第一話 墓標
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記が発売中です。
BLADEコミックス様より、上戸先生の手によるコミカライズ版ロメリア戦記も発売中です。
マグコミ様で連載中ですよ。
薄暗い天幕の中、机の上には一対の手袋と一枚の紙、そして分厚い本が置かれていた。紙は質が悪く毛羽立ち、ざらつく紙面には乱雑に人の名前が書き殴られていた。
紙の上に、白く長い指が落とされる。指は紙に書かれている名をなぞった。
ドラン、ツルース、チトー、ダイタス、デーン。荒い文字を慈しむように、白い指先が一つずつ撫でていく。
指はゆっくりと動き、字が途切れるまでなぞられる。そして最後の名前に触れて止まった。
かたわらの本が開かれ、名を記した紙が最後の頁に差し込まれる。本が閉じられると、表紙の上に白い右手が添えられた。
本に手を添えるのは、亜麻色の髪の女性だった。
前髪には三角の髪留めが留められ、後ろ髪は丸くまとめられていた。レースがあしらわれた黒い上着を着ている。小さく華奢な体は白い鎧で覆われており、腰には剣を帯びていた。
顔は俯き、長いまつ毛は瞼と共に伏せられる。
女性は瞑目しながら息を吐く。本に添えられた手の隙間からは、戦死者名簿と書かれた本の表紙が見えた。
「ロメリア様、そろそろ」
天幕の外から、男性の声が響く。一拍の間の後、伏せられた目が開かれる。瞼の隙間からは、細い月のように蒼氷の瞳が覗いた。
「分かりました」
名を呼ばれた私は、瞑っていた目を開けて答えた。手に持っていた戦死者名簿を机に置いて立ち上がり、白い手袋をつけた。そして出入り口の布をくぐって外に出る。
陽の光が降り注ぐ丘の上では、鎧を着た兵士達が忙しそうに行き交っていた。丘には何本もの旗が突き立てられている。そのうちの一つは、六色に分かれた縦縞の旗だった。
これは連合軍を示す旗で、黄色がヒューリオン王国、青色がフルグスク帝国、緑色がヘイレント王国、白色がホヴォス連邦、黒色がハメイル王国を表している。そして最後の赤色が、我がライオネル王国を示していた。
連合軍の旗の横には、ライオネル王国の紋章である吠え猛る獅子の旗が翻っている。さらにその隣には、私の旗印である鈴蘭の旗もあった。
丘の下に目を向けると、ラナル平原と呼ばれる野原が広がっていた。平原の中央には水量の少ない小川があり、野原を東西に分断している。
平原の東側には鈍色の鎧を身につけた兵士達が整列し、四角い陣形を幾つも組んでいた。そして小川を挟んで反対側には、黒い鎧を着た軍勢がひしめいている。
灰色の鱗に黒い鎧を着込んでいるのは、魔族達の軍勢である魔王軍だ。爬虫類のような外見をしている彼らは竜の末裔を自認し、竜の意匠が施された旗を掲げていた。
魔王軍の軍勢を眺めていると、自然と溜息が漏れる。すると右側から土を踏む足音が聞こえた。首を返すと、そこには全く同じ顔が二つあった。私の名前を冠したロメリア騎士団、その中でも名高き双子将軍、グランベル将軍とラグンベル将軍だ。
「グラン、ラグン」
私は二人の昔の名を読んだ。グランとラグンは、元々は農民であった。だが続く戦乱で手柄を挙げ、騎士となり今では将軍の地位にまで上り詰めている。今ではグランベルにラグンベルと名を改めているが、私にとって二人はグランでありラグンだった。
「軍議の準備は整っていますか?」
「はい、ロメリア様。全員揃っております」
私の問いにラグンが答えた。ちなみに私から見て、右がラグンで左がグランだ。
ラグンの返事に頷いた私は、双子を引き連れて軍議が行われる本陣へと向かった。
「ガンガルガ要塞を攻略して二年。このラナル平原で魔王軍と戦うのは何度目かな? グラン」
「そうだね、もう今回で九回目だね。第九次ラナル合戦といったところかな? ラグン」
私の背後で、ラグンとグランが話し合う。
双子の言うように、激戦であったガンガルガ要塞攻略戦からすでに二年が経過していた。
ガンガルガ要塞を失った魔王軍は、北に広がるディナビア半島の支配も維持出来なくなった。残す支配地域はガンガルガ要塞より西、ローバーンただ一つとなっている。
私達は魔王軍を、あと一歩のところまで追い詰めていた。しかし残る一歩を詰め切ることが出来ず、二年もの時を浪費してしまっていた。
私の脳裏を、分厚くなる戦死者名簿がよぎる。戦乱が長く続くほど犠牲者は増えていく。私はあと何人の名をなぞればいいのか。
「ラナル防壁が完成していれば、この戦いも楽になるんだろうけれどね。ラグン」
グランが丘の東に目を向ける。そこには石が積み上げられ、丸太で壁が造られていた。あれは連合軍が建設中のラナル防壁だ。グランの言うとおり、防壁が完成していれば平原で魔王軍を迎え撃つ必要はなかっただろう。だが今は建設中の防壁を守るため、戦う必要がある。
「仕方ないさ。食料の心配はしなくていいから、そこを喜んでおこう。グラン」
ラグンがグランの肩を叩く。ラナル防壁はただの防衛施設ではなく、ローバーンを攻略するための足掛かりでもある。内部には大量の食料や物資が運び込まれており、食料を輸送する必要はない。食料不足や物資の枯渇を心配しなくてすむのはありがたかった。
グランとラグンを伴い歩くと、本陣に到着する。
本陣には大きな机が置かれ、周囲には幾つもの椅子が並べられていた。椅子には煌びやかな全身鎧を身につけた兵士達が座っていた。私に気づくと兵士達が立ち上がって私のほうを向く。私は頷いて応えながら一人一人の顔を見た。
ピンと背筋を伸ばすセイに、垂れ目で猫背のタース。天を衝く髪が威勢のいいグレンに、糸のように細い目をしたハンス。三白眼のメリルは手に書類を持っている。シュローはどこか野生味を感じる笑みを見せており、レットはどことなく品がある顔立ちで、表情も穏やかだ。
私は上座の椅子に向かい、その左右にグランとラグンがそれぞれ着く。ここに集うのは、俗にいうロメリア二十騎士と呼ばれる者達だ。私が最初に指揮した部隊、通称ロメ隊を中心にして構成されており、私が最も信頼する兵士達である。
「軍議を始めましょう。休んでください」
私が腰を下ろしながら言うと、グラン達も腰を落ち着けた。
では、外伝が終わったので本編再開
ただ、外伝の方もおまけの短編を更新してるので、そちらも読んでくれると嬉しいです
外伝の方は近いうちに、本編に移植しようと思っています