女は大人に囲まれ、不安気に母親の足元に寄り添い左手の袖口を掴んだ。
ジャネット女王は娘の手を握り返すことなく、私達を見て笑みを見せる。
「軍議の席にお招きいただき、ありがとうございます。そして改めて、我らジュネブル王国の民をお救いいただいたことに、御礼申し上げます」
ジャネット女王は会釈を見せる。だが決して頭は下げなかった。尊大な態度ではあるが、王たる者が頭を下げてはいけない。目の前にいる女性の振る舞いからは、王族の持つ傲慢とも言える気品が漂っていた。
「さて、皆様はきっとこうお考えでしょう。この女王を名乗る女が、偽物ではないのかと」
ジャネット女王の言葉に私達が驚くと、女王は悪戯が成功したように笑った。
「その通りだ。我々は貴方がジャネット女王の、身代わりだったのではないかと考えている」
ヒュース王子は、無駄に繕うことをしなかった。
「私の替え玉。タリアのことですね。確かに彼女は私によく似ておりました。見分けることが出来たのは、夫のマーナンぐらいのものです。しかしマーナンもタリアも、魔王軍に殺されてしまいました」
「そのことをお聞きしたい。我々はジャネット女王が王婿のマーナンやジュジュ王女と共に殺されたと聞いていました。あなたはどうやって生き延びたというのですか?」
ヒュース王子が、根本的な問いを口にした。
「当然の疑問でございますね。ではお話ししましょう。あれはもう七年以上前のことです。魔王軍により王都ジュネルの門は打ち破られ、私達にはもはや逃げる以外できることがありませんでした」
ジャネット女王は目を伏せ、小さく首を横に振った。
「城には隠し通路があり、海へつながる水路がございました。私は夫のマーナンやその年に生まれたジュジュ。替え玉のタリアやそのほか侍女や使用人達と共に落ち延びようとしておりました。しかし隠し通路は魔王軍により発見され、我々は捕らえられました」
捕まった時のことを思い出しているのか、ジャネット女王の声は震えていた。
「王族と分かれば、魔王軍に間違いなく殺される。私が恐怖に硬直したその時、替え玉のタリアが、自分こそがジャネット女王であると魔族達に言ってのけたのです。また使用人の中には、生まれたばかりの我が子を抱いている者もいました。使用人はその子がジュジュ王女だと偽りを述べました。私やジュジュを生かすために、彼女達は自らの命を差し出してくれたのです」
伏せられたジャネット女王の目から、一雫の涙が溢れる。
「生き延びた私とジュジュは奴隷の身分に身をやつしながら、ローバーンにて再起の時を図っておりました。そして今、ここにいるというわけです」
話を聞き、私はなるほどと頷きつつも、内心ではできすぎているなと感じていた。
国民や兵士の忠義は信頼するが、いざ死が目の前に迫った時に命を差し出せる者が一体どれほどいるだろうか? 同じことをグーデリア皇女も感じたようで、首を傾げながら問う。
「ジャネット女王。その現場を目撃し、今も生きている者はいるのでしょうか?」
「その場にいて、奴隷として捕まった者は多数おりました。しかしその後は奴隷として売り払われ、バラバラになりました。方々手を尽くして探しましたが、どうやら生き残っているのは私とジュジュだけです」
「ではことの真相を知る者は他にいないと」
「そうなりますね」
ジャネット女王はあっさりと肯定するが、それでは女王が本物であるとする根拠がない。女王が殺され、生き残った替え玉のタリアが、女王のふりをしている可能性も十分にあるのだ。
「さて、皆様が取り返していただいた我らの土地ですが……」
ジャネット女王が語りだそうとすると、グーデリア皇女が笑って遮った。
「おやおや、もう故郷を取り戻したつもりでいるのか? ジュネブル半島は我ら連合軍が血を流して手に入れた戦利品だ。かつては貴方達の物だったかもしれぬが、今は違うぞ」
「もちろんです。戦争で得た戦利品は、勝ち取った者にその所有権があるべきです」
ジャネット女王は肯定した。その発言に私達はざわつく。今の言葉は、ディナビア半島の所有権が連合軍にあると認めたような物だからだ。
「魔王軍に勝利したのは皆様です。何より我々がこうして戻れたのは皆様のおかげです。感謝はすれど、恨むようなことは致しません。ですが我らが故郷に戻り、国を再興したいという思いも汲んでいただきたい。そこで」
ジャネット女王は言葉を区切り、黒い手袋に覆われた手を差し出す。
「皆様が手に入れたディナビア半島を、我らにお売りください」
「売る? それはつまり国を買い戻したいということか?」
ヒュース王子の言葉にジャネット女王は首肯する。
「ですが買い戻すと言っても国一つです。五年や十年では不可能ですよ?」
「百年かかってでも買い戻しましょう」
ジャネット女王がサラリと言ってのける。するとグーデリア皇女が口を開く。
「その保証は? 貴方達が返済を途中で辞めてしまわないとなぜ言える?」
「その場合はガンガルガ要塞を放棄して撤退されればいい。魔王軍が再度侵攻し、我らを皆殺しとするでしょう。その後でディナビア半島を手に入れられればよろしい」
簡単な解決方法を、ジャネット女王は提示する。
「どうか皆様には、我らを信じていただきたい」
「貴方達の信義をか?」
グーデリア皇女が白い目を向ける。氷結皇女とも揶揄される彼女に甘さはない。
「いえ、我らの憎しみを。我らは奴隷として囚われていたのです。魔族に対する恨みは、この場にいる誰よりも深い。借金を返済して皆様を支援することは、間接的に魔王軍に対する攻撃となるのです」
ジャネット女王は、視線をこの場にいる一人一人に向けて語り続ける。
「我々を解放してくれたことへの感謝。国を正当な手段で取り戻したいとする情熱。そして魔王軍に対する憎しみ。信頼するに値しないでしょうか?」
ジャネット女王の演説を聞きながら、私は静かに唸った。
事前に草案を練っていたのだろう。連合軍の利益を残しつつ、自国民に対する配慮を忘れていない。もちろんジュネブル王国の民は、国土を買い戻すために苦しい思いをするだろう。しかし苦しみの果てに国を取り戻すことが出来るのであれば、国民は一致団結する。
よく考えられた内容だったが、私が一番感心したのは、演説を行ったジャネット女王本人だった。
ジュネブル王国は滅び、国土もなければ軍隊も存在しない。裸の王様と言っても間違いないのだ。にもかかわらずジャネット女王は連合軍の代表を前に、物おじすることなく対等に話をしていた。その胆力と度胸はなかなかであった。
ジュネブル王国の民が信用出来るかどうかはまだわからない。しかしジャネット女王は信頼出来そうだった。




